呉藍に傾倒


「貴様、何をしている。」
「あ、石田さん。御疲れ様です。」

ジーンズにパーカーなどの色気のない格好で化粧もしていないのは何時もの事だから目を瞑ってやるとして、鏡を立てて櫛を持つとは珍しい事をしていると少しでも昂揚した私の思いを意図も簡単に裏切るとは許さないぞ、シイカ。とは三成の胸中であって、その念を込めて発した言葉であったが、そんなもの、シイカは物ともしなかった。
2人しかいない放課後の講義室。夕日に照らされ、漆塗りの器の様に艶めく髪に櫛を滑らせて毛先と睨めっこをするシイカ。あった、と小さく漏らしては慎重にそれを掬い上げて、ぷちり。またぷちり。

「何をしていると聞いている。」
「何って…白髪抜いてるんです。」

見て判りませんか?と、するりと髪束から抜かれた白い毛一本をゆらゆらと揺らしてシイカは答えた。そして空かさず、違う!との御叱責。

「何故!今、白髪を抜くなどとどうでも良い事をしている!?」
「気になったからです。」

怒声に屈す所か、何故怒っているのかと不思議そうに首を傾げてシイカが答えるのだから、三成は頭を抱えた。

例えるならシイカは源氏物語の末摘花の君。否、顔まで似てなどいないが、身嗜みや人目にあまり気を遣わず、髪だけ綺麗なのだから、連想してしまっても仕方あるまい。
私は何故こんな妙な女と交際しているのかと思うも、元はと言えば入学当時に己から好意を抱いてしまったのだからその後悔は一入。濡羽色の長い髪がふわりと擦れ違った時に脳髄に走ったシグナルが憎い。
しかもあの日に限って白の柔らかいワンピースに淡い紫のシュラグなんて清楚の塊みたいな格好をしていたのだから、これで惚れるなと言う方が無理な話だ。(本人曰わく、朝時間がなくて目に付いたから、との事で更に悔しい。)

「……あと、どうでも良くないです。」

三成が過去の不幸な偶然に大きく溜め息を吐いた後、相変わらずぷちぷちと白髪抜きに勤しみながらシイカは呟いた。

「……何?」
「これあると、毛艶が乱れるんです。」
「だから何だ。染めれば良いだろ。」
「染めたら傷むんです。」
「……貴様は頭髪ばかりに気を遣っているな。」

もっと他にあるだろう、と不満を漏らすと、シイカは漸く毛先から三成へと顔を上げる。

「だって、」
「何だ。」
「髪が駄目になったら、石田さんががっかりしてしまいそうだし、嫌われてしまうのは嫌だから。」
「……何だと?」

ぴくり、と三成の眉が動いて明らかに不機嫌に歪む。それでもシイカは眼前の凶悪な顔を見詰めて言った。

「私、知ってるんですよ。石田さんが私なんかとお付き合いしてくれてるのは、私の髪が好きだからだって。」
「…なっ」
「お泊まりに行った時の朝、撫でたり舐めたりして興奮してたのも知ってるんですよ。」
「!!?……っ…貴、様ぁ!!」
「怒らないでください、石田さん。嫌だとは思っていません。」

今生最大の秘密がバレたと言わんばかりに逆上寸前の三成にシイカは少し恥ずかしそうな微笑みを返す。不覚にもどくりと脈打てば上り詰めた怒りは何処へやら。

「だから、髪だけは綺麗にしていたいんです。何時触ってもらっても良いようにしておきたいんです。御手入れだって頑張ってるんですよ。」

今みたいに、と照れながら笑うもんだから悔しいやら嬉しいやら入り乱れ、結局苛立ちを覚えた三成はシイカとの距離を一息に縮めてその両肩を掴んだ。驚いた顔でいてもしっかりと己を見詰める双眸を逃がすものかと睨み付ける。

「……貴様は私がその程度で裏切ると思っているのか…?」
「そうじゃなかったら嬉しいなって思いますが、石田さんの好みは石田さんの好みなので、」

そうなりたいって思うのは私の勝手なんですけど、と些か寂しそうに笑うから、これまた色んな物が込み上げてきて儘ならず、その想いが赴くまま力任せに抱き寄せた。

「貴様は質が悪い。外見は妙でいて言葉や仕草で私を掻き乱す。その一貫性の無さは何だ。鼻に付く。」
「ごめんなさい。」
「詫びるな。詫びる暇があるならその見目を何とかしろ。」
「あ、そうですね。私がこんなんで隣にいたんじゃ石田さんが毎日恥ずかしいですもんね。」

頑張りますね、と背中に手を回してきたそれは全てを奪ってしまいたい程愛おしい、否、もういっそ壊してしまいたい程等と思うのだから相当だと自嘲せざるを得ない。そう思っても、彼女の首筋へと顔を埋めればふわりと薫る射干玉の髪に全身が粟立つ。溺れる様な苦さと揺蕩う様な心地良さを放すまいと、ただ只管に腕に納まる華奢な身体を締め付けた。




麗しの末摘花とは世も末か

fin



後書

御機嫌よう、篝で御座います。

三成さん髪の毛好きそう、という独断と偏見から「髪の毛を撫でたり舐めたりして興奮」させたかったためだけに書き始めたのですが、色々広がる2人だったので、また出したいなぁと思っております。至った経緯とか、それこそお泊まりに行った日とか(笑)

末摘花と同じく、呉藍(くれのあい)も紅花の古称の一つに御座います。源氏物語の髪(だけ)が綺麗な末摘花に引っ掛けてこんなタイトルにしましたが、紅花の花言葉は「愛する力、包容力、情熱、夢中」とかでして彼女のイメージにぴったりだなぁなんて思っております。BASARAの三成さんには愛情とか包容力とかを沢山持つ菩薩みたいな女の子が似合うなぁとは篝めの戯れ言ではありますが(笑)

此処まで御覧頂き有り難う御座いました。
楽しんでいただけましたら幸いで御座います。

20140513

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ballad

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