柘榴石と紅玉と



 鬨の声が聞こえてくると、懸命に留まっていた相手方も蜘蛛の子を散らすように逃げ出し始めた。ベディヴィエールは顔を上げる。小高い丘の上に赤い竜の旗印がはためいているのを見つけて、ほっと息をついた。丘に登ろうと手綱を引きかけたところで、すぐ近くにいたトリスタンに呼び止められた。
「何です、トリスタン」
「耳」
 恐ろしく言葉の足りないことを言うから、当たり前だが最初は意味が分からなかった。「耳ですか?」と聞き返すと、トリスタンは指で自分の耳朶に触れた。それを真似て、ベディヴィエールも耳朶に触れてみる。
「…………あ、」
 左のピアスが無くなっていた。思わず周辺を見渡したが、それらしき物は見当たらない。
「探しますか?」
 トリスタンはすぐにそう言ってくれたが、ベディヴィエールは首を横に振る。
「いえ……とても無理でしょう。あちこち駆け回りましたし、どこで失くしたのかなんて検討もつきません」
「でも、」
「子供の頃からつけていたものですし、値段を訊いたことはありませんが多分安物ですよ。なのでお気になさらず。……きっと、私の身代わりにでもなってくれたのでしょう」
「……そうですか」
 間髪入れずに重ねた言葉こそ、トリスタンからすれば未練の現れに思えた。しかしそれ以上言い募るようなことはしない。この広い戦場からたった一つの小さなピアスを探すなんてこと、千里眼でも無ければ確かに無理だ。
「それよりもトリスタン、勝利ですよ!我々も王の元へ参じましょう!」
 明るい声を出して、ベディヴィエールは葦毛の馬を走らせる。トリスタンもその背を追った。無理に明るい声を出したのか、それとも本当に気にしていないのかは、よく分からなかった。



 それから三日後の、まだ勝ち戦の熱が冷めきらない頃のことだった。日が沈んでからベディヴィエールの屋敷を訪ねる者があり、確認するとそれはトリスタンだという。
「至急渡したいものがある、とサー・トリスタンは仰っておりました」
 頬をばら色に染めた侍女が言付けを伝えてくれた。トリスタンの美貌はほんの少し言葉を交わしただけで相手を虜にしてしまうから厄介だ。「外面がいいだけで中身は適当でずぼらなのに」と以前本人に言ったこともある。「お気づきでないようですが、それは卿も同じです」と返されてしまったが。

「遅い時間にすみません、ベディヴィエール卿」
 謝る割に、トリスタンに恐縮するような雰囲気は見られなかった。
「そう思うなら明日にしてくれればいいのに。……至急渡したいものがあると聞きました。一体何なんですか、トリスタン」
「これですよ。夕方に受け取りに行ったので今の時間になってしまいました。でもすぐに受け取って欲しくて」
 トリスタンが差し出したのは手の平にすっぽりと収まってしまうような小さな箱だった。「……渡す相手間違ってませんか?」とベディヴィエールが初手で確認したのは、小箱にはどう考えても麗しい御婦人の柔らかな手の上に乗るべき奢侈な外装が細やかに施されていたからだ。
「いいえ。私から貴方への贈与品ですとも。……その装飾はですね、友人への贈り物だとちゃんと言ったのに『サービスしといたよ』と言って店主殿が勝手に施したものです」
「はあ……。そうですか」
「受け取って。開けてみて下さい」
 促され、やや訝しがりながらもベディヴィエールは小箱を開ける。そこには――針で指先を突いて血の一雫を落としたような、真っ赤なピアスが二粒並んでいた。ベディヴィエールは言葉を失った。この美しさはどう考えても宝石で、しかも高級品である。とてもただの友人に贈るような品ではないし、装飾を工夫されたのにも合点がいくというものだ。
「紅玉も良いのがありましたが、流石に周囲から疑われてしまいそうなので柘榴石を加工して貰いました。私と貴方はただならぬ関係だと噂するご婦人方はそれでなくとも多いですから。……何故でしょうね?」
「……貴方がこういうことするからですよ……」
 柘榴石と紅玉の区別は遠目にも着くものなのだろうかとベディヴィエールは考える。柘榴石の宝石言葉は友愛で、紅玉の宝石言葉は深愛だ。



「……というかこんな高価なものつけて戦場になんて出向けるはずがないでしょう?耳が気になって集中出来ませんよ!」
「最高級の物を選びましたが、柘榴石は紅玉に比べれば廉価です。それに、かのアーサー王の騎士であるなら貴方ももう少し身なりに気を配ったらどうです?見合うだけの給金も貰っているのでしょう?」
「気ままな貴方と違って、私には妻と食べ盛りの子供が二人いるのです」
「ならピアスの一つや二つ、落としたら私がまた買って差し上げますよ」
「…………。言いましたね?分かりました。私、次の戦ではかつてない大暴れをしますから見ていなさい」
「失言だったかも知れません……。ああ、私は悲しい……」



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