秋は燦く



 二重門の手前でぴんと背筋を伸ばして立つ彼女を見つけた。
 周囲にそびえ立つ紅葉の樹々はどれを見ても燃えているかのような紅赤色で、赤ん坊の手のひらに似た形の葉っぱをはらはら、はらはらと散らせていた。その風景と彼女の水色の髪の対比はとても鮮烈で、黙って眺めていたいような気もしたけれど――最近三輪は学長の付き人を任されていて、話す機会がごっそりと減った。せめて挨拶だけでも交わせたらと、後ろからそっと、けれども驚かせないように玉砂利を踏んで足音を立てさせながら、近付く。
「三輪、おはよウ」
「おはよう、メカ丸」
 挨拶を交わしてすぐ隣に並び立っても、三輪はまっすぐ前を向いたまま硬い面持ちを崩さない。しかし拒絶されている感じはしないので、もう一言話しかけてみる。
「何をしているんダ?」
「学長の出迎えです。そろそろいらっしゃる時間なので」
「気になっていたんだガ、何故三輪がそんな事をやっていル?」
「……呪術系の科目の成績が一番悪いから」
「……そうカ」
 生徒の中で三輪が一番可愛いからだろうかと邪推した自分は馬鹿だ。
「良い社会経験だとは思うんですよ。でも朝一の出迎えが本当に憂鬱で……あ。学長が嫌いとかそういうのじゃないんですよ。そうじゃなくて車のドアが――、きゃ!」
 瞬間、秋風がさっと吹き抜けたようだった。
 いくら強く風が吹きつけたところで、幸吉がその温度や感触を味わうことはない。反射的に目を瞑る三輪の横顔と、彼女の水色の髪と紅い木の葉が風に合わせて軌跡を画く美しい光景。それと同時に強い風の音が聞こえてきたことから総合して悟ったに過ぎない。
「……びっくりした。今日、風強いですね」
 呟きながら、三輪は顔に掛かった髪の毛を手櫛で直した。癖のない真っ直ぐなそれは少しも絡まることなく、スローシャッターで撮った雨粒のようにきれいに揃って枝垂れる。その後ろ髪の間に、紅葉が一枚。うまい具合に挟まってしまっているのを見つけたので、
「三輪、紅葉がついていル」
 と、微笑ましい気持ちで手を伸ばしたが。

「触らないでメカ丸っ!!」
「エッ?!」

 三輪が鋭く静止し、大きく後退ったので、呪骸の顔面がひび割れてしまいそうなくらいにショックを受けた。
 そりゃあ、好きでもない男(という括りに入れていいかもよく分からないロボット)に髪を触られるなんて、女の子は嫌に決まっている。悪いのはこの場合きっとメカ丸の方だ。……でも、だとしても、ここまで拒否しなくても……。といじけそうになる。
「……あのねメカ丸、私、めっちゃ乾燥肌なんですよ」
「……乾燥肌?」
 意図が掴めず、オウム返しをしてしまった。
「今の季節、私が金属に触ると静電気が必ずバチっとくるんですよっ!指先だけじゃなくてもう、全身!全身ダメなんです!!」
 痛いんですよ!割と!と三輪が力説する。
 幸吉は静電気に遭ったことはないが、知識はある。静電気とは人体と物質の間の電気バランスが崩れることで起きる小規模な放電で、乾燥していると発生しやすい。で、割と痛い。
 とにかく。どうやら嫌悪から拒絶されたわけじゃないらしい。よかった。本当によかった。幸吉は安堵のため息をつく。
「……三輪、この体は絶縁体ダ。静電気は起こらなイ」
「絶縁体って、電気通さないやつ?」
「そうダ。電気で攻撃されテ壊れたりしたら困ル」
「確かに!――あはは!なぁんだ、メカ丸に体触られても全然安心なんですね!」
「ああ、そうだ」と、断言するのは男としてちょっと違う気がして不自然に口ごもってしまったけれど、良いタイミングでリムジンのエンジン音が聞こえてきた。学長の到着だ。
「……俺は先に行っていル」
「うん、また教室で!」
 軽く手を振ってくれた三輪の髪には紅葉が挟まったままだったけれど、もう仕方がない。歩いている内に落ちるだろうし、もしも教室までひっついていたら、その時はメカ丸が取ってやればいいのだ。

 エンジンの音が停止する。彼女が後部座席へ駆け寄る音が、背中越しに聞こえてきた。

「学長、おはようございま……痛゛ったーーーーーーいっっ!!」



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