誤算
あれは真夏の夜の夢の様な出逢いだった。
照りつける太陽が水面に沈んでもまだ熱の残る大気を切り裂くように。
麗しく艶やかに煌めいたその輝きを私は一生忘れる事は出来ないだろう。
夢中でシャッターを切ったけれど、撮れたのはその身体の一部だけ。それでも私はその1枚に今夜も想いを馳せる。
「はぁ……本当に綺麗…まさにこの星が生み出した最高の美……」
「何を1人で浸っているんだ君は。気持ち悪いぞ。」
「!」
クチバの港で潮風に当たりながら、その身体の一部が写った写真を月明かりで眺めていたら、不意に心外な言葉が掛けられた。睨みを利かせて振り返れば紫色のタキシードに白いマントそして真っ赤な蝶ネクタイなんて奇天烈な格好の男が訝しげに立っているじゃないか。もう溜め息しか出ない。
「はぁ、ミナキくんか。」
「会って早々失礼な奴だな。」
大仰に肩を落とすとミナキくんは不服そうにくっと片眉を上げた。しかしこれががっかりしないで居られようか。1日の疲れを癒してくれるこの幸せな時間を邪魔したのだから、ミナキくんの罪は重いのだ。それに大体、ミナキくんが話し掛けられて良い事があった試しがない。ミナキくんが懸命に追い掛け回しているライコウだかエンテイだかの話を一方的にしくさるんだもの。
しかし、そのライコウだかエンテイだかを追い掛けてジョウトを東奔西走している筈のミナキくん、どうしてカントーのクチバシティに何かに居るんだろうか。
不思議に思ってミナキくんの顔を見上げた瞬間、私の手から大事な写真が攫われた。
「あっ!何するの?!」
「シイカが想いを馳せるなんてどんな相手かと思ってな!拝見させてもらうぜ!」
「なっ、や、止めてよ!」
得意気で意地悪な顔をしたミナキくんから写真を取り返そうと手を伸ばせば、ひょいと白い手袋を嵌めた手に持つ写真を高く上げられて、もう届かない。それでも諦める訳にはいかない。見られたくない。その思いだけでジャンプしながらミナキくんの長い腕の先にある写真を取り返そうとするのだが、悔しいかな簡単に躱されてしまった。
「案ずるな!君がどんな奴に焦がれていようが私は応援するぜ!」
「そう言う問題じゃないの!返してよ!」
「恥ずかしがる事はないさ!どれどれ……これは……何だ?」
私に届かない様に写真を空に向け、抑止も聞かないでそれを仰ぎ見たミナキくんは訝しげに首を傾げた。
それもその筈。写真に写っているのは薄氷の様に儚く煌めいた長い長い勿忘草色の艶やかな、
「………髪か?」
「尻尾ですッ!」
何時の間にか私の手の届く所まで降りてきたミナキくんの手から写真を引ったくって答えた。すると彼は驚いた様な顔で私を見る。
「尻尾って事は、ポケモンか!?」
「わ、悪いの!?ミナキくんだってライコウだかエンテイだかを追いかけ回してるじゃない!」
「スイクンだ!スイクン!しかし参ったぜ、まさかポケモンだなんて…」
「な、何よう……」
がっかりと言った風に頭を抱えるミナキくん。私がポケモンに想いを馳せて何が悪いの!!?と言ってやりたいんだけど、彼が予想以上に深刻にがっかりしているので言うに言えず、肩が縮こまる。
「………の尾は……いや、だが………と色、太さ……」
ミナキくんは一頻り何事かぶつぶつ言った後、突然頭を上げて私の縮まった両肩を掴んできた。
「わっ!!?」
「そのポケモンは!!?」
「えっ!?」
「ポケモンの名だ!分かるだろう!!?」
鬼気迫るミナキくんに面を食らってたじたじになりながら、辛うじて頷くと肩を掴む白い手袋に一層力が入る。痛い。
「み、ミナキくん、あの、肩、」
「何というポケモンだ!?言うまで離さないぞ!!」
「痛い痛い痛い…!!ふ、フリーザー!フリーザーだよ!」
「…!!フリーザー、だって…!?馬鹿な…」
みしみしと音を上げそうな肩に音を上げてその名を口にすれば、漫画の様にショッキングな表情を浮かべたミナキくんはがくりと膝を折った。同時に肩に掛かった圧力が和らぎ、彼が崩れ落ちるのと同調して白い手袋が腕を伝う。このまま腕が滑り落ちたら、ファッションセンスはあれだけど顔は端正なミナキくんがアスファルトに直撃しかねない。そう思ったら反射的に脱力しきったその手を握っていた。
「ミナキくん、どうしたの?大丈夫?」
「そんな……嘘だろ……」
「ミナキくん?聞こえてる?人間の言葉分からなくなっちゃった?」
声を掛けても反応が無いので顔を覗けば、吃驚するくらい目が死んでいる。虚ろだ。こんなミナキくん見た事が無い。気味が悪い。流石に心配せざるを得ず、屈んでその顔を両手に包み、強制的に目を合わせる。
「ミナキくん!しっかりして!ライコウだかエンテイだかまだ捕まえてないんでしょ!?」
「スイクンだ!!君は一体何度間違える気だ!?」
「いひゃっ!」
私の激励に激怒したミナキくんは途端にカッと目を見開くと、私の両頬をこれでもかと抓った。
元気じゃないか!心配して損した!!
「いひゃいよ、ミニャキくん!はなひて!!」
「何故フリーザーなんだ!」
「へ?」
間抜けな声で抗議したものの、ミナキくんには聞き入れてもらえなかったらしく、返ってきたのは疑問のような怒りのような言葉。訳が分からず首を傾げると、ミナキくんが悔しそうに「くっ」と息を漏らして続ける事には、
「私があれだけスイクンの素晴らしさを説いてきたと言うのにフリーザーとは酷いじゃないか、シイカ!!君は写真家として優秀だから行く行くは私の補佐として共にスイクンを追い掛けようと思っていたのに!!それがフリーザーだって!?とんだ裏切りだぜ!!」
「う、うりゃぎりっへ…!!わたひひょんなやくひょくひたおぼへないひよ…!?」(う、裏切りって…!!私そんな約束した覚えないよ…!?)
「こうなっては仕方がない!もう一度スイクンの素晴らしさについて一晩中語ってやろうじゃないか!そして考えを改めるんだ、シイカ!良いな!?」
「きーてよ、ミニャキくん…!!」
抵抗虚しく、眦を釣り上げたミナキくんは俄然本気で、私はポケモンセンターで文字通り一晩中、ミナキくんのスイクン論を聞かされる事になったのだった。
ベルベット・ハンマーの誤算
今宵もあなたを想いたかった
fin
ミナキはひたすら一方的なイメージ(笑)
20140717
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ballad
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