リバっぽい雰囲気なので繊細な方は一応避けて下さい。



吠える月も無い



朝がすぐそこまで迫っていることは何となく肌で感じられた。けれども起きるのも、隣に眠っている男――マーリンを起こすのも、まだ少しだけ早いような気がした。
「…………。」
それでも普段のベディヴィエールであれば起きる方向へとシフトさせられたのだろう。共寝した男と朝を迎え、それを叩き起こすのは生前から慣れているので(トリスタンは人の寝床に潜り込むのが異様に上手かった。己は眠りが浅い方だと思うのだが、彼が寝床に潜り込むのは何故か全く気付けない。それを本人に伝えたところ「私は夜這い慣れしているので」と何故かドヤ顔だった)、マーリンに対してそうするのもわけはない……のだが。
ヒトが発生させる感情そのものを食べるマーリンは、ベディヴィエールをやたら悦がらせようとしてくる。その所為で彼とセックスした翌朝は身体が甘く気だるいのだ。
起床を先延ばしにして、ベディヴィエールはマーリンの寝姿をぼんやりと観察することにした。

マーリンは以前「ボクにキミたちのような眠りはないよ」と語ったが、具体的なことについては「説明しても分からないだろう?」と明言を拒んだ。
彼はベッドを気に入っているようでよくそこに横たわってはいるものの、ごろごろしながらどうでもいいお喋りを持ち掛けてきたり、機嫌よく鼻歌を歌ったり、或いは手際よく針と糸を使っていたり、時には読書していたりと忙しない。ベッドに転がると十分以内にうたた寝を始めるトリスタンとはえらい違いだ。
マーリンが眠っているとしか思えない姿をこんな風に晒すのは真夜中から早朝に掛けての時間帯で、長いまつ毛を伏せて静かな呼吸を繰り返している間、彼がどういう状態でいるのかは分からない。自覚がないだけでもしかして本当は眠っているのでは?と疑う気持ちも少しある。
目を閉じているマーリンを、まじまじと眺める。どれだけ見つめてみても彼の顔にはひとつの粗も見つからないから感心してしまう。こんなにもふざけた男の顔を何故ここまで整えて与え賜うたのかと、神に文句を言いたくなるくらいだった。その出自を想えば当然だが、マーリンは人を惑わせて振り回す、なるべく関わり合いになりたくないタイプの男だ。ベディヴィエールもかつては(或いは今も尚)明確に苦手意識を抱いていた。何故こんな風に寝顔をまじまじと見つめるような関係性になってしまったのか、運命の道往きは本当に予測がつかない。
遠い昔となってしまった過去にはベディヴィエールにも妻子がいた。彼らの健やかな寝顔を胸いっぱいの愛しさを湛えて眺める夜が好きだった。……家族のことはとても大切だった。誰よりも幸福でいて欲しかった。その為には己の存在が不可欠であろうことは分かっていたが――王を差し置いて、自分だけが安寧を得るなど許されるはずもない。例えアーサー王その人が赦したとしてもベディヴィエールは一生自分が許せなかっただろうし、針の筵に座るような心地で残りの日々を生きる羽目になっただろう。
かつて家族に感じた愛しさと、今現在この男に抱く気持ちは全くの別物だ。なのにカテゴライズさせるとしたらやはりこれも愛情と呼ぶしかないのだから言葉なんて当てにならない。同情、感傷、寂寥、謝意。そういうものが入り混じって形成された純度の低い歪な愛をうっかり踏んで、蜘蛛の糸で巻き付けたみたいな不自然で不格好な結びつきだ。苦手なのに愛しくて、遠ざけたいのに恋しくて、側にいてもいなくてももどかしいのだから最悪である。

そうっと身体を起こして、マーリンの唇に己の唇を近付けた。彼の目は閉じたままだったけれど、口付ける瞬間にはマーリンの腕はもうベディヴィエールの首へと回されていた。……やはりしっかり起きていて、ちゃんと周囲のことも把握出来ているらしい。
当たり前みたいに舌をねじ込もうとしてくるのと、数時間前にあれだけシたのにまた服の裾からさりげなく体温の低い手が入り込んでくるのが煩わしかったので、腕で押しのけて距離を取った。
「底無しなんですか貴方は」
「例え底をついていても、恋人からのお誘いがあったら喜んで応えるとも」
「今のは誘ったわけではありませんよ。抱き合うとかではなく、でもちょっと誰かと触れ合いたくなる時が人間にはあるんです」
「つまりキスとハグだけしたいってこと?勿論構わないとも。その辺によくいる普通の恋人たちのようで何とも素敵じゃないか」
ほら、おいで。そう言ってマーリンは含み笑いして両手を向けてきた。普段なら「またそういう事を言う。もういいです」と悪態をついてすげなくベッドから出てしまうところだが、今回は少しばかり趣向を変えた。
ベディヴィエールは横たわるマーリンの上にのそりと覆い被さる。元々ベディヴィエールの方が上背に恵まれていることもあり、こういう体勢に持ち込んだだけで何だか一気に優位に立ったような気になれた。
普段ならマーリンの白髪がカーテンみたいに外の景色を遮るところだが、今回は己の白金色の髪が風景を区切っている。白金の中で不敵に微笑むと、マーリンは一瞬目を丸くして、それから煽るように目を細めた。
「ちょっと触れ合うだけではないのかな?」
「ちょっと触れ合うだけですとも。ただ貴方に任せると絶対にやりすぎるので、私がイニシアチブを取ろうかと思いまして」
「キミは無欲というか淡泊というか、文句言いつつ何だかんだでいつもされるがままだから枯れてるのかと思ってたけど、そんなこともないんだねぇ」
「欲くらいありますよ。私も男ですし。……きちんとしつけないとひっくり返すかも知れませんから、お嫌なら気をつけて下さいね」

誰かの物になるのに慣れていた。多分、慣れすぎていた。ベディヴィエールの一生はその殆どがアーサー王の為にあったし、それを終えた今も藤丸立香に仕えるサーヴァントの身だ。

ベディヴィエールはマーリンのものでは無い。
だから彼の前にいるのは、ただのベディヴィエールだ。



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