狼藉者に愛を込めて


「ばかもの。」

へし切長谷部を鞘から抜けば、眼前で正座する傷だらけの男と同じ様にぼろぼろに毀れた刀身が現れて、シイカは臍を曲げた声を上げる。

「長谷部くん、検非違士を深追いするとは何事かな?」
「申し訳御座いません…しかし、」
「しかし?しかしだと?かかしは聞いてもしかしは聞かないぞ!」

理屈の分からない文句をのたまったシイカの言葉からはとりあえず憤怒は伝わった。そのためか、正座するへし切長谷部は異論も途中に口を噤むと謝罪の頭を下げる。
顕現されてまだ日の浅い長谷部はその身の上や性格のせいか、主君の一番にならんと結果を焦ってしまったらしい。遭遇した検非違士が敗走するのを帰還命令に背いて単騎追撃し、手酷くやられてこの状況であった。

成果を上げるどころか返り討ちの重傷ではただの損害である。彼の記憶が正しければ主に結果を示せない家臣は手打ちされてしまうのだ。例えそれがどんなに不本意だとしても、主の命には従わねばならない。それがへし切長谷部と言う刀なのだ。甚だ不本意だ、しかし、仕方がない。覚悟決めねばならぬ。
深く下げた頭の陰で長谷部は唇を噛んだ。

「大変、失礼を致しました…。この長谷部、如何なる御処罰も甘んじて、」
「処罰?それは駄目だ。」
「は…、……え?」

ごくりと呑んだ覚悟が戻ってきそうな返答に思わず長谷部は頭を上げる。その鳩が豆鉄砲を喰らったような顔を見て、シイカは纏う雰囲気をゆるり和らげると、抜いた刀身を丁寧に鞘に戻し、そっと傍らに置いてこう訊ねた。

「長谷部くん、罰とは何だい?」
「は、……はい、懲らしめかと、」

藪から棒な質問に長谷部は疑問を隠しきれないまま答えると、シイカは「近い」と言った後、ゆるく首を横に振って続ける。

「でも違うな。罰とは罪を犯した報いだ。」
「報い、ですか」

諭すようなその口調はまるで誘うように長谷部の視線とシイカのそれをかち合わせる。復唱した声色と見詰める藤色の瞳は疑問の意がまだ強いが、それを受け止めて尚、シイカは深くゆっくりと頷いた。

「そう。罰にはまず罪が必要なのさ。キミは犯してもいない罪をどう報いると言うんだい?」
「ですが俺は撤退の命に、」
「それの何が罪だと言う。実際の戦場にいるのはキミ達で、そのキミ達が自身の判断で行動するのは当然のことだと私は思うよ。」

長谷部の唱えた異にシイカはまた首を振って否定すれば、彼は少し不服そうに口を閉ざす。分かっているように見せて分かっていない、そんな素振りは大の男の姿がする仕草としては些か幼く愛らしい。愛い奴よ、と口に出す訳にもいかないシイカは胸中でだらしなく顔を綻ばせて、「寧ろ、」と言葉を続けた。

「それを咎める方が罪ではなかろうか。ねぇ、長谷部くん。キミは私に罪を犯させたいのかな?」
「!!め、滅相もない事です…!」
「ふふ、有り難う、長谷部くん。」

長谷部の性格を逆手に取った少しばかり狡いやり方だと言う意識はあったが、思った通りの反応についにシイカの表情は綻んでしまった。
姿を与えた時は過剰な程に忠義を掲げる長谷部に少し疑念があったのだが、その身の上故に易々と誰かに下げ渡されまいとする姿勢なのだと分かっては、その健気さを愛し愛しと慈しまざるを得ないのがシイカの胸中である。最も、加州清光を初期刀に賜った手前、あまり口には出さないようだが。

「だからキミに罰は与えないよ。」

兎も角、僅かに焦った素振りの長谷部は、宥めるようなシイカの言葉に、ほっと胸を撫で下ろし緊張を和らげだ。

「……主、なんとご寛大な」
「まあでも許さないけどね。」
「は、…」

ほっとしたのも束の間、先の対応とは裏腹の手厳しい言葉に長谷部は思わず身を硬くする。
刀解覚悟でいた長谷部だが、処罰を全否定された後のこの反応には正直困惑と混乱が隠せずに、二度三度瞬きを繰り返した。しかし、これが使えぬ臣への仕打ちならばと理解せねば、呑み込まねばと、無理矢理に自分を納得させんと首を垂れる。

「………さ、左様、で…」
「何故だと思う?」
「は、」
「何で許さないんだと思う?」

不可解であっても呑み込もうとした長谷部の思いはいとも簡単に砕かれてしまった。
何故と言われた所で分からないから不可解なのに、理由など述べられるわけがない。

「な、何故と言われましても…、主命に従わず敵を深追いした上になんの成果も得られなかったからとしか」
「ははっ、全く長谷部くんは真面目だ。でも違う。」

同じ事しか考え付かない己に嫌気を覚えながら答えると、からかうように笑ったシイカはまるで悪戯をする子供のようだった。

「しかし主。他に思い当たりませんが。」
「そうだよね、ごめんよ長谷部くん。正解は私の我が儘だ。」
「………は…?」

申し訳無さそうに眉を下げたシイカの解答は思いも寄らぬもので長谷部の口からはそんな音がぽろりと零れる。
シイカは再度「ごめんね、」と謝罪した後「でも、」と言葉を続けた。

「戦道具であるキミ達に言うのもおかしいのだけれど、私はキミ達にあまり無茶はしてほしくないんだ。」
「主…」

寂しそうにそう言ったシイカに胸の真ん中を握られるような妙な感覚が長谷部を襲う。素直に感激したものの、胸を打たれるとは少し違う、そんな気がしてならなかい。しかし、そこはへし切長谷部。自身の感覚どうこうよりも今目の前の寂しい表情を真っ先に何とかしたかった。

「主。あなたはとてもお優しい方です。我等は主の配下とし顕現でき幸せです。しかし主が仰る通り我等は道具、物に違いはありません。ですからそこまでお心を傾けていただくことはないのですよ。」

頭ごなしに否定せず、柔らかく語り掛ける様な長谷部の言葉は耳や心が受け入れるのになんと的確だろうか。そう感心しながら聞いたところによれば、人の姿を取っていても所詮は物であるから物として扱ってくれ、との事らしい。
しかし、長谷部の中の“物はこう扱われるべき”と言う考えとシイカのそれとでは決定的な違いがあったのだ。それも、今後も伴に戦うのならば、教えておかねば、後に最悪の仲違いを起こす可能性を秘めている。

「……長谷部くん、知っているかい?」
「何をです?」
「人間は物を大切にするんだ。」
「は、」

暫く間を置いてゆっくりとそう言えば、長谷部は初耳だと目を丸くした。付喪神がそれを知らないとは何事だと思うが、そもそも使われてなんぼの刀剣がお国の宝とは言え“保管”されているのだから、彼にしてみれば大切と“保管”はあまり強く結び付かないのかもしれない。いずれ保管も大切にしていると言う事だと教えた方が良さそうだが、今は“物であろうが大切にする”旨を伝えねば。相変わらず疑問符を浮かべる長谷部にシイカは少し大きめに息を吸って言葉を紡ぐ。

「物は大切にする。物だからと粗末に扱いはしない。例え同じ物があったとしても、私が使って、私と時を共にしてきた“物”は世界で一つしかない。どんなに古くても壊れないように、大切に使っていくんだ。」

傍に置かれた刀へゆるり手を伸ばし、柄を鍔を鞘を撫でるシイカの仕草からは嫌でも慈愛が伝わって、刀越しに感じる優しい手付きは、長谷部に思わず身震いをさせそうな程だった。
奥歯をぐっと噛んで堪えたものの、人の体は面倒でいけないと内心ぼやく彼の眉間に皺が寄るのを見たシイカは「ごめんね、」とはにかんだ後、その手を刀から離す。不意に消えた暖かさに名残惜しさを感じたのも束の間、彼女は先程と同じ優しい手で今度は長谷部の手を両掌で包んでいた。

「私にとって長谷部くん、キミは、キミ達はそう言う存在なんだよ。」

そう言ってすこし強く握り締めてきたものの、シイカの掌は随分小さく非力だと長谷部は思う。しかし、嘗て自身を握り振るっていた戦う者のそれとはまた違う信頼を覚えたのも確かで。人で言うところの休息だろうか、鞘に納まっているような安らいだ気持ちだった。

「、主」

そうして長谷部が無意識にもその手を弱く握り返せば、嬉しそうにも少し照れ臭そうにはにかんだシイカ。そして少し語調を強めて言うには。

「だから許さないよ、無茶をするのは。私が大切にしたい物をその物自身が大切にしないのは。」
「畏まりました。」

はにかんだ後では、きりりと眦を吊り上げて、咎めるように言ったとて、威厳もなければ格好もつかないのだが、長谷部はどこか嬉しそうに恭しく頭を下げる。

「主命とあらば、この身を大切にいたしましょう。」
「いや、主命じゃないから、長谷部くん自身が私のこの考えをどう捉えるかはキミに任せるよ。」
「返答など、」
「だめだめ、言わないで。答えはキミが考えてその胸の内にしまっておいておくれ。どう捉えたかは長谷部くんのこれからの振る舞いを見て判断するから。」
「ですが主、」
「折角考える頭を持ったんだ、使わなければ損だよ。」

大切に、とは自身の考えも含めたつもりだったから主命どうこうではなく自分で考えてほしかったシイカはいつもの様に従順な長谷部の進言を尽く挫く。すると流石の長谷部も気に障ったのかむっと僅かだが顔を顰めたではないか。

「お言葉ですが主、話す口も賜りましたが?」

そしていつもと違う少し意地悪で高圧的な声色で長谷部がそう言えば途端にシイカの表情がふわり綻ぶ。

「おお!言うなぁ長谷部くん!そう言う風に頷くだけじゃない長谷部くんの方がとても素敵だ!」

絶対服従の現れなのか決して首を横に振らなかった長谷部のこの変化は大きい気がして、少し心の距離が縮まった様な気がしてシイカは嬉しくてたまらなかった。もっともっと、彼の個性を知りたい、見せてほしい、そんな思いが禁じ得ない。それ故、“話す口を賜った”との発言は汲み取りたくて、彼女は楽しそうに言葉を続けた。

「話す口があるなら、言いたくなって我慢できなくなった時に聞かせておくれ。」
「では直ちに、」
「あ、あ、あー?今は駄目。まずは考えてから。それとも長谷部くんはそんなに我慢できないかな?」
「……ご冗談を。主命とあらばいつまででも。」

茶化すように首を傾げて訊ねれば、長谷部は僅かに眉をひくつかせたが、涼しい顔でそう答える。それがなんだかやけに人間臭くて可笑しくてつい顔がにやけてしまう。“主命”なんてお堅い理由が少し引っ掛かった気分もこれで帳消しだな、とシイカは思った。

「それで長谷部くんが考えてくれるなら、今は主命にしておこうかな。」
「有り難き幸せ。」
「ふふ、沢山考えておくれ」
「必ずや、果たしてみせましょう。」

そう言って長谷部は握られていない手を胸に宛てると大袈裟な程丁寧に頭を下げる。
この所作が“へし切長谷部”の忠誠の現れなのだから仕方がないが、その隔たりはやはりちょっと寂しい。しかし、それを言っては我が儘すぎると呑み込む。

「うん。」

信じているよ、と胸中で続けてひとつ頷くだけにしておいた。
すぐでなくていいから、そんな堅い仕草がなくなればいいな、と思う気持ちが無意識に握る掌の力を強める。
そんな気持ちを誤魔化すように、シイカは傍らの刀剣と握った長谷部の手を引き寄せて微笑んだ。

「さて!そしたら手入れだよ、長谷部くん。今日は時間が掛かりそうだ。」
「主の、思うままに。」

そのまま手を引かれて手入れ部屋に向かう長谷部の表情も心なしか少し穏やかそうに見えたのが贔屓目では無いことを願いたい。





キミに幸あれ


fin

御無沙汰の更新は流行りの刀剣乱舞で御座います。
へし切長谷部を幸せにし隊。


20160309
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ballad

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