シスター


※切なめ


「……これは、」

自室の片付けをと、不意に開けた戸棚から色褪せた笹の葉が出てきた。何故、斯様ながらくたが我の部屋にあるのか、と疑問に思うが所詮はがらくた。
屑籠に投げようとした刹那、閃光の様に脳裏にある記憶が蘇ってきた。

「松寿丸様、御存じですか?こうして笹舟を海に流して、朝日を迎えに行かせると想いが相手に届くのだそうですよ。」

瀬戸内の海岸、波打ち際に浮かんだ小さな笹舟。日輪に艶めく黒髪を潮風に靡かせて柔く微笑む幼い娘。
手にした笹の葉とは丸で逆に色も褪せずに蘇った面影は恐ろしく鮮明だった。

そうだ、あの娘である。

幼少の頃、我の子守り役兼遊び相手として宛行われた臣下の娘。ころころと面持ちの変わる落ち着きの無い女だったのを覚えている。
この笹は、ある時共に行った瀬戸内の浜辺で彼奴が我にそんなまじない事と伴に押し付けてきたものではないか。
供に笹舟を作ろうと渡された笹の葉である。我は彼奴の呪い事を「下らぬ。日輪を迎えに行くなら東ではないか」と一蹴し、それに倣わずに葉を懐に納めたのだった。

憎まれ口は幾度も叩いたが、嫌な顔ひとつせず我に付き従ったあの殊勝な小娘は、思えば我が生まれてより初めて興味を持った他人だったのかもしれぬ。
共に在って、居心地の悪さを感じない不思議な女であった。

はて、奴は今何をして居るのか等と柄にもなく無益な思案がふと頭を過ぎる。そこでひとつ、嫌な記憶が蘇った。

あれは十二、三の頃、四国の何処だか、小国の豪族に嫁いだではないか。
我が愚兄存命の折り、確か四国と平定の足掛かりの出しに何処ぞの家の誰とも知らぬ男の下へ嫁に出されたのだ。

奴を傍に置くと言う居心地を手放したくはなかった。しかしあの頃の、何の力も後ろ盾も持たぬ我に一体何ができただろうか。一介の武家の娘が主命に何ができたであろうか。
淡々と事務的で情の死んだ眼をした彼奴が報せた事に、心を殺し、平気な振りをしながら、己の無力と立場を呪う他に何ができただろうか。
忌々しい。あの喪失感と無力感と掻痒感の入り混じった心持ちは例えようがなく、今、思い出しただけでも苛まれる程に忌々しい。

「………あれは一体何だったのだ、」

不意に思い出した過去は記憶は苛立たしい不可解な感覚を同時に蘇らせた。
何だ、此の儘ならぬ感情は。

「気に入らん。」

我に解らぬ物があるなど。
我が心に隙があるなど。
こんなもの、なくしてしまわねばならない。
そうと決まれば早速この原因たる小娘を呼びつけてどうにかさせたいところだが、奴の所在は他国、しかも敵国だ。簡単には連れてこれまい。
更に先の相手方との国交など、我が代を継いで、四国が長曾我部に統一されて有耶無耶になって久しい。

ならば、国ごと奪えば良いのだ。

あの無力な稚児であった時とは状況が違う。今の我ならば四国を手中に納めるなど、赤子の手を捻るよりも容易い。

「……此れでは海賊風情と変わらぬな、」

ふと、存外単純で乱暴な思考である事に気付き、自らを嘲った。この我が斯様に短絡的な思考に答えを見出すとは、あの娘が我に残した物は全く以て厄介な物である。

しかし何を構う事があろうか。
相手は四国、どうせ海賊だ。似合いの戦法であろう。

だが、唯一つだけ不安定要素がある。奴の安否だ。
四国統一で例の家は恐らく滅んだであろう。故にその生死が分からぬ。奴が死んでいるならば四国征服を急ぐ価値は薄い。

「松寿丸様、御存じですか?こうして笹舟を海に流して、朝日を迎えに行かせると想いが相手に届くのだそうですよ。」


再度、奴の微笑みが蘇る。
手元を見やれば色褪せた笹の葉。

「……、」

頭を巡ったのは少女的な思考。
……やれ、今日の我はなんぞ可笑しいらしい。自嘲が禁じ得ない。
だが、可笑しいなら可笑しいで構わぬではないか。
手にした葉を在った場所には戻さず懐に挟んで、我は片付けを再開した。


──────


翌朝。
まだ駒共がひとつとして起きておらぬ時間。
そっと城を抜け出した我は東の海岸へ向かった。

数多の手駒の安否を気に留めた事等1度とて無い故に、ただ1人の小娘の無事を祈る事が許されるかは疑問である。たまの慈悲故許されるだろうと思う反面それが拭えない。
願わくば、許されて欲しい。

情というのだろうか、久方振りに心とやらを感じながら足を早める。
そうして海岸に着く頃、水平線から僅かに光が漏れていた。

昨日懐中に忍ばせた色褪せた笹の葉では、流石に舟は作れまいと、庭先から取ってきた真新しい葉で笹舟を作る。奴の無事を祈って。
何とか作り上げた舟は実に不細工であったが、どうにか浮くらしい。だが、すぐに転覆されては元も子もないので、波の穏やかな場所を探せば、いつぞや見た事があるような景色が目に留まる。懐かしいようなその岩場には稚児が遊んでいるような幻覚が見えそうだった。
運良くその波打ち際の水面が他より穏やかであったので、不細工な笹舟を静かにそこに浮かべる。

「………無事で居ろ、必ず、迎えにゆく。」

引波に乗って沖へと進む笹舟を見送り、その影が見えなくなるまで僧侶の様に手を合わせて、昇る日輪に祈りを捧げた。



そなたに逢えるは何時何時か、
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企画:声様提出。
20090111
20160314 加筆修正

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ballad

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