#1 その素敵な出会いに
逢坂灯真は竜宮島という島を、長く「おばあちゃんと、おじいちゃんが住んでいる島」として認識してきた。
かつては彼の両親も住んでいたが、彼が生まれる前には二人で東京へ移り住んでいたため、彼の幼少の記憶に竜宮島は存在していない。
彼が成長し、少年と形容されなくなってからも、竜宮島は祖父母が住む島、の他になんの特筆することもない、ただの孤島であった。
青い世界の中にぽつんと、取り残されたかのような島。本島とは切り離された、けれどきちんと日本の一部であるその場所。
そこへ向かうための船は、一日に一本どころか、一週間に一本しかない。
田舎も田舎。まさに絶海の孤島。
ミステリーの舞台にするに申し分ない。
自分が竜宮島に着いたその夜に、島民が死体で発見され、自分がその事件の謎を解くのだという、どうしようもない空想に、灯真は飛躍した。
そんなことが起こりえないということは、重々理解している。けれど、絶海の孤島という非日常の枠の中へ、足を踏み入れようとしている高揚感と期待が、灯真を空想へ駆り立てたのだった。
島が近付く。
船を誘導するように、二羽のカモメが灯真の頭上を飛んでいった。
◆
鞘野偲は、図書館司書である。
島で唯一の図書館を管理するのが彼女の仕事で、彼女の趣味でもあったりする。つまりは、極度の読書好きなのだ。
島の図書館というと、限られた小規模なものを想像されるかと思うが、ここ竜宮島においてはその例を脱却している。
これもひとえに、併設されている学校の校長、皆城公蔵の尽力の賜物である。蔵書のほとんどが、彼から寄贈されたものであることは、島民の間でも知れた話だ。
学生がより多くの知識を手にできるよう、だとかなんだか。
小難しい言葉と共に届く本達を受け取る時は、それはもう、本が好きで仕方ないのだから、嬉しくて仕方がないのだけど。
皆城公蔵自身も無類の本好きで、自宅に置けなくなった本達を、図書館へ回している、ということを知っているから、少し、嬉しいとは別の笑みが溢れてしまう。
その証拠に、この図書館の貸出回数が最も多いのは、皆城公蔵だったりする。
「今日は静かだな」
木製の扉を押し開けて、彼が言った。
返却された本の整理をしていた偲は、その声にぱっと顔を上げる。
当図書館二番目の利用率を誇る人物の登場だ。声だって聞き慣れてしまった。
「総士」
「すまないが、いくつか資料にしたい書籍がある。貸出と検索を頼めるか」
総士は真っ直ぐに、偲のいるカウンターへと歩み寄ると、文字でびっしりのレポート用紙を差し出した。
皆城公蔵の息子、皆城総士。彼は父親と同じように、教職につくのだろうと思っていたのだが、島民達の予想を裏切って作家になった。
それからはこうして、図書館を訪れては、小説を書くにあたっての資料を借りていくのだ。
慣れたいつものやりとりに、偲は笑みを浮かべて、そして必要だという資料のリストを見て、げっそりと肩を落とす。
「これ、全部……?」
「あぁ。」
「相変わらず、誰も読みそうにない本ばっかり。半分は書庫だね。」
「やはりそうか。手間をかける」
「ううん、いつものことだから。でも、書庫からこの数持ってくるのは一人じゃ無理だし、手伝ってもらうけど、いいよね?」
「わざわざ了解をとるのか?それも、いつものことだろう」
総士がふっと目を細めるので、偲も笑みで返す。これも、いつもの応酬だった。
「しかし、鞘野が書庫へ行ってしまっては、貸出役の司書がいなくなるんじゃないのか?」
「あ、それなら大丈夫」
偲はカウンターの後ろにある、職員用の事務スペースへ声をかけた。ほどなくして、偲と同じ臙脂のエプロンをかけた図書館員が顔を出す。
その姿を認めるなり、総士は目を見開いた。
「羽佐間か?」
「えっ、あっ、そうです!こんにちは……」
総士が驚いたのは、学校で国語の教員をしているはずの友人が、当たり前のようにいたからである。
学校と図書館は隣接しているとはいえ、今日は平日。職員である羽佐間翔子は、学校で教鞭をとっている時間のはずである。
「実はね、最近人手が足りてなくて……本の修繕とか、管理とか。それで、授業がない時間帯は翔子が手伝いに来てくれてるんだ」
「そうだったのか。羽佐間は忙しいな」
「私が偲にやりたいってお願いしたの。確かにちょっと忙しくなっちゃったけど、私も本が好きだから……」
「人手が足りないって話したら、手伝ってくれるって言うから、甘えちゃったんだ」
「仕事を増やして悪いな」
「いいの。総士はお得意様だし。ほら、早く集めちゃおうよ。翔子、カウンターよろしくね」
偲の声に応えて、翔子はいってらっしゃいと言うように手をふった。
竜宮島図書館の書庫は、地下にある。
デスクが並べられた事務室の一番奥、館長室への扉の横に、地下へと降りる階段と、書籍専用のエレベーターが設置されている。書籍専用なので、図書館員達はエレベーターに本を乗せ、自分は階段で昇り降りしなければならなかった。
しかし、本を抱えて昇降運動をするよりは格段に楽なので、それについて文句を言うような人はいなかった。かつては人力で地下から本を運んでいたのだ。
書庫へ降りる階段が事務室の奥にあることからも分かるように、一般人は入ることを許されていない。図書館員のみが鍵を使い、入室することができる。
開架室にない書籍は、図書館員に頼んで持ってきてもらうのが普通だ。
総士が事務室を通り抜けて地下へ降りても、誰も何も言わないのは、彼が図書館へ多大な恩恵をもたらしている皆城公蔵の息子だから、というのと、彼が作家だから、という図書館員達の理解があるためだ。
いやいや、作家だからって図書館員しか入れない書庫に入れるのはダメでしょう、と思われるかもしれないが、彼が作家で、若干十五歳にしてミステリー大賞をとってデビューしたという事実は、島民達の誇りなのだ。
図書館員達は皆城総士を尊敬の念を込めて「先生」と呼ぶし、彼が図書館を利用してくれることを喜んでいた。
皆城総士だから、許されることなのだ。
階段を降りきり、重厚なドアを開くと、偲は総士を招き入れ、照明とコンピュータの電源をいれた。
紙とインク、埃のにおいだけがする静かな地下は、書籍の劣化を防ぐために一定の湿度に保たれている。この書庫の設備も、絶海の孤島のものにしては、なかなか立派で、総士はここへ来るたびに「父もはりきったものだ」と感嘆してしまう。
無論、褒めている。
「さーて、さくっと終わらせよう」
「あぁ。昼休みまでに終わるといいが」
「きっとそれくらいには終わるよ。総士が手伝ってくれるもの」
「前回の検索で棚番号はあらかた覚えた」
「頼もしいなぁ、じゃあお昼までに終わらせて、一騎のとこ行こう」
「羽佐間を置いて行く気か?」
「お昼から父さんと母さんが勤務」
コンピュータの検索システムを開きながら、偲が答える。
鞘野家は全員が図書館員で、偲の父、鞘野達雄はこの図書館の館長を務めていた。今日は役場に用があるとかで、昼からの勤務になっているのだった。
偲は総士が持ってきた、必要な書籍一覧の横に、棚番号を書き込んでいく。
膨大な数のデータの中から、一冊を見つけ出すのは困難だが、そこは流石の皆城総士。一覧にはタイトルだけでなく、出版社、作家名まできっちり書き込まれているので、検索はすぐに終了しそうだった。
「あとお昼休みなら、乙姫ちゃんと織姫ちゃんが来ると思うよ。今日はどっちだったかなぁ、乙姫ちゃんかな」
「乙姫が?」
「うん。あれ、総士知らなかったっけ。今年の図書委員、乙姫ちゃんと織姫ちゃんなんだよ。お昼休みとか放課後に手伝いに来てくれてる」
「そうか、それは……来づらくなるな」
「えっ、どうして?」
思わぬ発言に、偲の検索の手が止まった。
弾かれたように勢い良く顔を上げ、総士の方を見る。
「その……いや、なんでもない」
「総士、妹さん達と仲悪かったっけ」
そんなことはないと分かっているのに、偲は思わずそう聞いていた。
総士といえば、かなりのシスコンで通っている。総士は妹達、乙姫、織姫の双子姉妹を本当に、本当に大切にしていて、はたから見ればそれはちょっと過保護すぎです皆城さん!と叫びたいほどの過保護を発動していて、仲が悪いとかそんなことは、全然まったく、これっぽっちもない。
乙姫と織姫が図書委員に立候補したのも、兄の総士がよく図書館にいるからだと、偲は聞いていた。
だから、乙姫と織姫が図書委員になった、という情報は総士には吉報にしかなりえないと思っていたのだが。
当の総士は眉間にシワをよせて何やら考え込んでいる。
「仲が悪いとか、そういうことでは全くない。妹達も本が好きだし、僕もここで妹達に会えるのは嬉しい」
「じゃあ、どうして?」
考えこんで視線を落としていた総士が、ちらりと偲を見遣る。
それから眉を下げて、少しだけ困ったように笑った。
「昼休みまでに終わらせるんだろう?早くしないと、一騎のところへ行けなくなるぞ」
「えっ、でも、気になって作業進まないじゃない!」
「じゃあ忘れてくれ」
「教えてくれないの!?」
「今の一連の会話で三分の停滞だ。迅速にやるぞ。まずどこだ」
「……Fの800と、817」
「わかった」
メモを受け取って、所定の棚へ向かう総士の頬が、赤く染まっていたのを、偲は見ることがなかった。
◆
皆城乙姫は学校の図書委員になった。
学校内には図書室が無い代わりに、隣接した大きくて立派な図書館がある。そこへ父がたくさんの本を贈っていることを、乙姫はよく知っていたし、兄が頻繁に足を運んでいることも、よく知っていた。
学校に隣接する図書館へ向かうには、学校の前を必ず通ることになる。だから、授業中に外を眺めていると、兄が通るのがよく見えた。
新しい学年になったら、図書委員になろう。
兄が図書館へ向かうのを遠目に見るたびに、乙姫はそう考えていた。
そう考えたのは、総士といられる時間が増えたらいいな、という願いからだったのだが、乙姫は図書委員になるメリットをもうひとつ見つけてしまった。
乙姫は授業で図書館を利用した際、図書館に忘れ物をしてしまった。別に明日にしてもよかったのだけれど、それが総士から貰ったポーチだったので、放課後に急いで取りに行ったのだ。
その時だ。
斜陽のさす図書館に、兄だけれど兄じゃないような人を見とめたのは。
総士は、男の人だけれど髪が長いから、遠目にだって直ぐに分かる。大好きな兄だ、間違えたりはしない。
だのにその時の乙姫は、それが総士だと気付くのに時間がかかったのだ。
総士は図書館の貸し出しカウンターで、誰かと話をしていた。臙脂のエプロンをかけた、黒髪の女性。作業の邪魔にならないようにか、バレッタで髪をハーフアップにまとめたその人に、乙姫は見覚えがあった。
鞘野偲さんだ、と乙姫は思い至る。
総士がまだ幼い頃に、よく家にあそびに来ていた女の子。
彼女に話しかける総士の横顔は、乙姫のよく知っているもので、しかし全く違うものだった。
乙姫や織姫と話すとき、総士はとてもやわらかく目を細めて、優しい声で話をしてくれる。
その時の顔に似ている。けれど、全然違う。
もっと優しくて、柔らかくて、少しだけ寂しそうで、嬉しそうで、楽しそうだ。
そして、分かった。総士はあの人が好きなんだと。
その日の夜に乙姫は「総士は偲さんが好きなんだね」とストレートに総士に問いかけ、思い切りコーヒーを吹き出して真っ赤になった総士と対面することになるのだが、まぁ、それはまた別の話である。
この兄の反応で、乙姫は思ったのである。図書委員になれば、兄といられる時間が増える上に、好きな相手になかなか好きと正直には言えずに、作家の職権を使って足繁く図書館に通ってしまう、不器用な兄を見ることができるじゃないか、と。
かくして、図書委員皆城乙姫と皆城織姫がうまれたのであった。
しかし、今のところ兄と意中の図書館司書さんが仲良く話しているのを見られていない。今日も兄が図書館へ向かうのを見てはいるので、もしや、と乙姫は昼休み早々に図書館へ向かうのであった。
「こんにちは」
図書館のドアを押し開けて、乙姫は控えめに、されど明るく挨拶した。カウンターで貸し出しカードの整理をしていたらしい羽佐間翔子が、彼女の姿を認めると、微笑んで返した。
「羽佐間先生だけ?」
「今さっき、館長さん達が来たところ。そうだ、皆城くんが来てるの。今は鞘野さんと地下の書庫」
乙姫はぱっと顔を輝かせる。
二人きりで書庫、なんて総士もなかなかやるなぁ、意図してやった結果ではないのだろうけども。なんて思考が、うずうずと回る。
羽佐間翔子が続けて言うに、総士が偲と共に書庫へ降りるのはそう珍しいことでもないらしい。それどころか、最近は総士が書庫へ降りない方が珍しいと言うから、乙姫は驚嘆の声をあげた。
乙姫の知らぬところで、兄と意中の人の仲は進展していたらしい。
「乙姫?」
本の山を抱えて、兄の総士がバックヤードから顔を出した。
彼の後ろには鞘野偲司書の姿も確認できて、乙姫は含みある笑みで総士を見た。
その意味を悟ったか、総士は眉をひそめると、思い切り乙姫から目をそらす。初心でいじらしい兄である。
「やっぱり、今日のお手伝いは乙姫ちゃんだったんだね」
「ふふ、こんにちは、偲さん。兄がお世話になってます」
偲からは見えない位置で、総士がじとりと乙姫に視線を投げてくる。余計なことは言うなよ、という牽制なのだろうが、乙姫からすれば面白くて仕方がない。
どうしようかなぁ、という意味をこめて、いらずらっぽく笑ってやれば、今度は分かりやすく焦ったような顔をするので、乙姫はくすくすと笑った。
「羽佐間、ここに置いておいてもいいか。昼食の後、内容の確認をしたい」
「うん、大丈夫。館長さん達にも伝えておくね」
総士はカウンター奥の棚へ、本達を押し込めると、早足に乙姫の横を通り過ぎる。
すれ違う一瞬、威嚇するような総士の目が、乙姫とかちあった。
「がんばってね」と口の形だけで伝えると、また思い切り視線をそらされる。
本当に、かわいい兄である。
「翔子、総士と出てくるから、翔子もお昼とってね」
「ありがとう。一騎くんのところ?」
「うん」
「行くぞ、鞘野」
「はーい、総士はせっかちだなぁ」
口をとがらせながら、偲はエプロンを外し、カウンターの下へしまいこむと、ぱたぱたと総士の背中を追いかける。
連れ立って歩き出した二人の背中を見送って、乙姫は「がんばれ、総士」と再度胸中でつぶやいた。
◆
わざわざ来てもらって悪いねぇ、と。灯真が記憶しているよりも小さくなった祖母は、されど嬉しそうに言った。
長く共に暮らしてきた祖父が亡くなり、一人になった祖母には、竜宮島の邸宅は広すぎるように感じた。
かつては灯真の父、母、叔父と叔母も住んでいたが、みな都会に出てしまって、今は祖母一人なのだ。
祖父の葬儀には灯真の両親が参列したが、残念なことに、灯真自身は参列することはかなわなかった。仕事で海外に飛んでいたのだ。
逢坂灯真は写真家だ。
会社からの依頼によっては全国を飛び回ることも、国境をこえて大自然の中へ飛び込むこともある。
今回の依頼はかなり大規模なもので、一年近く日本へ帰っていなかった。おかげで、仕事を終えた灯真には、破格の報酬と、一ヶ月の休養が与えられることとなった。
それらを、祖母に会いに竜宮島へ行くことに使うと決めたのは、祖父の訃報を聞いたためだ。
葬儀に参列できなかった分、祖父母に何かをしてあげたかった。
写真家として、絶海の孤島という素材に惹かれたのも、もちろんある。
静かな田舎で休暇を過ごすのもいいな、と思う心もあって、灯真は竜宮島を訪れることとなったのだった。
荷物は多くない。
必要最低限と、仕事道具のカメラくらいのものだ。
「ばあちゃん、なんかして欲しい事とかあったら、何でも言って。俺、体力とか力仕事には自信があるからさ」
「ありがとうね。でも、灯真は早くそれを使いたいみたいだし……島の中を回ってきたらどうだい?」
言われて、灯真は自分の手の中を見た。無意識のうちに、鞄の中にしまいこんでいた一眼レフを取り出していたのだった。
「いや、これは、その」
「灯真は本当に写真家さんなんだねぇ。竜宮島は海も空も綺麗だから、きっといい写真が撮れるよ」
にこにこと、祖母は本当に嬉しそうに笑う。
同じく写真を撮ることを仕事にしていた祖父を、思い出しているのかもしれなかった。
「それじゃあちょっと、散歩してこようかな」
竜宮島には興味があるし、何より、そう、写真家心が疼くのだ。
灯真はカメラを提げると、携帯電話だけをポケットへ滑りこませ、島の港へ向けて坂を下った。
竜宮島の住宅群は、山の斜面へ段になるようにして並んでいる。どの家もそれなりに年期が入っているだろうと推測できるものばかりで、木造の平屋や、青い瓦屋根の家々には、自然とカメラが向いた。
日のあたる縁側で猫が寝そべる風景は、まさに都会人の思う田舎の情景そのものであり、そこにもシャッターをきる。
吹き上げてくる風が潮の香りをまとっているのが、灯真の心をふっと軽くさせた。
余計な物のない竜宮島は、空も海も広大だ。
水平線にシャッターをきり、港を写し、海沿いに平坦な道を進んだ。
どこに行こうというあてもなかったが、長く都会に住んでいた灯真にとって、大海は魅力ある被写体だった。
頭上を飛び去っていったカモメは、沖で会ったのと同じカモメだろうか。そんなことを考えながら、また海に向けてシャッターをおろした。
「外から来た人?」
背中に声が投げかけられて、灯真は反射的に振り返った。
エプロンをかけたショートカットの女性が、にこにこしながら灯真を見ている。
見ればここは喫茶店の正面だったようで、彼女はそこの従業員なのだろう。表のプレートを、クローズからオープンへひっくり返しに来たようだった。
「ね、そうでしょう?」
人懐っこい笑顔で、赤毛の彼女は灯真に問いかける。
「そう……なんだ。今朝の船でこの島に来て」
「やっぱり!海の写真を撮るなんて、珍しいなって思ったんだ。ほら、長く住んでると見慣れちゃって。そこに海があるのが当たり前になっちゃうから、写真撮ろうなんて思わなくなっちゃうんだよね」
いいカメラだね、と彼女は続ける。
「ごめんね、急に話しかけて。あたしも写真撮るの好きだから、つい声かけちゃった。島に来たのは観光……とかじゃないよね?」
「祖母が、ここの島の人なんだ。だから、会いに」
「そうなんだ。どこの人?」
「あっちの、坂の上の……逢坂って家なんだけど」
エプロンの彼女は目を丸くして、灯真の方へ歩み寄ってくると、ずいと灯真の顔を見上げた。
いきなり縮んだ距離に、灯真は目を白黒させる。
彼女は神妙な顔でしばらく灯真を見ていたが、近づいてきたのと同じくらいの勢いで身をはなすと、ぽんと両手をうった。
「ほんとだ、雄作おじさんにそっくり!」
「えっともしかして……ご近所さん?とか?」
「ううん、あたしの家はこのへんじゃあないんだけど。写真屋さんの逢坂さんちでしょ?知ってるよ。その……おじさんが亡くなったのは、ほんとに、なんて言っていいかわからないけど……残念で…………あたしも悲しかった」
彼女は少しの間目を伏せた。亡くなった、灯真の祖父のことを回想しているのだろう。
灯真が参列することのできなかった葬儀で、この子はきっと香をあげてくれたのだろうな、と灯真は思った。
「ありがとう。多分、そういう風に思ってもらえて、祖父も喜んでるよ」
「逢坂のおじさんには、カメラ直してもらったり、使い方教えてもらったりしたの。あ、あたしね、真矢っていうの。遠見真矢。おばさんに聞いたら分かると思うな」
「えっと、真矢、さん?」
「いいよ、真矢で」
さん、なんて付けられたら、くすぐったいもの。真矢は本当にくすぐったそうに笑って、肩をすくめた。
「ね、もしよかったらなんだけど。予定がないなら、うちのお店よっていかない?」
今日は一騎プリンがオススメ、と真矢は背後の喫茶店を指した。
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