※琉球旅行の時の祭事物語を捏造しています。
※具体的に言うと一夜街のネタばらしがされず、普段は移民によって管理されているという設定ですがまぁ独神が知らなくて一夜街が健在ということだけ把握してもらえれば大丈夫だと思います。
※イブキドウジって誰?→伊吹童子で検索検索ゥ!



好きだった相手に告白をしたら派手に振られた。


「あー、悪い。そういうんじゃねェんだよ頭は」


さっくりとした切れ味のいい断り文句は、彼がどれだけ相手を袖にしてきたのか理解するに余りある。
そういう風には見られないと言われてしまっては仕方がない。そんな予感はそもそもしていたのだ。

「だよねぇ。ごめんね、迷惑かけて。忘れてほしいな」

この八百万界に生まれ落ちて×年、彼に出会って恋してどれくらいだろうか。
無情にもその恋は一瞬で終わったのだった。







独神だからと言って失恋してもなんの痛みもないということはない。むしろ逆だ。初めての経験をひたすらに引きずっている。

「そうだなぁ。では気分転換にひとりで出かけてみるのはどうだろう?」
「ひとりで?」

お伽番のフツヌシはそう、事も無げに言い放つ。

「最近主がふさぎ込んでいるのは皆の知るところ。悪霊の出現報告も減っている。近場の街であるならば、大した問題もないだろう。それにこの前カラス殿と二人で護衛もつけずに出かけたと聞いた」
「ああ、あの、琉球旅行の前のことかな……。それに関しては申し訳ないことをしたと」

出掛けたことが露見したあと、皆にしこたま怒られたのだ。御身に万が一のことがあったらと心配性な英傑は口を揃えて言う。一応一人ではなくカァくんと一緒にいたし、事前に私があの街に向かうという情報が無ければ十分な兵力をもって攻め込む、なんて真似できないだろう。
数匹程度ならまだ逃げるだけならどうにかなりそうな数だと思う。
あまりにも数が多ければカァくんに頼んで近場の英傑を呼んで貰うだけだし、オノコロ島の隅に位置するあの街は、本殿から救援を呼ぶのが可能な程度には近場だったのだから。

「主が前に出かけた街。あそこくらいなら夕餉の前には戻ってこれるだろう?他の者には私が上手く誤魔化しておくさ」
「でもみんなに心配を掛けて……」
「なぁに、いざというときはカラス殿経由で私を呼べばいいさ」

あと足りないのは元気だろうと、そう言ってフツヌシは私に小瓶を差し出す。前にも飲んだことのある栄養剤だ。飲んだ後は異様に眠気が取れてすっきりしていた記憶がある。
にこにこと愛想よく笑うフツヌシに甘えることにして、私は彼の差し出す栄養剤を受け取った。




いつもは着ないような色合いの着物を選び、喜び勇んで出てきたは良いが、ここにきて重大な事実が発覚した。
私一人で出かけた経験が数えるほどしかないせいで、街へと辿りついたはいいものの、完全に迷ったのだ。

「馬鹿じゃないのか……」

色々な店を一人でのんびりと眺めるのは新鮮で今までにない気分になれた。だがそれはそれとして新しいものに目移りし、あれはなんだろうこれはなんだろうと歩いているうちに路地裏と呼べるような人通りの少ない場所まで来てしまった。
ここはどこだろう。そうは思っても周囲には誰もいない。まぁ人の声のする方へと歩いて行けばいいか、と再び歩き出せば、今度は何やら腕を組んだ男女が歩いて……。

「おまえ、こんなとこで何してんだ?」

突然背後から声をかけられびくりと肩を震わせる。振り向くとそこには見知らぬ妖族、それも角が生えているから鬼だろう、が立っていた。

「いや、あの。迷子に、なって」

そう素直に告げると、見知らぬ鬼は溜息をついた。

「この先は出会い茶屋がいくつかあるだけだ。少なくともおまえが用のある場所じゃねェだろ」

出会い茶屋とは男女がそういうことをする場所だということだけは知っている。慌てて首を横に振ると、おかしそうに見知らぬその鬼は笑った。

「仕方ねェな。ほら、表通りまで連れてってやる。こっちだ」

見知らぬ相手をあまり信用してはいけない、そう皆に言われていたはずなのに何故かこの鬼のことは信用できると思ってしまう。このことは今日の報告をフツヌシにするときに黙っておこう。そう心に決めて私は促されるまま、彼の手を取った。





「そんで?なんであんな場所ひとりでうろうろしてんだ?」

表通りから普通の茶屋へと案内され、団子と茶まで奢られてしまった。この鬼はやはりいい鬼だという私の勘は当たっていたらしい。

「いや、迷子になって……」
「そうじゃねェよ。普段だったら護衛の一人でもつけてるだろ」
「……?なんで護衛を付けてるって知ってるの?」

そう尋ねると、見知らぬ鬼は一瞬ぽかんとして、その後に「ああ……」と何やら納得したようだった。

「んなの、世間知らずであれもこれも珍しいってきょろきょろしてるようなやつ、田舎モンか箱入りのもの知らずかのどっちかだ。田舎モンにしては着物が上物だから後者。簡単だろ?」

なるほど、そういう風に判断するのか。今度から気を付けなければカモられたりしてしまうかもしれない。勉強になった。そんなことを思いながら拍手をしていると、鬼は額を抑えた。
そういえば彼の質問に答えていなかったことを思い出す。助けてもらったし、団子も奢ってもらっている。それくらい返答したっていいだろう。

「ええと、気分転換?」
「気分転換で護衛を置いてくるんじゃねェよ。攫われでもしたらどうすんだ」
「でもその護衛に勧められちゃったんだよね」

……この鬼になら話してもいいだろうか。結局彼は赤の他人だ。私のことも気まぐれに遊びにきた箱入りだと思っている。そんな相手になら本殿の英傑に話したら揉めそうなことを喋ったって問題にはならないだろう。
奢られた三食団子の最後の一玉を咀嚼し、飲み込んでから私は口を開いた。

「実は振られたのを引きずってるんだよね」
「そりゃ災難だったな。そんなやつとっとと忘れろよ。どうせろくなやつじゃねェんだろ」

名も知らない鬼はそう言い放つ。

「何も知らない箱入りを誑かすなんて、ろくでもねェに決まってる」
「そんなことない。シュテンはすごく優しくて、かっこよくて、強くて、頼りになって素敵なんだよ。私は彼以上に格好いい存在知らない」

ちょっとだらしない、いやだいぶ?酒に対しては色々よろしくないし、失敗もするけれどとても素敵な鬼なのだ。そう私は力説する。
対して目の前の彼の反応は冷ややか、というか呆れた、というか手で顔を覆ってからこちらにもよく聞こえるように、今までで一番大きなため息をついた。

「……シュテンってあの悪鬼のシュテンドウジだろ?おまえぜってェ騙されてんだよ。もの知らずが好きになるには相手が悪すぎだ」
「でも好きになってしまったし、忘れられないんだからどうしようもないと思う。それに私にとっては全然悪鬼じゃないし……」
「あー!あー!やめろ!てか、やめとけ!」

何故かそういって必死に止める彼の顔は赤い。今日であったばかりの私の恋路に、こんな顔が赤くなるまで真剣になってくれるなんてやはり彼はお人よしなのだろう。鬼にそういうのは適切なのかは分からないけれど。

「じゃあもう新しい恋でもするしかねェな。振られたんだろ?」
「そりゃあもうあっさりとね。そういう風には見れないーって。分かってても傷ついたなぁ」
「……」

確かに新しい恋が出来れば話が早い。それでシュテンドウジのことを忘れてしまえれば話も早いだろう。けれど、肝心の相手が私にはいないのだ。

「相手がいないから、新しい恋も何もないよ。身近な相手っていうのは懲りちゃったしね」

それにシュテンドウジが近くにいるというのに他の英傑に目移りできるほど、私の気持ちは軽くない。軽ければどれほど良かったことか。

「……じゃあ、おれとするか?」
「あなたと?名前も知らないのに?」

こんな話を聞いてもらっておいて、私は未だに彼の名前も知らない。ただ不思議なことに、彼と恋なんて無理だという気持ちにはならなかった。
確かに目の前の彼とならそれもできるかもしれない、そんな気持ちになるのが不思議だ。

「あー、名前。名前か。……イブキ。イブキドウジだ。イブキでいい」

名乗る前に妙な空白があったから、多分これは偽名なのだろうなと確信が持てる。それでも彼を軽蔑する気や、不審に思うことはない。多分彼も訳ありなのだろう。

「実はおれも、忘れてェ恋があってな」
「イブキも?」
「そうだ。おれは鬼だろ?今まで他所様に言えねェような悪さも、まぁしてきたわけだ」

遠くを見つめながら、イブキドウジはそうぽつぽつと零していく。

「イブキはこんなに優しいのに、それで振られたの?もう悪いことはしてないんでしょう?」
「違ェよ。最後まで聞け。……で、まぁその、なんだ?好きだって言われたんだよ。そいつに。でも、おれがやったことは消えねェし、それにそいつはいいとこの娘でな。身分差ってやつだ」
「身分差?」
「そのうちおれよりもいいって相手が見つかるかもしれねェしな。じゃあ一緒になるか、くらいの気軽さで手を出していいような相手じゃねェんだよ。だから身を引いた」

イブキドウジはそう言いながら自分の分の団子にようやく手を付ける。
好きな相手のことを思って、相手から身を引いたイブキドウジの気持ちは正直言って分からない。私がそういうしがらみとは無縁なせいだろう。

「そっかぁ。私だったらきっとイブキと一緒にいれるだけで幸せだと思うけど、そういうものでもないんだね……」
「……おまえそれわざとか?」
「え?何が?」

先ほどからイブキドウジは溜息をついてばかりだ。

「いや、いい。まぁおれのことはいいんだよ。ただおれも忘れてェ相手がいるわけだ」
「うん?うん」
「んで、おまえもそうなんだろ?」

ああ、そういえばそういう話だったと思い出す。ここからの話の流れは彼が言わずとも流石に分かる。でも、いいのだろうか。イブキドウジには両想いの相手がいるというのに他の相手と恋の真似事なんて。
頷くと、彼は鬼の牙を見せて笑う。

「なら何も問題ねェな。それにおれもおまえもずっとここにいるわけでもねェだろ?だからこの街で会った時にはそういう風にしてみるか、ってだけだ」
「いいの?」
「いいも何もねェだろ」

そうじゃない。だって、私は彼に名乗れていないのだ。自分で言ったくせに名前も何も彼に教えれていない。

「だって私名前すら」
「別に構わねェよ。どうせ訳アリなんだろ?箱入りで充分だ。それとももっとそれっぽく呼んだ方がいいか?」


そこで、私はようやく気付いた。
どうしてこのイブキドウジという鬼をこうも信用し、一緒にいたいと思うのか。その理由がずっと分からなかったけれど今ならわかる。

切れ長の鋭い瞳は彼と同じ空のような澄んだ青色で。笑い方もそっくりなのだ。
目の前の鬼は、シュテンドウジによく似ているのだと。


10/27 シュテンドウジによく似た鬼