「近藤さんが…」

突然の訃報に言葉を失った。

たった一度短い時間接しただけだったけれど、とても大きくて全てを受け止めて包み込んでくれるような優しさを持った素敵な人だった。

近藤さんは仲間を助けるために新政府軍に投降し、斬首刑に処されたらしい。

このことを新選組の人たちはどんな思いで受け止めたのだろう。
そして近藤さんをとても慕っていた沖田さんは一体どう思うのだろう。

彼がどれだけ近藤さんを慕っていたかを知っているだけに、どうしても私は沖田さんに真実を告げることは出来なかった。
何も知らないというのは酷な事だ、しかしもし近藤さんの死を沖田さんが知ってしまったら、彼がどうなってしまうのか想像するのが恐ろしい。松本先生も今はなるべく負担を掛けないように、と言っていたため沖田さんには決して伝えなかった。

しかし、どこかで沖田さんもはっきりとは分からずとも変化を感じていたのかもしれない。


庭先から聞こえてきた物音に何事かと見に行けば、その光景に私は立ち尽くした。

「何しているんですか?」
「…ホント何してるんだろうね?」

片膝を付いた沖田さんの傍には抜き身の刀が落ちている。
どういうことなのか気になるけれど自嘲気味に笑っている沖田さんから目が離せなくて、そしてその張詰めた雰囲気に呑まれて以上詳しく追及することは憚られた。

「分かってたつもりなんだけど、本当に刀を握れなくなるとは…凄く情けない」

本当に悔しそうにギリリと歯をくいしばり空を仰ぐ。

そうだ、彼は武士だ。
刀に生きてきた人が刀を握ることが出来ないというのはこれまでの生き方を失うという事だ。その変化を受け入れるまでにどれほどの葛藤があるのか、どれほど大変なのか、私はそういったことに関して沖田さんがどう感じているのか考えたことがなかった。
沖田さんだから大丈夫、なんてことない。寧ろ刀に命を掛けてきたからこそ思いは並大抵じゃないだろう。

そう思うと下手に声を掛けるなんて無責任に思えて何も言い出せなかった。


「僕は近藤さんの為だけに刀を振るってきた。近藤さんの為に一生懸命腕を磨いて、人をいっぱい斬って…、なのに今じゃ僕は無力だ。そんな僕のすべきことってなんだろう」

近藤さん、その名前が沖田さんの口から出たことで私は動揺しないよう必死で表情を繕った。


「とか、思ってたけどいつまでもこんな後ろ向きなのこそ僕らしくないよね。きっと近藤さんだってそう言うと思うんだ。それに刀が握れないのは悔しいけれど、今は君と一緒にいることが僕の生きる意味だから。刀は体調が良くなればまた取り戻せる」
「じゃあ…早く治さないといけませんね」
「うん」

隠し通すのは気まずくて罪悪感にかられるけれど、この屈託なく笑う沖田さんを見ているとやはり何も言えなかった。
そして私と一緒にいることが生きる意味、その言葉にまた目頭が熱くなって咄嗟に目を瞑った。

沖田さんは強い人だ。
きっと身体さえ良くなればこれまでのように刀を握ることだって出来ると思う。
彼の大切な人はいなくなってしまったけれど、きっと真っ直ぐ進めるだけの力がある。

その強さが羨ましかった。
私が沖田さんに惹かれたのはきっと本物の心の強さというものを彼が持っていた、というのも一つだと思う。

下ばかり見ていたって何も始まらない、前を向かなければ先に進めない。
いつか真実を告げるその日まで、私も沖田さんのような強さを持つことが出来ればいいと思う。