「たまには外に出たいな」

桜の花も見頃を終え葉桜へと移り変わり始めたある日のこと、最近の日課になっている縁側で日向ぼっこをしながらお茶をしている最中に沖田さんがぽつりと呟いた。

とは言っても彼は病人、いつもなら理由を付けて流していたところだけど今日は何故かその言葉が心に引っ掛かって、気付いたら勝手に口が動いていた。

「じゃあ一緒にお散歩しませんか」

私の予想外の返答に沖田さんは目を丸くしたが、すぐに子供みたいに顔を綻ばせて喜んでいる。その瞬間顔に熱が集まるのを感じて、気づかれないようにごまかした。

「じゃ、じゃあ一応松本先生に伝えてからの方がいいと思うので、沖田さんは用意しといてください」
「分かった、待ってるよ」


見慣れた道を歩くだけなのにすごく不思議な感じ、それはきっと隣に沖田さんがいるからだ。なんせあの沖田総司の隣を歩く日が来るなんて思ってもみなかったから。そして当の本人は何の変哲もない風景に目を輝かせているのだからまた不思議だ。
沖田さんと一緒に過ごす時間が増えれば増えるほど出会う前の印象とはかけ離れた姿が見えてくる。その新しい沖田さんを知ることが出来るのが嬉しくて、もっと彼を知りたいと思ってしまう。

そこではっと気が付いて立ち止まった。
いつの間にか沖田さんのことばかり考えてた。なんかこれってまるで…。

ふと思い浮かんだ言葉に胸が痛んでを必死に振り払った。

何を考えてるんだろう、私。そんなつもりで接してきたわけじゃないのに。

きっと気のせい、自分自身に言い聞かせるように何度も心の中で呟く。と、その時急に袖を引かれて思わず声が裏返ってしまった。

「は、い!?」
「え、いや。それより名前ちゃんどうかした?」
「どうもしてませんから!!それより沖田さんこそどうしました?」
「あぁ…」

そこで言葉を区切ると彼は何かをじっと見ている。その視線の先を辿ってみれば神社の境内で遊んでいる子供たちが見えた。

「あの子たちがどうかしたんですか?」
「一緒に遊びたいなぁーと思って」
「え?」
「ねぇ遊んできちゃ駄目?」

私の聞き間違えじゃなければ、今この人子供たちと遊びたいって言った、よね?

「あんまり走ったり、無理はしないから」

そんなキラキラと期待に満ち溢れた目で見つめられて駄目と言えるほど私も冷血にはなれなかった。そもそもこの散歩だっていつも部屋の中にいる沖田さんの気分転換になればと思ったから提案したわけだし。

「絶対に無理しないで下さいね。あと辛くなったらすぐに言ってくださいよ」
「ありがとう約束する」

すると沖田さんの少し冷たい手が私の手をぎゅっと掴む。

「ほら名前ちゃんも一緒に行こう」
「え、沖田さん!?って、いきなり走っちゃ駄目!!」
「おーい、僕らも混ぜてよー」



夕暮れ時、子供たちと別れを告げ私と沖田さんは石段に腰掛け沈みゆく夕陽を眺めていた。結局あの後沖田さんに手を引かれ私も遊びの輪に混じったのだが、これが懐かしさもあって意外に楽しかった。なんだか沖田さんの為に外へ出た筈が私の方が楽しませてもらった気がする。
それにしても今日の沖田さんも今までとは違う感じだった。良い意味ですごく子供みたいに無邪気というか。

「沖田さんて子供好きなんですか?」
「嫌いではないよ。京にいた頃はよく屯所の近くに住む子たちと遊んでたし」
「へぇ」
「意外って顔に書いてるね」
「子供っぽいとこがあるのは知ってますけど、本当に遊んでるとは思わなかったから
「だって一緒に遊ぶの楽しいでしょ?」
「…楽しかったです」

きっと赤くなった頬の色は夕陽が隠してくれる。ちくりと心がまた痛んで沖田さんの顔がまともに見れなくなった。

他愛もない話を続けているうちに空は朱から薄紫へと変わっている。そろそろ帰ろうと立ち上がると沖田さんが名残惜しそうに口を開いた。

「今日はありがとう。僕のこと気に掛けてくれたんだよね」
「いえ、私自身楽しませてもらったから」
「僕だって十分楽しませてもらったよ。我儘聞いてもらっちゃったし、それにこっちに来て結構経つけどじっくり見たのって今日が初めてなんだよね」
「沖田さん…」
「名前ちゃんの故郷は良いところだね、君の育った場所をいろいろ見れて嬉しかった。御礼に今度は試衛館に連れて行ってあげるよ。京にも行こう、いろいろ案内してあげるから。名前ちゃんに見せてあげたいところがたくさんあるからさ」
「言ったからには本当に連れて行ってくださいよ。私期待してますからね」
「じゃあ指切りしてあげる。これで絶対約束破れないから」
「破ったら針千本です」

触れ合う小指に感じる仄かな熱が愛おしくてつい顔が緩んでしまう。

「名前ちゃん顔にやけてるよ」
「う、うるさい!!」

指切りげんまん嘘ついたら針千本飲ます

「指切った」


今直ぐに連れて行ってなんて言えない、きっとまだまだ先になると思う。けれど沖田さんならきっといつか必ず約束を守ってくれるから。少なくともその時まで彼の傍に居られることを約束したみたいで嬉しかった。

「帰りましょうか」

そこで言葉が途切れた。
不意に視界に影が差したかと思うと沖田さんの身体が傾いて私を抱きしめるように覆い被さった。

「お、きたさん…?」

耳元で感じる呼吸はとても荒く、抱きしめた身体は酷く熱を持っていた。