アイコニック・エコイック メカ丸から与幸吉に対しては視界と聴覚のみがフィードバックされる。痛覚どころか触覚もなく(仮にフィードバックされたとしても幸吉がそれらをまともに感じ取れるかは謎だ)嗅覚や味覚も感じられない。メカ丸への接触や損傷度は全て画面に表示された数値や色で確認する。だから呪霊との戦闘後に損傷があったとしても目と脚さえ残っていれば徒歩で帰還させていた。流石にどちらかが欠けていたら回路を切って付近にいる誰かに回収してもらうしかなかったけれど、そこまでの事態に陥ることはあまりなかった。メカ丸は捨て身にも思える攻撃を度々行う。けれども結局のところ死ぬことも痛みを感じることもないのだから、操作する与幸吉はどこまでも冷静だ。 幸吉はメカ丸のことを一発の銃弾のような消耗品として考えていたが、銃弾一発とはとても比べ物にならない高級品であるとも理解していた。けれどもそんな理由で及び腰になっていては呪術師失格なのだ。 メカ丸のスペアは常に一体は用意されているが、次の体に乗り換えるまでには結局丸一日掛かってしまう。だから損傷が軽微、かつ日が高い内に仕事を終えた時にはそのまま高専の教室に顔を出した。……戦闘を終えた後に三輪霞の顔を見るのが好きだった。帰ってきたことを実感して胸の辺りが温かくなる。それまでの緊張が一気に解けて心の底から安心できるその瞬間が好きだった。「あ、メカ丸だ。おかえりなさい」と笑顔で言ってもらえたなら、それだけで全てが報われるような気がした。だから授業中は避けて、なるべく休み時間に戻った(授業中だと「お・か・え・り」と口の形でしか言ってもらえないことがあった。三輪の唇はいつでも可愛いピンク色でつやつやしているからそれだけでも信じられないくらいに可愛いのだが、やはり出来たら言葉で聞きたい)。 ◆ その日メカ丸が教室に辿り着いたのもやはり休み時間で、三輪は真依の席に椅子を寄せて華やかに談笑しているところだった。視界の隅にちらりと映ったメカ丸の席にはちゃっかり西宮桃が座り、真依と三輪の会話に混じっている(ので帰ってきたメカ丸を見た桃は「席は渡さないわよ」と言いたげに目で威嚇してきた)。 「あ、メカ丸だ。おかえり……って顔! それ大丈夫なんですか!?」 メカ丸を見ると三輪は顔色を変え、椅子から勢いよく立ち上がって駆け寄ってきた。 「痛くない……んですよね? ……もしかして気付いてない?」 「損傷は知っていル。だが痛みはなイ」 「そうなんだ。……ええと、私、絆創膏持ってるけど貼っとく?」 「必要なイ。本当に必要な時に三輪が使ってくレ」 「それに絆創膏じゃ足りないでしょ、耳から顎までガッツリいってるじゃない」 キレイに磨かれた爪先を指で弄びながら、横から口を挟んだのは真依だった。話し相手をメカ丸に取られて若干不機嫌な様子である。 「でもこれじゃ痛そうというか、可哀想というか……そうだメカ丸、保健室行こ! 湿布大きめに切ってもらえばいい感じに隠せるよ! 真依、先生に遅れるって言っといてー」 「嫌よ」 「そんなこと言って、いつもちゃんと伝えてくれる癖に」 三輪がするりと腕を絡ませてきたから幸吉はどきりとしたけれど、彼女の顔はいつも通りだ。雰囲気も『イチャイチャ』より『捕獲』の方が近い。 「メカ丸は保健室行ったことないですよね? 私はよくお世話になってるから案内します!」 にっこり笑って、三輪がメカ丸の左腕を引く。するとガギッ! と嫌な金属音がして――メカ丸の左腕がもげた。 「…………え」 三輪はもげた腕とメカ丸の顔を見比べて、状況を理解すると一気に青ざめた。 「きゃーーーー!?!? わ、わ、わ、私っ、とんでもないことを!!!! メカ丸ごめんなさい、本当にごめん!どうしよう、怒らないでっ!!」 「別に怒ってなイ」 「やっぱり怒ってるーーーー!!」 「怒ってないガ!?」 メカ丸の喉を通すとどうしても平坦で素っ気ない声質になってしまうから、聞き方によっては怒って聞こえるのかも知れない。微妙なニュアンスを伝えるには少し不便な造りだ。 腕の付け根が甘くなっているのは幸吉にも予め分かっていた。三輪にはメカ丸の腕をもぎ取れるような腕力もない。しかし混乱する彼女はそこまで考えが及ばないようだった。 「真依、桃、どうしようっ、私の所為でメカ丸が傷物になっちゃった!」 「あら大変、メカ丸に責任取って貰いなさい」 「おめでとー」 「お前ラ、ちゃんと話聞いてたカ!?」 「メカ丸、私弁償するから。何年かかるか分からないけどちゃんと支払うから怒らないで……」 「だから怒ってなイ!! ……本当ダ」 三輪は目に涙を溜めてこちらを見上げてくる。腕が取れたことなんかより、こんなことで彼女に泣かれる方がずっと困るのに。 パニックになっている彼女を宥めるために、幸吉は残った方の腕を出来るだけそっと三輪の頭の上に置いた。女の子に触れたことなんてないからこれでいいのかなんて分からない。けど、とにかく。今までにしたことがない精一杯の繊細な調整で、彼女の頭をどうにか撫でた。 「……本当に怒ってないの?」 「本当ダ。弁償もいらなイ」 強ばっていた三輪の頬から力が抜ける。幸吉の方も全身から力が抜けそうなくらい、ほっとした。 ◆ 「悲鳴を聞いて来てみれば、なんだメカ丸帰ってたのか! お勤めご苦労。よし、特別に高田ちゃんのファンクラブ限定動画を見せてやるから来い。仕事の後の高田ちゃんは格別だぞ」 廊下からやってきた東堂がメカ丸の右肩を強く叩くと、今度はメカ丸の右腕がもげた。 「……東堂。お前は弁償しロ」 |