信じたくなかったけれど、少しずつ終わりは近付いている。

近藤さんが亡くなって以来、以前より喀血の頻度が増え、日に日に衰弱しており素人目から見ても沖田さんの病状はもはや手の施しようがないところまで進んでいるようだった。

しかし当の本人は卑屈になるでもなくただ静かに全てを受け止めていた。
ならば私はこれまでと変わらず接しなければ。
下は見ない、前を向くって決めたから、私は自然にそして明るく振舞うよう心掛ける。


叶わないと知りつつもこの穏やかな時間がいつまでも続けばいいと望まずにはいられなかった。




それは暑い夏の日だった。


「名前ちゃんは花だね」

いつものように沖田さんと二人縁側で肩を並べて座り込んでいる時、不意に沖田さんが呟いた言葉。その意味がよく分からず私は首を傾げた。

「いきなりなんですか、花って?」
「そのままの意味だよ。名前ちゃんって、真っ直ぐ上を向いて明るく綺麗に咲いてる花みたい」

「そんなこと急に言うなんて熱があるのかも」

あまりに驚いたので思わず額に手を当てて熱を計ってみたが、どうやら熱はないらしい。
「ひょっとしたら何か企んでます?」
「折角お世辞言ってあげてるんだから素直に喜ばないと」
「沖田さん!!」
「あはは!!冗談だって、でも名前ちゃんを花って思ったのは本当だから」


むくれる私の横で沖田さんは大笑いしている。若干不満はあったけれど彼が楽しそうだったから嬉しかった。



「名前ちゃんは花、そしたら僕は水になりたい」
「水?うーん、掴み所がないとことかは沖田さんぽいですけど」
「そんなつもりで言ったんじゃないんだけど、確かにそれもあるかも」
「じゃあどうして水に?」
「花を咲かせるには水がいるでしょ。

水は存在を形として残せないけど花を咲かせる助けとなって吸収され綺麗に咲いた花の一部となる。そんな風に、もし僕が居なくなったとしても名前ちゃんの中に、記憶の一部にでも残っていたら嬉しい」


思いもよらない台詞に、私は言葉に詰まった。

「なんですか、それ…」


まるで沖田さんがいなくなるみたいじゃないですか


しかし声には出せなかった。
言い知れない恐怖に自然と身体が震えていた。

必死に心の奥底に抑え込んで目を逸らしていた現実が突き付けられてまともに沖田さんを見れない。


「君にそんな顔をさせたくて言ったんじゃなかったのに。でもその反応少しは僕のこと想ってくれてる、って受け取っていいのかな」
「そんなの!!だって私は、沖田さんが」


唇に指を当てられ、遮られる。


「僕は名前のことが好きだ」


沖田さんの口から紡がれたその一言が胸を震わせた。
想っていたからこそ嬉しさで声も出ない。
合わさった視線にまた心臓を鷲掴みされたような感覚に陥ってしまう。


「君に出逢えて本当に良かった…、愛してるよ…」

互いの間の距離が無くなって、ほんの一瞬の柔らかな感触が残る。
空白の時間が永遠に感じられた。



「私も、…」


好きです

やっとの思いで吐き出した言葉は、届かず虚しく消えていった。


肩に重みを感じる。沖田さんが凭れ掛かって静かに瞳を閉じていた。
微かな温もりに視界が滲む。


「ずるいよ…」

一方的で私の気持ちを聞かないままなんてずるい。


穏やかな表情で眠る沖田さんの手を取り、私もそっと瞳を閉じた。