不変の想い
「辛ェ」
聞いてしまった。
「辛ェよ」
見てしまった。
「チキショー、辛すぎて涙出てきやがった」
あなたの涙を。
押し殺した泣き声を。
「辛ェ」
違う。
カライ、じゃない。字は同じだけど……
あなたのそれは「ツライ」だ
不変の想い
「シイカ、」
「あ、沖田隊長。……え、えと……お、落ち着きましたか?」
ミツバ様が亡くなられてから1週間。
不意に沖田隊長に声を掛けられて可笑しな事を聞いてしまった。
「俺はもう大丈夫でィ。」
ちょっと窶れた顔に無理矢理微笑みを浮かべる沖田隊長が痛々しい。
「…シイカ、心配してると思ったんで、1つ言っときますぜ。」
「なんですか?」
「野郎が……土方さんが姉上に惚れてたのは昔の話ですから。気にしねぇで下せェ。」
「!」
「そんだけです。“何か最近シイカに避けられてる”って愚痴ってきやがった。勘弁して欲しいぜィ。」
「そ、そんな……!!」
「まァ、シイカにそんな事させる野郎も野郎でさァ。」
この際、俺に乗り換えやせんか?と悪戯っぽく言って、沖田隊長は去って行った。
……慰めてくれた?
沖田隊長は私がミツバ様と土方さん……副長との関係を気にしてる事、知ってたなんて……。
「一番ツラいのは沖田隊長なのに……」
慰められてしまった。
沖田隊長の背中が見えなくなってから呟いた。
私が副長の隣に居るようになった時間とミツバ様が副長と過ごした時間は天と地程に違う。
亡くなられてしまったけど、ミツバ様は私の知らない副長を沢山知ってる。
恋仲でなかったにせよ、過ごした時間と想いを寄せた時間は敵わない。
気持ちなら負けない、なんて事もとても言えないかった。互いが互いを想って、解って、身を引き合った2人だから。
私の想いはきっとミツバ様には敵わない。副長の私への想いも、ミツバ様に寄せていたものには敵わないんだろうな。
分かってはいるつもりでいた。
それでも良いと思ってた。
大事なのは今だって、自分に刷り込んできたのに………改めて考えるとやっぱりダメだ。
くしゃ、
「………あ。報告書、出しに行かなきゃ。」
ちょっと力が入った手からした音に目をやれば、皺が少し寄った書類。私は足早に提出先である副長室に向かった。
* * * * *
「ひじっ…副長、シイカです。」
「入れ。」
部屋の前で声を掛ければ、機械的な返答。
「失礼します。報告書を持って参りました。」
「ああ。御苦労。」
扉を引けば、机に向かって一心に筆を動かす姿が目に入った。灰皿に積まれた吸い殻の量がまるで貴方の心を写してる。
「(……寝てないんだ。)」
朝礼も会議も遅刻はしないけど、最近何処かかったるそうだった副長。恐らくこの1週間の睡眠時間は限り無く0。それはきっと現実逃避。
頭で分かっても心がごねてるんだ。
「副長、確認御願いします。」
「ん?ああ。」
筆を止め、顔を上げた副長と目が合う。
「シイカか……。」
「はい。」
驚いたような顔をして名前を呼ばれた。
「副長、とか呼ぶから誰かと思ったじゃねーか。」
「声で分かりませんでした?一応、私女の子なんですけど。」
「……ちっと、集中しててな。」
副長の心に今、私はいない。あの副長が声で誰かを聞き分けられないくらいだもん。きっと今、ミツバ様への感情で、哀悼で、後悔で、愛情で、埋め尽くされてる。それは他愛の無い短い会話で感じ取れた事実。
被害妄想甚だしいかもしれないけど、屋上で独り泣いていた背中を思い出したらそう思わずにはいられない。
「…シイカ?どうした?」
無意識の内に私は目を伏せていた。気付いた副長が私を呼ぶ。
「…あ、いえ。何でもありません。」
咄嗟に顔を上げて答えた。
「最近お前おかしいぞ。」
「そうですか?」
「ぼーっとしてる事が多い。隊士としての自覚が欠けてる。」
「………ごめんなさい。」
優しい貴方は私なんかを気に掛けてくれて、最愛の女性の死を悼む暇がない。そんな気持ちだから眠れない日が続いてるのでしょう?
一方的だけど、きっとそれは間違いじゃない。
何かに悩んで眠れない時、灰皿に白い山が出来る事くらい知っている。
私がいるから、私がいるから悩んでるんだろうか。考えただけで胸が痛い。
……私のせいで……
「…………土方さん、」
「ん?」
だったら私が貴方の側を離れれば、貴方の心に入ろうとしなければ、
「………別れましょう。」
「!!」
意外にも、するりと出た言葉に土方さんが目を見開いた。
「……冗談。」
暫くの沈黙の後、土方さんが口を開く。
「何だ、いきなり。」
「私は土方さんが好きです。」
「……だったら、何で」
「何事も信念を貫く背中に惚れちゃったんです。」
「………」
「だから、貫いて欲しいんです。ミツバ様への想いも。」
「!!……シイカ、お前っ、」
驚いた顔にまた胸が絞まった。
やっぱりね……。
馬鹿言うな、と笑い飛ばして欲しかった。
ちょっとの期待が泡に消える。
「だから、…別れましょう。」
もう直視できない。
次に何か言えば涙がきっと。
それはまた貴方を困らせてしまう。
「じゃあ、私はこれで。」
「待て。」
立ち去ろうと付いた手を掴まれた。
「返事は聞かねぇのか。」
「………。」
「……女は凄ェな。隠してるつもりが全くだ。」
溜め息と共に漏れた言葉に覚悟してた筈の気持ちが音を立てて崩れた。
ヤバい。
瞬き出来ない。
唇を噛んで耐えるけど、顎がガクガクする。
「分かってますよ……だから、」
「分かってねーよ。」
「………え?」
絞り出した声はいとも簡単に否定された。霞掛けた目のまま、私はうっかり顔を上げる。
それさえも予想していたかのように土方さんは口角を上げた。
「…泣く程だったら、ンな事言うなよ。いきなり言われた此方が泣きたいわ。」
「な……が、何が……?」
期待してしまうから、そんな風に言わないで……。
「何が分かってないんですか……?」
「正直、ミツバに会って揺らいでたのは事実だ。嘘は言わねぇよ。」
「……じゃあ、」
「江戸に出てくる時、とっくに吹っ切れてる。きっちり清算してきてんだよ。」
「揺らいだって言ったじゃないですかぁ…」
「うるせ。話は最後まで聞け。確かにミツバにゃあ惚れてたよ。けどな、既に終わってんだ。」
「?」
首を傾げれば苦笑しながら私の頭に手を置く。
「伊達や酔狂でお前と付き合えるほど俺は器用じゃねぇ。」
「じゃあミツバ様の代わりですか?」
「……どんだけネガティブなんだお前…。ミツバの代わりにしよーってんならもっと上品な女にするわ。」
「そーですか。私は上品じゃないですからね。」
「あのなぁ…違うってんだろーが。」
小さく吐かれた溜め息の後、頭に置かれた手が顎を移った。そして強制的に顔をかち合わせる位置に固定される。
「な、何ですか………」
土方さんの真面目な顔が近すぎて、
「現在形。いや、現在進行形だ。俺の一番はシイカ、お前。」
紡がれた言葉は嘘なんかじゃない。
だって何時も開いてる貴方の瞳孔がそう言ってる。
不変の想い
カワラナイなんてクダラナイ。
変わらぬ美しい過去なんかより何が起こるか分からない今が僕らには合ってるんだ。
「考えすぎだ。」
「はい。ごめんなさい…解りましたから放してください。」
「却下。いきなり別れるとか、俺傷ついたんだけど。」
「だから…何ですか?」
「……このまま襲って良いか?」
「却下です。」
fin
20080430 御堂 篝 拝
*前次#
戻
ballad
+以下広告+