もう恋なんて
初恋は小学校。
勇気を出して気持ちを伝えて、物凄く後悔した。
“げー、マジかよ。無理なんだけど。お前鏡見たことある?てか、身長計って出直してくれば?”
その日はずっと泣いてたっけ。
友達からは綺麗って言われてた自慢の髪もショートにして、スカートも履かなくなった。
中高も学校指定のスラックス履いた。女の子に生まれてこなければ良かった。
痛くて苦くて怖いだけの恋なんて……
もう恋なんて
「シイカっ!!これ、長曾我部君に渡してっ!!」
「……なーんで本人に渡さないんだよー?」
「だだ、だって、直接だと……っ」
「あー、はいはい、分かりましたー」
小学校での最低最悪の失恋を経験したあたしは現在大学生。
見てくれと性格から男女問わず友達はたくさん居る。特に女の子には大分好かれてるみたい。よく相談とか受けるし……恋愛沙汰だけど……。
手紙渡してーなんて日常茶飯事。男友達が多いからまぁ、仕方ないけどね。ちなみにごく稀にあたし宛の場合もあったりする。
そんな“手紙渡してー”が最近になって、ドッと増えた原因は同じサークルの仲間にあった。
「アニキー、今日も大漁ですぜー。」
「おう、シイカ。つーか、やめろ。オメェにアニキって呼ばれっと気持ち悪ィ。」
「ひっでー。」
コイツ、長曾我部元親のせいである。
親しみ易くて、親分肌。見てくれだってその辺のアイドル顔負け。そんなわけでコイツ宛の手紙がわんさかあるのだ。
斯く言うあたしも元親に絶賛片想い中だったりする。
もう恋なんて、とか思って十何年 生きてきたのに一目惚れだった。サークルが同じで話してるうちに見てくれだけじゃなくて中身も凄くカッコいい、って事も分かってしまった。
それからずっと。誰にも言わないし、分からないようにしてるけど、顔見ただけで死にそうになる。
「大漁って、また手紙か?おいおい、勘弁してくれって言ったじゃねーか。」
「バカヤロー、恋する乙女達がお前如きに時間を割いて書いてくれてんのよ。有り難く思いな。」
「俺、字ィ読むの嫌ェなんだよな。」
「だから頭悪いんだね。」
「しばくぞ。」
「やれるもんならやってみやがれ。婦女暴行で逮捕だよ。」
憎まれ口を叩けば、ちっ、と舌を打って、元親は紙袋一杯の手紙を受け取った。
好きな人に誰かの手紙を渡すのはやっぱり辛いな。顔には出さないけど、濡れたタオルみたいに心臓を絞られてる感じがする。
「……ちゃんと読んでんの?」
「名前だけ見て古紙回収。」
「うわっ、サイテー!!開きもしないのっ?!」
「知らねー名前とかしつこい奴ばっかで面倒なんだよ。見てくれしか見てねーって感じでよォ。」
それを聞いて少し安心したあたしが居た。こういう時自分の醜さを感じて嫌になる。
「つーか、俺宛は断れって言ってんだろー?こないだハーゲ○ダッツ奢って商談成立ーとか言ってたじゃねーか。」
「や、ほら。女の子のお願いって断れないんだな。これが。」
「あれ高ェんだぞ?前払いの分きっちり仕事してもらわねーと契約破棄で裁判起こす。」
「いや、無理だろ。ハー○゙ンダッツ如きで。」
「んじゃ、慰謝料請求。」
「あたし今月の生活費あと267円。」
「おい、それ大丈夫かっ?!今月まだ始まったばっかだぞっ?!」
「だから無理。」
友達だからこうやって会話できる。ふざけあっていられる。今だって上擦りそうな声と上がってる体温を何とか抑え込んでるんだ。
告白なんかできない。
嫌な思い出しかないし、フラれるのは目に見えてる。会話から、女って意識してる人に言う言葉じゃないもん。
「残金267円って……何買ったんだよ?」
「愛車のメンテ道具と新しいメット。」
「色気ねーなぁ…、女子大生が買うったらブランドもんの鞄だ化粧品だじゃねーのか?」
「鞄なんかユニ○ロの今使ってるので十分。化粧もしない。」
「常にスッピンっ?!」
「現在進行形でね。」
はぁ〜、と呆れてんだか感心してんだか分かんない息を漏らす元親。
だってあたしみたいな娘が化粧したってブランド品持ってたってどうしょもないじゃない。元親よりは小さいけど、日本の20歳女性の平均身長軽く10pは超えてる。二重だけど決して可愛い目をしてる訳ではないし、肩幅だって大分広い。街を歩けば逆ナンされる始末なあたしが化粧して可愛くなるなんて有り得ないよ。
オカマ化だよ、オカマ化。
「〜〜、現金請求できねぇか…」
「諦めたまえ。色男に産まれてきた自分を恨むのだ。」
「……っ、腹立つな。俺の○ーゲンダッツ返せ。」
「残念ながら胃にも腸にも残ってないから無理。」
「そういう意味じゃねーよ……こうなりゃ身体で返してもらうしかねぇな。」
「おう!!力仕事なら任せろっ!!」
ニヤリと妖しい笑みを浮かべる元親にあたしは拳を握って見せる。
まさか、これがあの言葉に結び付くなんて知らなかった。
「……お前は本当に女なのか?」
「っ…!!さ、最近疑問に思ってる。」
あ、フラれた。告ってないけどフラれる事ってあるんだ………ヤバい。泣きそう。
「……おい、シイカ?」
異変に気付いたのか、元親が声をかけた。
「ごめ、っ、何でもない…っ」
あたしは顔を逸らして逃げるように走り出す。
「シイカっ!!」
「ごめんっ、あたし友達に呼ばれてたからっ!!」
元親の声を振り払い、そのまま走った。悪いが足には自信がある。廊下の学生達が振り向く程のスピードで走った。
♪
「……っ、は、は……」
校舎の外、今は廃屋と化した旧学生寮の荒れきった広場まで走ってあたしは足を止める。
ここには誰も来ない筈。
「……ふ……ぇ……っ」
嫌だな。涙が止まんないよ。涙を塞き止める筈の心が壊れて、ちゃんと役立ってない。
「うぇ……ひっ……」
大声出して喚きたい。でも仮にも学園内だから、気付かれないとも限らないし……。
誰も来ないで…、誰も……。
蹲って、声を殺して忍び泣く。
目の前は歪む。このまま見えなくなってしまえばいい……っ。
「……っ、み、見つけ、た。…はっ…」
「!!」
誰も来ない筈なのに、一番会いたくない、一番聞きたくない声が聞こえた。
咄嗟にあたしは涙を拭う。
「……っは、……おま、…足、……は、速っ……っ。」
「な、な……んで、こ、こ……っ」
「ま…、政宗が……、こっち行ったって……っ。泣い、て…た、みてーだったっ……て、」
「っ!!何で…?何で…来たの?」
「心配……だから……。」
「………平気だよ。何でもないって言ったじゃん。」
「嘘つけ。」
「大丈夫だって。……あっち行ってよ…。」
「…………」
草を踏みしめる音がした。
遠ざかる事を願ったが、神様は残酷だ。ふわりと背中から腕を回される。
「!!?は、放してっ!!」
「ごめん。」
「な、何で謝んの?!元親悪い事してないじゃんっ!!」
「……シイカ、泣いたの俺のせいだろ。」
「なっ、泣いてないよっ!!」
「嘘つけ。分かんねーとでも思ったか。」
そう言って、後ろから覗かれた顔を、あたしは素早く逸らした。
「あ、こら。こっち向け。」
「痛っ、」
顎を掴まれて、半ば強制的に頭を戻される。
となれば勿論、この短時間でよくもまぁと言うほど腫れた目が露になる。
「オラ、目の下真っ赤じゃねぇか。」
「ご、塵が入って掻いてただけだもん…」
「じゃあ何でこんなとこに一人で居んだよ。」
「く、草毟り……」
「はい、嘘ー。」
そう言うと顎から手を放し、あたしのおでこにでこぴんをした。
「いったっ!!」
「何で泣いてたんだよ。」
「泣いてないよ。」
「俺の何がシイカ泣かせたんだよ。」
「泣いてないってば。」
「しぶといなお前。」
ああ、まただ。
毛が生えた筈の図太い心臓がちくりとした。
「可愛くないでしょ?いいんだ。別に。普通の女の子みたいに恋愛したいなんて思ってないから。可愛くない位が丁度良いんだ。」
自分に言い聞かせるようにそれでいて自嘲気味にあたしは言う。
「もう恋なんてしないの。いい事無いから。そう決めたのに、揺らぎそうだから再確認するのに此処来たら、目に塵が入った、そんだけだよ。」
言い訳なのが丸分かりだけど、それだけ言うので精一杯。これ以上こうしてたら、また泣きたくなる。だから、背中から回された、ホントはこのままで居たい腕を払って立ち上がろうとした。
ぐいっ、
「わっ?!!」
急に引っ張られてバランスを崩す。一瞬何が起こったか分からなかった。けど、思考が今の状況に追い付いた時、あたしは払った筈の腕の中にいた。
「え?う?」
「……そんな事、言うなよ。」
「っ!!」
いつもより僅かに低く甘い声が、吐息と共に直接鼓膜を揺らす。
「可愛くねーなんて思っちゃいねぇよ。」
「な、何よ、いきなり……」
「恋なんかしねぇ、何て言うな。」
「な、慰めてくれてんのは嬉しいけど…」
「慰めなんかじゃねぇ。」
「は?」
「慰めなんかじゃねぇ。本心だ。」
「っ、」
腕に力が入り、ぎゅ、と締め付けられる。
「ちょ、痛いよ。」
「いっつも他人の手紙ばっか持ってきやがって。何でお前は自分の持ってこねーんだよ。」
「な、何言って…、」
「お前から貰うのに、お前からのがねェって、どんだけだよ。」
「ま、待って。何言いたいのか全然分かんないよ。」
「………シイカ、お前鈍いな。サークル内じゃお前以外みんな知ってるっつーのに。」
「だから何っ!!」
「っ、気付けよっ!!手紙、読まねーで古紙回収に出すのも、告られたって全部蹴るのも、お前が好きだからなんだよっ!!」
「!!」
思いもしない言葉が紡がれ、あたしは驚いた。
「サークルの歓迎会で一目惚れして、話しかけんのどれだけ緊張したか知ってっかっ?!」
「ちょ、待って待って。間違ってるよ。あたしはシイカだよ?その言葉は別の人に吐くもんでしょ?人違い、人違い。」
「こんだけ近くにいて間違うかっ!!俺はシイカに言ってんだよ!!」
「嘘嘘。有り得ない有り得ない。これは夢です。」
言えば、あたしを締め付けていた腕が一本外れて、頬の肉を掴んだ。
「ひぎぎぎぎぎぎっ!!ひぎゃい、ひぎゃいっ!!」
「からかいやがって、テメェっ!!勝手に夢にすんなっ!!」
「わきゃった、わきゃったかや、はにゃひてー!!」
頬を引っ張る手を軽く叩くと、力は緩んで、頬は解放された。
「いてて…只でさえ崩れた顔が余計に崩れた。」
「崩れてなんかいねぇよ。き、綺麗だ。」
「まぁ、仮にも昨年ミスターわが校に決勝まで残りましたから男前ではありますよ。」
「マジでかっ!!って、そうじゃねぇよっ!!つか、何気に俺の告白流すなっ!!」
「え、だから人違いじゃ…」
「ねぇよ。」
ったく、と悪態をつく元親の言葉であたしの思考はまた停止した。
「…お前が俺の事何とも思っちゃいねぇのは知ってるけどよ…、今のシイカの気持ち、教えちゃくれねーか?」
「……」
「……」
「……」
「…な、何とか言えよ…、フラれんの覚悟してっから……」
「…あ、うん………じゃあ、」
もう恋なんてしない、
つもりだったんだ
「あたしもアンタが大好きだっ!!」
fin
20080401
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