夏影に咲いた 油蝉がやかましく鳴き喚く中、背中に芋虫のような形状の呪骸(東京校の教師が作ったもので、キモ可愛い見た目に反して重さは一体二十キロ。それが一年生には一体、二年生には二体付与された。「ノルマを終えるか授業終了のチャイムでその呪骸は消える。でも先に呪力で破壊してしまっても構わない」と先に言われていたが、呪力を吸収することで更に重くなる特性の呪骸だったのでタチが悪い)を背負ってグラウンドを走る生徒たちは、まるで新しく作られた種類の地獄をランニングしているみたいだった。 表向きは宗教学校である呪術高専では、通常の高校で習うような科目であれば一通りの授業がある。体育も勿論例外ではない……というよりも、呪術師として戦うには体力は非常に重要なのでむしろ重点科目とされている。つまり内容が相当キツい。しかも体育は一つ上の二年生と合同で行うから余計だ。東堂が絡むと本来どんなに簡単な運動であったとしても、何故か一気に面倒臭さ全開のスーパーハードモードになる。 メカ丸は機械の体なので暑さは感じないし、呪骸にいつもより少しだけ多めに呪力を流し込めばいいだけなので特に疲れもしない。架されたノルマ・グラウンド三十周を誰よりも早く終え、体育館脇の階段(トタン屋根がついて日陰になっている。涼しいから皆、水筒やペットボトルをここに並べていた)に座って皆の奮闘を眺める。……ちなみに皆と言っても、割合としては長いポニーテールを力なく揺らしてへろへろと走る三輪霞の姿が九割を超える。 だから彼女が他のクラスメイトよりも早く周回を終えてこちらに歩いてくるのを見た時は、嬉しかった。 「やばい、死んじゃう、メカ丸、ポカリ、私のポカリ、取って……!」 三輪は掠れた声でそう言うと、隣にべたりと座り込んだ。複数並べられたペットボトルの中から「みわかすみ」と油性マジックで大きく書いてある物を探し出して、手渡す。 「お疲レ。早かったナ」 「呪骸壊す気なかったから逆に助かりました。女子は二十周でいいって言われたし」 そう言ってボトルの中身を一気に半分以上飲み干すと、体の内にこもった熱を全て吐き出すみたいに大きく息をつく。 「……こんなところに座ってると、なんか部活のこと思い出しちゃうな」 「部活?」 「こう見えて私、バスケ部のキャプテンやってたんですよ。バイトと掛け持ちするの大変だったけど。……バスケ、やったことあります?」 そう言って、三輪は手でドリブルとシュートの動作をした。 「ないナ。ルールも詳しくは知らなイ」 「その内授業でバスケやるといいですね。3オン3なら人数もぴったりだし。私、普段は役立たずだから、こんなことでも何か教えてあげられたら嬉しいな」 メカ丸も禪院真依も生まれからして特別だ。スカウトされて呪術の世界に入った三輪が遅れを取るのは仕方がない。 最初に浮かんだ思考はそれだったけれど、言わない。そんなことは人から言われなくても重々承知している筈だからだ。 「俺は三輪がいてくれてよかっタ。オマエがいなかったラ、学校はきっととてもつまらなかっタ。だから役立たずなんて言うナ」 その代わりに思わず口をついた本音は、言葉に出してみると物凄く照れ臭かった。顔が熱い。叫んで床を転げ回りたくなったけど、それは幸吉にはちょっと難しい。だからと言ってメカ丸を転がすわけにもいかないし。 「……メカ丸」 穏やかな声で名を呼ばれて、我に返る。 「――ありがと。メカ丸ってすごく優しいんですね」 とびきりの笑顔が向けられたところで、授業終了のチャイムが鳴った。呪骸から解放された皆が、ゾンビのような形相と足取りでこちらにやってくる。 「飲み物持って、みんなのとこに行ってあげよう!」 禪院と西宮の分のペットボトルを持つと、三輪は颯爽と走り出した。加茂の水筒(中身は熱いお茶)と東堂の水筒(3リットル入るやつ)を慌てて抱えて、メカ丸は水色のポニーテールを追いかける。 |