報告書に判子を押していたらお伽番が拗ねていた。

「んだよ。終わったのか?」
「い、いや……ごめんね?」

そう進捗を素直に答えると、忌々しそうにシュテンドウジは舌打ちをした。そんなに要領がよくないし、多分読みとばした方が良い部分も念入りに確認してるからいつまで経っても終わらないというのは分かっているけれど、万が一という事態は避けたい。

「あの、いや、ごめん……」
「謝るくらいならとっとと終わらせろっての」
「無理……」

地図を開きながら、遠征部隊による悪霊の目撃情報に合わせて駒を置いていく。それを全部終えて初めて判子が押せるのだ。そうしてある程度駒が置き終わったら次の遠征先と部隊を考え……なんてしていてはすぐに終わるわけがない。
遠征部隊の面子もずっと同じでは疲労がたまってしまうし、交代させなければいけない。そしてそこから更に御庭番まで選出するとなると……。
鋭い視線が先ほどからこちらに突き刺さっているのは、痛いほど理解している。それでもどうにもならないものはどうにもならないのだ。許してほしい。
ぶすくれた様子のお伽番に、できるだけ気付かなかったふりをして、私は再び報告書との格闘を始めるのだった。




報告書との戦闘を終えたら、お伽番の機嫌がめちゃくちゃ悪い。

「あの……、終わった……よ?」

普段であるのなら、なんだかんだで「このおれを待たせるとかいい度胸してるよな」なんて言いながら、やっと遊んでくれるのか!という犬よろしく寄ってくるのだが、今回はどうにも放置時間が長すぎたらしい。
ぷい、と拗ねた様子のままこちらを見ようともしない。

「あの、シュテン?」

声をかけてもこちらに振り向くこともしない。これは今までにないほど拗ねている。手元にお酒でもあればすぐに調子が戻るのだろうけれど、そんなものはないし、あったとしてもこの放置時間中に飲み尽くされていただろう。
拗ねつつも邪魔をしてこなかったのは、一応仕事だからという認識をしてくれていたに違いない。そうでなかったら多分とっくの昔に作業妨害され、シュテンドウジを構う羽目になっていた。

「終わったから、お茶でも飲む?いやシュテンはお酒の方がいいか。ええ、っと、厨から貰ってくる……ね?」

彼を横切ってお茶の準備をしようとすると、何かに突っかかってつんのめりそうになる。振り返ると、シュテンドウジが私の裾を掴んでいた。

「……今更遅いんだっつの」

ようやく口を開いたシュテンドウジは、明らかに拗ねた声色を隠そうとしない。

「いや、ごめん、ね?」

他の選択肢を思いつかない私はとにかく詫びることしかできない。そもそもこれが初めてではなく、割と頻繁にシュテンドウジのことを暇にさせてしまうのだ。申し訳ないとは思いつつ、仕事なのでどうすることもできないのだけれど。
じゃあもっと自由にできるよう、他の英傑にお伽番を頼めば、と考えたこともあったが、その時はシュテンドウジがめちゃくちゃに荒れに荒れてしまい、ヤマトタケルとジライヤが「不本意だが面倒だからあいつをお伽番にしておけ」と揃って直談判しにきたくらいだった。

「つーか、機嫌直してほしいならもっと可愛がれってんだ」
「かわいがれ……?」

そう言われて困惑する。可愛がる、ってなんだ。犬猫なら撫でたりおやつをあげたり遊んだり、だろうけどそれは人の形をした相手にすることではないだろう。

「そうだ。てかな、頭はおれに対する態度が雑すぎんだよ」

ぐいぐいと裾を引っ張られ、室内へと戻される。そうして座らされたのは彼の目の前だった。

「可愛がるって、えっと……」

と、とにかく私の知っている方法でやってみよう。とりあえず両手でシュテンドウジを撫でてみた。薄紫色の日に透けるような綺麗な髪は柔らかく、さらさらと簡単に指から抜けていく。

「……」

シュテンドウジは黙ったままだ。選択肢間違えてない?赤選択肢じゃないこれ?ぐるぐると考えては見るものの、選んだものを取り消すことはできない。

「ち、違った?違ったね?これね?ごめん!!!」
「おまえな、ガキかよ」
「いやでもだって私これ以上のこと知らないからね?!」

シュテンドウジの言う”かわいがる”がどういう意味か本当に分からないかと言えば、そうではない。具体的にはちょっとよく分からないけれど、ふんわりとは理解できる。
そう、例えるなら、”そういう”店のお姉さんが客にしなだれかかりながら言う「可愛がってくださいな」というのから発展するあの、アレではないだろうか。語彙力は死にそうだし、実際に羞恥で心が既に死にそうだ。勘弁してほしい。独神は健全なのでそういうことに関しては全く向いていないのだ。

「じゃあおれが特別に、教えてやるよ」

彼の頭を撫でていた腕を軽く取られ、口元へと引き寄せられる。その間私はひぇっとかいう情けない声をあげることしかできず、にやついたシュテンドウジにされるがままになるしかない。
掌に口づけられたかと思えば、今度はぬるついた温かい何かが掌に触れた。それが舌だと気付くのに時間はいらない。舐められている。犬とか猫じゃないんだぞと怒ろうとしたが、先に犬猫のように撫でたのは私だ。何も言えない。

「あ、あああ、あの……」
「んー?」

やめよう?ごめんね?放置して悪かったと私も思ってるんだよ。そんなことを言う前に更にぐいと引き寄せられ、シュテンドウジの顔が近づいた。そのまま口付けされるのではないかと構え、反射的に目を閉じてしまうが、想像していたものはやってこず、シュテンドウジの抑えた笑い声が漏れたのが聞こえただけだった。

「ちゃんと抵抗しねェと合意だって勘違いされんぞ、それ」
「えっ、いや、でもこの状況どうにもできなくない?!」
「まぁな」
「ほらぁ!!!!」

だが普通に会話をしてくれるということは、ここで終わりなのだろう。ほっとしそうになったところで、首筋にシュテンドウジの顔が埋まる。
ちゅ、という唇が触れた音、その後のぬるついた感触。これ以上の接触は洒落では済まないやつではないだろうか。
あまりのことに腰が抜ける。それを見計らったようにシュテンドウジはこちらの頭部と腰に手を回し、手慣れたように押し倒した。

「待った!待ってシュテン!ごめん!ごめんなさい!」

これ以上は貞操の危機だ。独神の精神もだいぶやばい。そろそろ奇声を発してもおかしくない。

「……と、まぁこんな調子なわけだ」
「そ、そっかぁ……。勉強になったなよ」

明日から活かせる気のしない知識を得てしまった。とにかくこれで話は終わりだろう。


しかし、シュテンドウジはどこうとしない。


「……?あれ?シュテン?」
「なぁ頭」
「ん?」

整った顔と天井が見える今の状況はもう二度と体験しないだろう。いや、できればこんな心臓に悪い体験は二度としたくないものだ。
そう考えて現実逃避をしていると、シュテンドウジは噛み付くような口づけを落としてくる。


「おれ、やめてやるとか一言でも言ったか?」


暗転。


10/23 もっと可愛がれ