THE QUEEN


「あー、山崎さぁ〜ん、聞いてくださいよぉ〜!カレシがぁ〜。」

鼻に掛けた甘ったるい声が耳に入った。
見やれば受付の小娘が物証を持ってきたらしい真選組の山崎に絡んでいる。優しいと言うか優柔不断な山崎は、うんとかへえとか当たり障りのない返事をしながら苦笑いを浮かべていた。

そんな事をしている暇はないだろうが間抜けめ。
侮蔑に似た感情を抱きつつも振れずにいれば、小娘はどんどん調子に乗るし、上手くまけない山崎の顔はどんどん困っていく。全く困った山崎だ。と言うか流石に気に障った。集中力が途切れる。
パソコンをスタンバイ状態にして私は立ち上がった。

「受付、仕事は終わったのか?お喋りは終わらせてからにしろ、耳障りだ。」
「はぁ?何?別にいーじゃん。世間話くらい。」
「良くない。こっちは緻密な作業をしているんだ、集中力を絶えさせるような雑音は不愉快になるとは思わないのか。」
「はぁ?何それ?ちょーっと頭良いからって調子に乗ってんじゃないわよオバサン!」
「ちょっとの意味も知らんのか。可哀想に。ろくな教育を受けてこれなかったからそんな風になってしまったんだな。」
「感じ悪っ!」

嫌味を憐憫でもって跳ね返すと、機嫌を損ねた小娘は私に舌打ちを寄越して受付業務に戻った。
全く、何であんな娘が事務と言えど警視庁に配属されたのだろうか。甚だ疑問である。
そんな風に思いながら小娘を観察してみれば、彼女は溜まった報告の書類を乱暴に集めて肩を怒らし、必要以上にヒールの音を響かせて科捜研から出て行った。
ほら見ろ、仕事が残っているじゃないか。内心、鼻で笑ってやりながらその背中を見送る。姿が見えなくなると同時に受付台越しの山崎がホッと肩の力を抜けた。

「有り難う御座います、古井さん…。助かりました。」
「構わん。物証を寄越せ。」
「あ、はい。」

チャック袋に入った物証を受け取れば、中にはふざけた風体の大きめのフィギュアが入っているではないか。

「なんだこれは。」
「今回の連続爆破テロに使われたと思われる爆弾だそうです。」
「これが?」
「予告があった御宅の方が最近訪問販売で購入したものらしいんですが、副長がそうだろうって。」
「土方が?」
「はい。ちょっと信じ難いですよね。確かにマムシが作っていた物に似てますが、こっちのが愛嬌あって可愛いのに。」
「どこがだ。宇宙怪獣ステファンに似ていて腹立たしい。」
「あはは…。まあ、副長の勘だけしか裏付けがないもんで、調べてくれるのは古井さんくらいしかいないんですよ。」

中身を眺めながら眉間に皺を寄せた私に山崎は困った笑顔で言う。
土方の勘は十中八九の精度ではあるが、それだけを根拠に被害者の私物を無闇に解体鑑査したがる者など、この研究所にはいない。そういった依頼が私に全て回ってくるのだ。
採用来の付き合いである土方を私は信用しているから引き受けている。それに、殊爆薬に関して言えば、私は火薬や薬品の臭いには非常に敏感で、嗅げば物か白か黒か分かるという特技があった。
チャックを開けて臭気を確かめれば成る程、かなり薄いが確かに臭う。

「預かった。調べておく。」
「お願いします。」

ホッとしたように頭を下げた山崎に頷き、私は踵を返した。

「あ、古井さん!」

しかし、ラボに入る手前で呼び止められて振り返る。山崎はすみません、とすまなそうに頭を下げてこう言った。

「全然話は変わっちゃうんですが、松平のとっつぁんがこの間の件の報告に来いって言ってましたよ。」
「……。」

自然と眉間に皺が寄る。
内容を聞いていないのか、私の形相に笑顔を強ばらせながら、山崎は首を傾げた。

「何の件なんですか?」
「私用だ。仕事には関係ない。」
「私用…ですか、」
「山崎、」
「はい?」
「長官の所に戻るなら伝えてくれ。」
「いいですよ。何てお伝えましょう。」
「お断りしましたって、それだけ。」
「?…はぁ…分かりました。」

私の答えに、不思議そうに肩を竦める山崎。しかしそれ以上は何も聞かず、彼は科捜研を去った。さぞや疑問はあるだろうにしつこく詮索しない山崎に感謝しつつ、私は重苦しい気分でラボに引っ込む。
だが案の定、暫くしてから長官直々の呼び出しにより、立ち上がらざるを得なかくなった。

*****

「科学捜査研究所第一化学課化学第一係古井シイカ。参りました。」
「入れ。」
「失礼します。」

許可を得て入室すると不機嫌そうに紫煙を燻らした長官が椅子にふんぞり返っている。

「来たかァ、古井。」
「はい。御用は?」
「まぁ、ちょっと座りなさいよ。」
「はぁ。」

接客用のソファーを勧められてそれに腰を下ろすと、長官はよっこらせ、なんて掛け声を態とらしく付けて椅子から立ち上がり、私の対面に腰を下ろした。

「なぁんで断っちゃったのかなァ?良い話だったでしょうにィ。オジサン一生懸命探したのよ?」

切り出されたのは案の定、山崎に報告を頼んだ件、先日長官がセッティングしてくれた7回目の見合いも蹴った件に対する追求だった。
今回で7回目になる為が長官はそこはかとなく苛ついている?だからと言っておべっかが使える程、私は世渡り上手な女ではなかっだ。

「まあ…良い話でしたが、相手方が火薬の臭いが嫌いだって仰ったんで。」
「……で?」
「私の職種は火薬臭さと縁が切れないので、断りました。」
「………そんだけの理由で?」
「そんだけの理由で。」

きっぱりと理由を告げると、長官はがっくりと肩を落として頭を抱える。
何度も言うが7回目の見合い、先の6回の見合いも私の方から蹴っているので長官にしてみれば7戦全敗の最悪な戦績なのだ。深い溜息と供に、諦めたような口調の説教が始まる。

「古井、お前今年で幾つになんの?」
「28です。」
「いい歳じゃねーの。そろそろ結婚しないとって何時も言ってんでしょうが。田舎の御両親だって心配してんだろ?」
「ええ、まあ…。」
「オジサンだって心配なのよ?古井みてぇに料理も洗濯も掃除も人並み以上に出来るし、仕事も出来るし、頭も良いし回転も早ぇし、何でも出来る奴が独り寂しーく過ごさにゃならんなんて悲しいじゃねぇか。」
「…はあ、」
「良い嫁さん、良い母親になれんのによォ、勿体ねぇよォ?」
「そうですかねぇ…」
「オジサンまた見付てきてやっから、もうちっと真面目に考えてくれねぇか?」
「……善処します。」

回りくどい上に耳に蛸な言葉にうんざりしつつ、早くその場を切り抜けたくて適当に返す。そんな内心がバレたのか、長官は最後に再び深く溜息を吐いた。
申し訳ないと思いつつもこればっかりは私にだってどうにもできない。努力すれば良いとかそういう問題ではないのだから。

それから暫く沈黙が続いたが、これ以上は何も言われなさそうなので、私は席を立つことにした。

「では、私は物証の鑑定がありますので、これで失礼します。」
「おーう。」

間延びした返事に頭を下げて、扉へ向かうと背中に声が掛かる。

「オジサンの顔を立てる為だと思ってよ…次は頼むぞ?」
「……善処します。失礼しました。」

振り返ると、目線だけ寄越した長官が疲れた声でそう言った。
私は曖昧に答えて頭を下げ、長官室を後にラボへと足を向ける。刺された釘は存外太く、私に重くのし掛かった。

*****

その日の夕方過ぎ。山崎が持ってきた物証の鑑定結果を纏めていた頃、科捜研に珍しい人物が現れた。
鋭利な黒色を人にしたような背の高いそいつは、私と目が合うと無愛想に言う。

「よぉ、古井。」
「土方か。丁度良かった。」

印刷したデータを揃えて私は土方の元へと持っていった。

「今から報告に行くところだったんだ。手間が省けた。」
「そいつぁ良かった。で、どうだった?」
「C-4、一般的なプラスチック爆弾だ。マムシが作ってた物とは少し組成が違う。成分から考えると桂一派が作っている物に類似していた。」
「桂か…。」

結果を聞いた土方は唯でさえ険しい顔をより険しくして何事かを考えている。私は印刷したデータを封筒に纏め、その険しい顔の前にそれを付きだした。

「詳しい結果はこれを見ろ。私は片付けがあるから戻るぞ。」
「ちっと待て、古井。」

書類を渡して仕事に戻ろうとしたものの、呼び止められて顔を上げる。その先にあったのは先ほどとは別の意味を孕み、何かを訴えんとする険しい表情。

「聞きたい事がある。」
「…業務外か?」

呟く様に小さく問えば、土方は無言で頷いた。ちらりと受付台に目を遣れば、例の小娘が途轍もない程鋭く睨んでいるではないか。昼間に言い負かした手前、私は此処で世間話が出来ない。

「19時半に屯所に伺う。」
「遅れんなよ。」
「分かった。」

簡単な約束を取り付ければ、あっさりと土方は引き下がった。鑑定ありがとよ、と足早に科捜研を去るその後ろ姿を見送りつつ、時計を見遣れば18時を過ぎている。
土方は時間に厳しい。
急いで片付けをしなくてはなるまい。

*****

器具やら試薬やら報告書やらを片付けて、研究所を出た時、既に19時を回っていた。
急いで目的地へ歩を進めれば、真選組屯所の前で煙草を吹かす見慣れた陰が目に留まる。
約束の時間は少し回っていたが、纏う雰囲気から察するに、それほど機嫌は損ねていないらしいことが分かった。

「すまない、土方。」
「おう。」

隣へ行って頭を下げれば淡泊な返事。土方は思い切り吸った紫煙を軽く吐き出して、突然話を切りだした。

「お前結婚すんの?」
「…誰から聞いた。」

突然、本当に突然で、一瞬思考が固まる。しかし硬直は思いの外続かず、返答はすんなり、自然に出ていた。お陰で機械的ではあったが問題視するほどでもない。その証拠に土方も至って自然に言葉を続けた。

「昼間、本部に用があって出向いた時にとっつぁんに会ってな。次で8回目になるって話じゃねぇか。で、同期の誼だとかで俺からも何とか言ってくれって頼まれてな。」
「御節介だな、長官は。」
「あの人なりの優しさだろ。で、すんのか、古井。」

興味なさげに問いながら、相変わらず煙を吸っては吐き出す土方。
興味がないなら聞かなければいいものを。心配されればその分だけ意地を張りたくなるのだから、是非放っておいてほしいのに。なんだかんだと土方も御節介だ。

「案ずるな。出来ないから。」
「あ?心配なんざしてしてねぇよ。調子に乗んな。」

茶化すように答えると、大層不機嫌そうに顔を顰めた土方は私の頭を小突く。
叩かれたのは少々心外で、ぶたれた所を擦りつつ思わず眉間に皺を寄せた。別に痛かった訳ではないのだが。

「私が退社して困るのはお前だろう、土方。勘頼りの物証を調べる奴など他にいないのだからな。」
「そうなりゃ山崎殴るだけだから別に問題ねぇよ。」
「理不尽だな。」
「うるせぇ。」

小さく舌を打って土方は煙草を吹かす。その姿は臍を曲げた子供の様でなんだか笑えた。表情には出さなかったが、その空気感が伝わったのか土方は再び舌を打って話を振る。

「つーか、」
「ん?」
「出来ないって何だ。とっつぁんも言ってたが、古井てめぇは何処に出しても恥じねぇくらい何でもできんだろ?」
「あー……まぁ、自慢じゃないが…」
「見合いの取り付けだけだったら引く手数多だってのにって言ってたぜ。」
「…うーん、」

痛い所を突かれた。
実際に縁談だったら長官の他にも両親や親戚が嫌という程持ってきている、「紹介したらとても気に入ってくれた」との賞賛付きで。
それがどうだ、長官だけでも7戦全敗。全部合わせたら両手両足の指では足りない敗戦成績なのだ。理由は目に見えて分かる。話と実物の相違だ。
見合い相手の紹介なんざ実際よりも誇張されているのが常。私の場合は家事もできて真面目でで仕事熱心なんて紹介するらしい。
相手はそんな話を半分程度信じて私と会うのだ。実物は話の半分どころか10割越えで紹介通りの「家事もできて真面目で仕事熱心」なんだから幻滅して当然だろう。
嫁にそんなクオリティを求める男がどこにいる。
どんなに控えめに言ったって、私は大概の事なら知っているし、ちょっとしたうんちくや雑学に驚けるほど浅学ではない。浅学を演じられるほど器用でもない。
そんなのはやっぱり可愛げがないじゃないか。

返答を待つ土方に曖昧な笑みを浮かべて私は言った。

「賢しい女は置いていかれるものなんだ。」
「は?」
「何もできない、何も知らない方が可愛げがある。少なくとも私は、自分が男だったらそんな女を娶りたい。」
「……そうか?」

何の気なしに首を捻って同意しない土方は本当に人間の出来た良い男だと思う。むきになって否定せず全肯定もしない、私にしてみたら都合の良い反応。フォローの達人とは良く言ったものだ。

「気を遣うな、土方。私はそれでいいと思っている。」

有り難いとは思いつつも何となく気恥かしくて、私は軽く、しかし不自然な笑いとともに言葉を返した。この反応すらも可愛くない事は知っているが、私にはこうする事しかできない。
そんな私の隣で土方はおもむろに銜え煙草を口から離し、携帯灰皿で揉み消すと最後の紫煙を夜空に向かってゆっくりと吐き出した。

「俺だったら、何にも出来ねぇ奴より何でも知ってる奴を選ぶがな。」
「部下にするなら、だろ?」
「さぁな。」

意味深長に肩を竦める土方。頷くとばかり思っていた私はその意外な反応の返答に困った。
思わず表情を覗き込もうと思ったが、土方はそれを許さないとでも言うように私の頭を2、3度軽く叩く。

「結婚、すんなら俺の依頼断らねぇ後継者用意してからにしろよ。」

憎まれ口の様な言葉を残して土方は屯所に戻っていった。
呆然と立ち尽くすだけの私を余所に屯所の引き戸がぴしゃりと閉まる。
それでも尚、私の脳内は先のセリフと反応に戸惑いを隠せず帰宅の命令を身体に寄越さない。

あれは土方のフォロースペックであって、奴は息をするのと同じように言っているだけ。期待してはいけない。と言うかそれ以前にそんな相手ではない。期待とか何とかを抱く相手ではない。
そんな事は分かっていたが、どうも受け入れられないらしい私は、己の浅学と不安定さを恥じながらふらふらと家路に着くのがやっとだった。




The queen who knows anything is left behind.
選ばれたっていいじゃない




日付が変わってしまいましたが、土方さんのお誕生日なので…バースデーネタではないのですが、一応記念で御座います(笑)
とある歌をイメージして、ちょっと恋愛関係に擦れたお姉さんとフォローの達人のお話で御座いました。歌詞を入れないで歌をお題にするのは難しいですね…。

浅い人生経験で言うのもなんではありますが、この曲、結構的を射ているような感じがして好きなんです。こう…馬鹿が愛される社会に対する不満と言いますか(笑)
学歴社会と言う割に所詮「女は愛矯」な考えが根強いと、頑張らない人には優しくても頑張った人には悔しい結果になってしまう事があると言う気がします。うーん、解せぬ。

なんか路線がずれた話になってしまいましたが、土方さん、御誕生日御目出度う御座いました!

20130506

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ballad

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