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2021/08/16(Mon)
無題
マーベディの一部だったもの。結構気に入ってたんだけどこのままの形では使えなさそうだから供養。前にツイッターにも挙げた気はする(何ひとつ過去のことを覚えてないオタク)
◆
最近ぐっと背が伸びたと思っていた兄ですら、周囲の騎士たちに比べれば頭一つ、二つは小さかった。絶対に側から離れまいと、兄の服の裾を手が白くなるほど掴むベディヴィエールを見て傍らの男が「お嬢さん、怖がることはないですよ。見た目は熊のようでも我らは皆清廉なる騎士です」と優しく声を掛けてきたが「どこの誰が清廉だって?」とすかさず野次が飛ばされて、地鳴りのような哄笑が轟く。ベディヴィエールに声を掛けた男ですら大口を開けてゲラゲラと笑っていた。「妹ではなく弟です」と兄が訂正してくれたが、まともに聞き取った者は恐らくいなかっただろう。
蛮族のみならず竜とも戦うという騎士たちは、間近で見ると最早同じ人間だなんて思えなかった。散々守って貰っておきながら申し訳なくはあるが、小さなベディヴィエールには彼ら自身が異形のようにさえ見えたのだ。
耳を塞いで逃げ出したくなるような哄笑は、しかし突如ぴたりと止んだ。騎士たちは一斉に地に片膝をつき、深く深く頭を垂れる。嵐に波立つ海面が唐突に凍りついたかのような光景に、ベディヴィエールはただきょとんとしてしまった。その腕を兄が引っ張って、皆の格好に倣わせる。
「……宮廷魔術師様がお出でだ」
こっそりと、耳打ちしてくれた。ベディヴィエールは慌てて顔と目を伏せる。
宮廷魔術師・マーリンの名はベディヴィエールでも知っていた。つまるところ、ブリテンの民であれば誰もが名前くらいは知っていた。夢魔と人間の混血児で、底知れぬ魔力と未来を見通す千里眼を持つという噂もだ。
兄に腕を引かれる前に垣間見た彼の姿は、遠目ながらにも繊細優美なものに見えた。こんなにも屈強な男たちを一様に跪かせられるとは思えない、ふんわりとした柔らかなシルエット。肌も長髪も纏う法衣も、今にも光に蕩けてしまいそうな白一色。だから手に持った鉤爪のような杖がやたらと目立って見える。
フードを目深に被っていたのでその顔立ちまでは分からなかった。ただ、既に百歳に届くような老人だと聞いていたのに、彼はとても若々しく、また美しいようにも感じられた。背筋だってしゃんと伸びていた。そういえば、彼は不老不死だという噂もあった。
周囲は水を打ったように静まり返っていた。マーリンは早くも遅くもない速度で隊列の間を割って通る。靴が砂利を踏む音に合わせて、あの鉤爪のような杖の先端が乾いた音をカツカツと立てた。鴉が髑髏を啄くのを連想させる、どことなく不吉で薄ら寒い音だった。
死神のような足音は刻一刻と近づいてくる。妙な緊張で心臓がバクバクと脈打った。早く通り過ぎてほしい。そう願ったが、通り過ぎていくと思っていた足音が、ベディヴィエールのすぐ側で止まった。
まるで大輪の花が咲いたかのような、とても良い香りがふわりと漂った。
それについ気を取られていると、顎の下に何か細く硬い物を差し込まれた。結論から言えば、それはマーリンの杖の先だった。驚いてベディヴィエールが両目を開けたところで、器用に顎を持ち上げられた。ベディヴィエールの瞳は今度こそ宮廷魔術師の――――マーリンの姿をはっきりと捉えた。
それは作り物のようにただ美しいばかりで、優しげなところは欠片もない顔だった。血の気のない白皙の顔に嵌った美しい紫の瞳が、ベディヴィエールを冷たく見下ろしている。
ぞっとした。心臓が凍りついてしまうかと思った。家畜か武具の品定めでもするかのような、ひどく無感動な視線だった。マーリンには人の心がないとも風の噂で聞いていたが、きっとそれも事実なのだろう。
「…………。」
やがてベディヴィエールの顎を持ち上げていた杖を引いて、マーリンは無言のまま、何事も無かったかのように立ち去った。ただの少年でしかなかったベディヴィエールはその背を呆然と見送った。後から兄が何か話しかけてくれたが内容は何一つ覚えていない。忘れてしまったのではなく、そもそも頭に入ってこなかったのだ。
城勤めを始めるとマーリンへの印象は良くも悪くも大きく変わった。数々の重要な会議をすっぽかし、毎日違う女の尻を追いかけ、花びらと春めいた香りを城中に振り撒く。顔にはいつでも微笑があったが、初めに凍てつく無表情を垣間見たベディヴィエールには、そういう表情をただ雑に貼り付けているだけに見えた。
戦場では、誰もが彼を最後の頼りにしていた。どんな劣勢であろうとも「ここを乗り切ればマーリン殿が何とかしてくれる筈だ」という鼓舞で皆ギリギリまで奮戦する。ベディヴィエールとしても、戦場に彼がいるのといないのとでは心境が大きく違ったことは認めざるを得ない。これもまた一つのカリスマの形だったのだろう。
稀に。マーリンは憐れみに似た複雑な表情でベディヴィエールを見ていることがあった。視線が合いそうになると目を逸らすかいつもの薄ら笑みを浮かべたが、視線とは存外悟りやすいものだ。
当時はそれが何なのか分からなかった。今でもただの推測でしかないが――多分、彼はベディヴィエールの向こう側に、ブリテンの終焉の風景を視ていたのだ。
マーリンのことが、昔から苦手だった。
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