「頭、おまえが好きだ。つーわけでこれからマジで口説いていくから覚悟しろよ」

そんなことを言われて身構えてしまった私は悪くない。これから一体どんな目にあってしまうのか。とりあえず業務に差し支えるようであれば即刻お伽番を交代させよう。そう心に決めた。




「もう八つ時だぜ?茶淹れてやったから休め。あ?今日中に終わらせねェとやばい?仕方ねェな。おれがその間代わりにやってやるから休んでろ。別に確認だろ?それくらいおれで十分だ。ほら頭は休憩だ。おまえの好きな大福もあるぞ」

矢継ぎ早にそう告げたシュテンドウジは私の手から書類を奪い取ると、代わりに目の前に盆を置いた。湯気の立つお茶の淹れられた湯呑と、おやつの大福がちょんと乗っている。

「いや、そんなこと、あとで自分でやるよ」
「いいから。ほら食え。わざわざおれが用意したんだぞ」

どうやら言っても駄目そうだ。諦めて休憩にしよう。おやつを完食したら書類を取り返して……。

「あれ?そういえば大福って厨にあったっけ?」
「ねェよ。酒のついでに買ってきた」
「えっ……あ、ありがとう?」
「そこ疑問符付けるとこじゃねェだろ」

なんて言いながらシュテンドウジは手際よく書類を捲っている。あれ?もしかして有能か?脳味噌筋肉なのに?とてつもなく失礼なことを考えていると一枚、二枚とシュテンドウジは書類を弾いて文机に置いていく。

「こんなのは適当にやっちまえばいいんだよ。おまえは手を抜くのが下手だから時間かかんだよ」
「有能……」
「おー。もっと褒めろ」
「かっこいい!天才!すごい!最強!」

大福を頬張りながらそう言うと、シュテンドウジは得意げに笑う。そういえば忘れがちだったが鬼の首領をやって略奪を行っていたのだったか。略奪に失敗して捕縛されたわけでは無いわけだし、そりゃあある程度の要領の良さは持っているに決まっている。

「ま、これくらいはな」

結局私がおやつを食べ終わるまでに、シュテンドウジは残っていた仕事の半分を終わらせてしまっていて、もしかしたら徹夜かもしれないなんてことを考えた私の予想は簡単に裏切られたのだった。



マジで口説いていく。そうは言ったけれどシュテンドウジは特に何もしてこない。
そういえば出掛けた際にお土産にお菓子を買ってきてくれることが増えただろうか。それくらいだ。
もしかして冗談だったのだったりする?それなら気が楽だ。

「ほら夜食作ってやったぞ。食え。そんで仕事片付けて寝ろ」
「わぁい!いただきます!」

夜に部屋を訪ねられても、いやらしいことは何一つない。もう何度目か分からない夜食を用意され、食べている間にシュテンドウジが私の処理した物体の記載漏れなどを確認してくれる。
今日はにゅう麺だったらしい。蓋を開けると湯気がもくもくとあがっている。

「でも、一時はどうしようかと思ったよ」
「何がだよ」
「いやシュテンに口説くどうこう言われた時、そういう経験ないから身構えちゃって」
「だろうなァ」

にゅう麺をすすっていると、「美味ェか?」と聞かれる。そりゃあ美味しい。口の中に物が入っているときに喋るわけにはいかないので何度も頷く。
シュテンドウジが用意する食事はおいしい。買ってくるおやつの趣味もいいけれど、こうして何かあったときに作ってくれる食事も大好きだ。

「まぁマジでやってるからな。頭の口に合わなかったら困るんだけどよ」

わざわざ好みにまで気を遣ってくれているのか。この鬼、できる。出来過ぎでは?と思いつつにゅう麺がおいしくて喋ることができない。あと最近寒くなってきたからこうして温まる食事はありがたい。
そういえばシュテンドウジの”マジで”という言葉、どこかで聞いた気がする。いや割と聞くのだけれどもっと印象的なところで……。

「言われなくても傍にいて、腹が減った頃にちょうどよく好みの食い物用意してやって、面倒なことで困ってたら手伝ってやって」

待ってくれ。何の話だ?のんきに汁を飲んでほっとしていた独神は全く話についていけてない。正直何も考えていなかった。目の前のにゅう麺のことしか考えてなかった。

「相手を篭絡させるってだけならもっと別の方法でいいけどよ。頭に対してそれが通用するかってなるとまた別だろうしな」

篭絡?あれ?もしかして口説くどうこうとかいう話は実はまだ続いている?顔が熱くなってきたのは今食べたにゅう麺の影響ではないだろう。

「そのうちおれ抜きじゃいられねェくらいに骨抜きにしてやるから、覚悟しとけよ」

ごくん、と最後の麺を咀嚼し飲み干す。シュテンドウジはこちらを見て意地悪くその口角を上げた。

「おれの本気、思い知れよな?」

そんな口説き方、聞いたことがない。今更シュテンドウジを部屋から追い出せるわけもなく、それにこの日々の夜食や細やかな手伝いを今更手放せるわけもない。

「シュテンはもっと強引に来るものだと思ってたよ……」
「強引だろ。無理やりおまえの中に住み着いて、今更嫌がってもどこにも行ってやらねェからな」

たぶんもう嫌がれる段階をとっくに過ぎてしまっている。
そもそも本気になった彼相手に、私が勝てる見込みなどあるはずもなかったと気付くには遅すぎた。
微笑む彼は、私が白旗を上げるのを待っている。


10/31 本気の話