シンデレラ
※シンデレラパロ
※気持ち卑猥
「いーい?主ちゃん。子の刻には術が解けちゃうから、それまでに戻ってくるのよ」
ツクヨミにそう告げられた後、私は閉じていた瞼を上げる。
目の前にある鏡が映していたのは、普段の平凡な顔立ちの私のそれではなく、艶のある色気の溢れる美人だった。黙っていてもやや勝気に見える顔立ちは彼の好みだろうと断言できる。
「うん、完璧だ。ありがとうね、ツクヨミ」
「主ちゃんにお願いされたら断れるわけないじゃない……。何したいかは聞かないでいてあげるけど、ちゃんと帰ってきてよ?」
「大丈夫。言われなくても、そうするよ」
それにこれきりだから、と言うとツクヨミは何とも言えない顔をして、それでも何をするつもりなのかは聞かなかった。
大好きな相手がいた。その相手は乱暴で酒癖が悪くてついでに女癖も悪い。暇があって街に出れば大体女の匂いを纏って夜遅くに帰ってくる。そのくせ私のことは神聖視しているらしく、一切そういった真似はしない。ただ少年のように純粋な好意をこちらに向けてくるだけだ。
明らかにそういった風には見られていない、というのは恋愛経験のない私にだって理解できた。そもそも、私は彼の好みから外れているのだろう、とも。
彼の声をかける、あるいは手を出そうとする相手は大体色気のある美人で、更に彼の誘いを一度はすげなく断れるような勝気な相手を好むようだった。その日の気分によっては、ただ彼を慕って甘ったるい声で縋ってくるような相手も手を出していたようだったが、彼がよりその気になったのはそういった部類の相手ではなかったことを覚えている。
大変残念なことに、私は独神という存在であるせいか、彼の信頼を勝ち取ってしまったがせいか、いやおそらくは両方なのだろう。両想いになりたいとは言わないがあわよくば一度くらいそういった関係になれないだろうか、というよこしまな願望は見るも無残に打ち砕かれた。
だけれど私は考えた。一緒にいる私が一度もそういった関係になれないにも関わらず、街で一度会っただけの相手は彼と一夜だけとはいえ深い仲になっているのだ。それはずるいのではないか?と。八百万界の平和の為に頑張っている独神には恋の慰めすら許されないのか?と。
独神であるから一夜の相手に選ばれぬなら、独神でなければいいのだ、と閃いた私はおそらく天才だろう。
かといって独神を辞めることはできないし、誰かに押し付けることもできない。ではどうすればいいか?
『一時だけ私を私でない誰かに誤認してもらえばいいのではないだろうか』
我ながら完璧な作戦に思えた。何せこれはことが終わったとしても、シュテンドウジから気まずい態度で接されることはない。私さえうまく心の奥底にしまい込んでしまえば、全てが丸く収まってしまう。完璧すぎる。やるじゃない。
しかし私だけではそんな高等な術を扱えるわけもない。じゃあ一番信頼できる、そういった術に優れた英傑に頼るしかない。そこで、白羽の矢が立ったのがツクヨミだった。
「何も聞かずに私を勝気な美人に見えるように幻術を掛けてほしい」
そう頼んだが当然「なんでそんなことしなきゃいけないのよ」とすげなく断られる。それでも「ツクヨミにしか頼めないことだから」と押せば、納得ができない様子ではあったけれど「もう……」と言いつつも協力をしてくれた。
「主ちゃんの部屋から主ちゃん以外の、見知らぬ誰かが出てくのを誰かに見つかったらその時点でとんでもないことになるから、とりあえずこの外套も持っていきなさい。本殿にいる間は被ってると他の英傑から見えなくなるから。……ねぇ、何しようとしてるかは知らないけど、馬鹿なこと考えてないでしょうね?」
「考えてないよ。大丈夫だって。心配性だなぁ」
脱処女してくるだけだよ、とは流石に言えない。許してほしい。
大丈夫、一回だけだ。一回だけ、この一夜で終わりだ。両想いになるというのは過ぎた願いだと知っている。
だから、一度だけでいい。それくらいは望ませて欲しい。
ほんの一度だけでも、欲に濡れて普段よりも低く艶っぽく囁く彼の声を聴いてみたい。悪霊を肉片へと変えるその腕で優しく触れられてみたい。それだけでいい。それ以上は望まない。それだけ叶ったら、あとはすべてをなかったことにして独神として誠心誠意、八百万界に尽くそう。
「ああ、そうだ。その術なんだけど、時間以外に解除される方法が一つあるの。だから気を付けなさいよ」
ツクヨミから説明を受けたが、そんなことが起こるとは思わない。
「大丈夫だよ。それじゃあ行ってくるね。ありがとうツクヨミ」
外はもう夕暮れで、彼が既に出かけていることは知っている。ツクヨミから渡された外套に菫があしらってあったのを何もかも見透かされた気分になりながら、私はそれを被って本殿から抜け出した。
彼の行先については、他の英傑達が話しているのを聞いていた。
最近はそういう気分になると出会い茶屋が並ぶ周辺で、気に入った美人を探して連れ込んでいるらしい。むしろ逆に連れ込まれることの方が多そうだけれど、まぁ気にしてはいけないのだろう。
辺りを探せば見慣れた紫色の髪が女性に囲まれている。皆して彼の今夜の相手になりたいらしい。私も同じ穴の貉なので何か言えたものではないけれど。
だが、彼の御眼鏡に適った娘はいなかったようだ。一度彼が凄んだのだろう。蜘蛛の子を散らすように女性たちは散っていく。彼女たちが好きなのは彼の華やかな外見と危険な雰囲気であって、彼の凶暴さまで丸ごと愛して受け入れられる女など英傑でもなければ早々いやしない。
「シュテンドウジ様」
一度も呼んだことのない呼び方で彼を呼ぶ。けれど初対面の女性はきっと彼をこう呼ぶのだろうと思った。
「こちらにおられると聞いて、探しておりました」
「……あ?」
女たちの去った後、何食わぬ顔をして彼に、シュテンドウジに近づくと、彼は怪訝そうな顔をする。一度追い払ったのにまた来やがったといわんばかりの顔だ。
「何の用だ。……って聞くのは無粋か」
シュテンドウジはこちらの姿を上から下まで値踏みするように眺めると、「いいぜ」と言った。
「おれのことを探してたってことは相手して欲しいってことだろ?ちょうど全員追い払っちまったからな」
「はい。そのために、ここまでやってきましたの」
誰だよお前。そんな普段とは似ても似つかない口調にそう言いたくなるけれど、今の私は私ではない、ちょっと勝気な感じの美人だ。ぼんやりしている平和主義な独神じゃあない。
「ただし条件がある」
「条件?」
これで処女はめんどくさいからダメと言われたらどうしようか。その辺の誰かに相手してもらってから、なんていうの嫌すぎる。
「おれになんて呼ばれようと文句言うな。おれの口から誰を呼ぶ言葉を聞いたとしても忘れろ。いいな?」
ああ、なんだ。彼にはもう思う相手がいたのか。じゃあちょうどいいではないか。
これで恋心にトドメを刺してもらって、明日からはただの独神として生きていこう。
「ええ、構いませんよ」
術が解けるまで。それまでは彼に触れてもらえるのだ。シュテンドウジが朝帰りをしたことはないから、適当な時間になったら興味を失って解放してもらえるだろう。そうしたら私も帰ればいい。
ああ、だけど誰が想像しただろう。
出会い茶屋へ連れ込まれた後、性急に服を剥がれている最中に彼が「頭」なんて口にするなんて。
『ああ、そうだ。その術なんだけど、時間以外に解除される方法が一つあるの。だから気を付けなさいよ。他の誰かに呼ばれると破られちゃうのよ。つまりアタシが今のアンタを見ながら主ちゃんって呼んだら無効化されちゃうの。まぁ、そんなことなかなかないと思うけど』
術が解けた私を見て、シュテンドウジは目を見開いた。
「マジで頭に見えるとか、おれもイカれてんな」
何度も私を呼びながら、シュテンドウジは私に触れてくる。まるで本当に私を求めているように。
子の刻を過ぎても、シュテンドウジが私を離すことはなかった。
10/25 シンデレラ