米九十
そろそろ小腹が空く時間だなーなんて思い立って、進まない報告書もそこそこに執務室を抜け出せば、ほんのり甘い良い匂いに鼻腔とついでに腹の虫を擽られる。これは震源地を探り当てねばなるまい、と匂いを辿ってみれば着いた場所は当然、厨だった。
かちゃかちゃと軽快な食器の音も聞こえることだし誰か居るのは確実で、暖簾を捲って覗いてみればスーパーモデルが裸足で逃げ出すような抜群のスタイルをスタイリッシュジャージで包んだ背中が目に入る。
某V世怪盗漫画に出てくるコケティッシュレディのスリーサイズを黄金比と呼ぶならば、男性版は是非彼を起用するべきだと私は常々思って止まない。そんなスタイリッシュガイが今私の目の前の厨で何やら美味しいおやつを作っている(匂いからしてずんだ菓子に違いない)のだが、これは一体何て言う現象かな?
「光忠さんってさ」
「ああ、君か。なんだい?」
厨に足を踏み入れ、そちらへ近付きながら声を掛けると、僅かに振り返りつつずんだ餡を作る手を止めないと言う器用さを見せつけながら光忠さんは微笑んで応えた。
ああ、何て詐欺なんだろう。こんなスーパーモデルが泣き寝入りしそうなスタイルとルックスを兼ね備えたグッドルッキングガイが台所でお料理だなんて。それはまるで、
「“オラオラ系の俺様なイケメンに激しく求められると思って表紙買いしたのにオカン系の優しいイケメンと甘々な関係で完結してしまったエロ漫画”みたいだよね、光忠さんって。」
「……ごめん、僕には君の言わんとしていることがちょっと分からないよ。」
「あれ?具体的で大分的確だと思ったんだけど。」
がくりと肩を落とした光忠さんに私は首を傾げた。
我ながら見事な表現だと思ったのだけどな、駄目だったかな。
すると光忠さんは、うーん、とちょっと唸ってから困ったように微笑んだ。
「そうだね、とても具体的だったよ。だけど、具体的過ぎてと言うか細かすぎて伝わってこないかな?」
「そういうことか。んーと、じゃあ、分かり易く言うね。光忠さんには期待外れ感が否めない、って事だよ。」
「それなら分かり易いね。だけど、何て言うのかな、僕の心は重傷だよ。」
「ありゃ?」
助言を受けて、素直に言い換えると光忠さんの困ったような微笑みが少し悲しそうになってしまったではないか。
私は思ったことをそのまま言っただけなのに、「期待外れ感」と言っただけなのに、何か傷付けて………いや、「期待外れ感」は傷付くだろ。
完全に私が悪いじゃないか。
「……思ってたのと違った感って言えば良かったかな?」
「出来ればそうしてほしかった、かな。」
「……すまぬ。」
「いいよ、気にしないで。」
非を詫びると、光忠さんはそう言った後「辛辣なのは長谷部くんで慣れてるから」なんて続けて笑って私を気遣うのだからもうグッドルッキングに止まらない。グッドルッキングとジェントルハートを併せ持つハイブリッドイケメンだ。しかも白玉粉を捏ねる手付きはもうプロ並みである。
なんだもう完璧か、光忠さん。
「だけど思ってたのと違った感って?」
「……………」
「……?主?」
「えっ!?あ!うん!?何?!」
神はとんでもない男を創りたもうたいや待て光忠さん自体が神かじゃあ何がこんなイケメンモンスターを創ったんだいや光忠さん自体が神ならそれでいいじゃん、なんて言う下らない自問自答を脳内て繰り広げていた私を、光忠さん問い掛けが現実に引き戻した。
これでもかと挙動不審な私の反応にも光忠さんはびくともせず穏やかに微笑んでいる。
やっぱりこの神、完璧じゃん。
「僕の何処が思ってたのと違ったのかな。」
「ああ、うん。あのね、」
再びそう聞いてきたイケメンモンスター光忠さんに私は頷いて「期待外れ感」の訳を話す為、言葉を続ける。
「古今東西日本で眼帯キャラはクールで強引と決まっているのに、光忠さんってば違うから。あ、中二病拗らせたのと物貰い及び身体の不調は除くよ。」
「えぇ〜…何それ……」
過去の様々な「歴史物」ジャンルを思い浮かべて説いた私に光忠さんは困ったようとも迷惑そうとも取れる微妙な顔を浮かべた。
私みたいに中の下、下の上な顔面構造がそんな顔したら確実に不様不細工不格好なのに、光忠さんときたら、ドラマ主役級の俳優なんか比べ物にならない顔面構造なんだから言わずもがな。これだから光忠さんは。
「恨むなら伊達男の語源たる偉人を恨むことだね。」
そんな微妙な感情を持て余しつつ美しい顔の光忠さんに、私はちょっと偉ぶって意地悪な台詞を返した。
そもそも同じ土俵じゃないから勝てるどころの騒ぎじゃないし、勝とうとも思わないが、何かこう負けた気がするというか、なんか悔しいじゃないか。勝とうとも思わないけど。
「政宗公のことかい?」
するとどうだろう光忠さん。
不思議そうにその長い睫毛に縁取られた切れ長のオメメを丸くして、こてんと首を傾げたではないか。
なにそれ。なにそれかわいい。
そんなん完敗だよ光忠さん。そもそも勝てる筈がないけれど、君の瞳に完敗だし乾杯だよ。
まあ、私と光忠さんの目に見えた顔面偏差値の勝負はいいとして、可愛く首を傾げる光忠さんにその真髄を説く。
「そう。日本人は織田信長と坂本竜馬と伊達政宗が大好きでな、それはそれは格好良く描写されまくってドラマやらゲームやら漫画やらに出てくるのだよ。」
「そうなんだ。流石は政宗公だね。」
わざとらしく仰々しい私の解説を光忠さんは素直に受け止めて微笑んでいる。
全く本当に、そんな麗しいお顔で素直とか何事だ。天は何物彼に与えれば気が済むんだ、少し私に分けてくれ。
そんな悪態を胸中に、穏やかに笑む光忠さんに釣られそうになるのを必死で耐えながら話を続ける。
「そう!そして伊達政宗と言えば独眼竜!眼帯!」
「眼帯?」
「つまり眼帯イコールぐいぐい引っ張ってくれる俺様リーダー的な方程式が確立されてしまっているんだよ。それ故に家庭的で面倒見が良い好青年である光忠さんのギャップたるや。」
「そんな事ないよ。政宗公だって御自身で厨に立って料理をされていたし、部下に慕われる面倒見の良さを持っていたからね。その点で言うなら僕も変わらなくないかい?」
私の披露した通説に光忠さんは対抗して政宗公家庭的説をぶつけてきた。
だが甘い。甘いぞ光忠さん。今キミが湯切りしている白玉より甘いぞ。
「確かに。ずんだ餅や納豆を開発した料理好きであることは有名だけどで、伊達政宗のそれは所謂ギャップ萌要素になっちゃうからなぁ〜。」
「ギャップ萌?」
そう言って今度は瞬きをしながら首を傾げる光忠さん。可愛い。かっこいいのになんだそれかわいい。けしからん。睫毛が長すぎてばさばさ音が聞こえてきそうだよ。
そんな罪深い光忠さんに心臓を持っていかれそうになりながら、湯上がりほやほやの白玉団子をひとつ、摘まみ食いを試みたが、届く前に手の甲を払われてしまった。ちぇっ。
仕方ないので、ギャップ萌えの答えを待つ光忠さんにふんぞり返りながら解説する。
「そう。超絶クールなオラオラ系俺様リーダーが料理できるって言うのは不良が雨の日に子犬を拾うみたく多くの人間がトキメキを感じるのよ。」
「僕の場合は違うのかい?」
「光忠さんのは天才そうなメガネが実は落ちこぼれ、みたいな。」
「例え方に悪意を感じるねぇ。」
「いやいや!光忠さんのギャップも支持率高いと思うよ!」
僅かに顔を歪めた光忠さんに慌てて両手を振りフォローを試みた。
しかし何ということだ、イケメンは歪んだ顔まで美しい。光忠さん本当に顔が良い。これで面倒見が良いしお洒落なんだからもう非の打ち所がないよ。摘まみ食いを許さないお母さんっぽさすら私にしたら高火力ウエポンだ。ギャップ萌えの塊だ。私にしたら。
「……でも世代によって変わる感じかも。」
「政宗公のは?」
「世代問わず支持率は平均的に高いよね。」
「うーん、それは格好良いなぁ…。」
ほかほかの白玉達をずんだ餡が入った擂り鉢に放り込んで光忠さんは渋い顔をした。
ああ、ほんのり甘い良い匂いの正体、ずんだ餡よ。誘われるままに手を伸ばしたがまた払われてしまう。ちぇっ。
出来上がるまで待つしかないようだから、すぐ傍のテーブルに腰掛けて、自分の格好良さを棚にあげながら元の主を羨む光忠さんにまた話し掛けた。
「伊達政宗が格好良いのは仕方ないよ。伊達男の語源だもん。原点にして頂点だ。誰も適わないって。」
けれど尚も納得がいかない様子の光忠さん。
彼の言い分はこうだ。
「そんなに格好良いなら僕にももっと格好良い名前を付けてほしかったなぁ。」
出た出た命名コンプレックス。
山姥切にしても長谷部にしても青江にしても切ったが由縁の多くは何かと卑屈な事を言う。それは私にしたら疑問でならない。だって、
「“燭台切”って格好良いじゃん。何が不満なの?」
「え?」
そう言うと今まで何を言っても止まらなかった光忠さんの調理の手がピタリと止まった。
驚いたようにこちらを向き、秀麗な眉目を見開いて、ああもうそれもギャップ萌えだからな!そんな図体してそんな表情!ずるいぞ!
しかし、のたうち回る私の胸中とは裏腹にも光忠さんは少し心配そうな顔をして私に言った。
「え?だって燭台だよ?君、燭台って何か知ってる?」
「知ってるよ!」
なんたる失礼!確かに他の審神者より物を知らない自覚はあるけどさ!燭台くらい私だって知ってるわい!現世で遊び倒したゲームで散々火を灯したもん!
「そう?じゃあ何で燭台切って号が格好良いって思うんだい?」
憤慨する私の様子に少しホッとしたような光忠さんは再び白玉とずんだ餡を和える作業に戻りながらそう問うてきた。
ならば聞かせてやろう、何故燭台が格好良いのかを。
「だって同じ火を灯す道具なら雪洞切とか行灯切とか提灯切なんかよりは絶対燭台切の方が格好良いじゃん。」
「あ、文字列的には雪洞切は格好良いかも。」
なんたるお茶目だ光忠さん。そんな無邪気に文字列に惹かれないで頂きたい。可愛いが過ぎて殺されそうだわ。
「でも、現代で雪洞と言えば雛祭りだよ、桃の節句。」
「そう言われるとちょっと格好良くはないかな…。」
あと無性にリボンって単語を足したくなる、とは言わなかった。それ故雪洞切だったら今の光忠さんみたいなスタイリッシュイケメンで顕現はしていなかったと思うし…もっと乱とか次郎とかっぽくなりそう。
「……。ほら!だから燭台切って号は格好良い!」
雪洞切な光忠さんを想像して複雑な気持ちになったもやもやを降り払うように半ば強引ではあるが私はそう言い切った。
和え終わったずんだ白玉をお皿に盛り付ける光忠さんは困った様子を浮かべなる。
「うーん、そうだねぇ…、まあ、君がそう言うならそう言う事にしておこうかな。」
「あー!信じてないでしょー!?」
少し嬉しそうな感じは分かったけど、ここは敢えて食い下がった。燭台切光忠は格好良いと言うことをどうしても知っていてほしい。もっと自分の格好良さに自覚を持ってもらわないと、私の心臓は幾らあっても足りないじゃないか。
「……そもそも光忠さんは名前以前に格好良いからね。その辺ちゃんと分かっているかい?」
「僕なんか政宗公に比べたらまだまだ。」
「目指す所がおかしいよ。…全く、それ以上格好良くなってどうするんだか。好きになっちゃうぞ!」
常軌を逸した上昇思考に茶化して答えれば、出来立てほやほやのずんだ白玉を私の目の前に置きながら、向かいに座った光忠さんはにこっと微笑む。
「……本当にそうだとしたら、僕は嬉しいけど、ね?」
「この伊達男っ!粋だねっ、光忠さんっ!」
柔らかさにどこか艶が見え隠れする光忠さんのその表情にどきりとしたのをずんだ白玉を口に放り投げて誤魔化した。
粋
そう言うところだぞ!
20210809
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