ヤクランボ
※独神がナチュラル畜生です。
桃は桃でも桜桃。
手に入った種を埋めてみたら果樹園では見慣れぬ果実を入手することができた。
そういった物に詳しい八百屋さんに聞いてみたところ「それはすごい果実なんですよ」と説明を受けたのだが、なんでも「一粒で忠誠を誓い、二粒と引き換えに命を捧げ、それ以上だと贈った相手の心には貴方しかいなくなります」だそうだ。怖い。明らかにやばいやつではないだろうか。
八百屋さんは「不要なら引き取りますよ!」と喜々とした表情で言っていたが、こんなものを誰かに渡すというのは正直気が咎める。やばい呪具のような物体を世間に流出させてはいけない。
だが、かといってこのまま放っておいては生物であるからそのうちだめになってしまう。食べ物を粗末にするのはどうしても気が咎める。
自分で食べてしまえばいいのだろうが、心に特定の誰かしかいなくなる、というのは独神という役目においてはだいぶよろしくない。その時点で本殿崩壊の危機だ。
となってしまうと誰かに渡すしかないのだが、そうなると誰に渡す?という問題が出てくる。
できれば、この桜桃について知らない相手がいいだろう。別に下心があって渡すわけではないのだから。あとはそういったものに耐性があるといい。それと……。
「で?これくれんのか?」
「そう。シュテンは柿の方が好きだとは知ってるけど、こういうのも嫌いじゃないだろうなって思って」
何食わぬ顔で言いながら、私が差し出せばシュテンドウジは警戒することなく受け取った。
そりゃあそうだ。独神という存在がやばい物体を贈ってくるなんてこの本殿の英傑は誰だって思わない。
籠には沢山の、調子に乗って栽培された桜桃が詰まっていた。何せ今まで誰にも渡せていないのだ。二時間程度で実の成る種を拾う度に育てていけばそりゃあ数も溜まる一方に決まっている。
「今までずっと溜め込んでたやつだろ?これ。おれが独り占めっていうのはまぁ、悪い気分じゃねェけど、頭は食わねェの?」
「うん。シュテンには長いことお世話になってるし、それにほら、本殿にいる英傑が増えたことでシュテンの飲めるお酒の量も減っちゃったじゃない?そのお詫びもかねて、っていうか」
それっぽい言い訳を並べれば、ふぅんとどうでもよさそうな返事と共に、シュテンドウジはそれを一粒口にした。
「ん、甘ェ」
「どう?おいしい?」
こくこくと頷きながら、シュテンドウジは次の実に手を伸ばす。さながら蟹だ。その味に皆が黙々と食べることになる、蟹。普段は大袈裟に喜ぶシュテンドウジもどうやら桜桃のあまりの美味しさに心を奪われたのか、実を咀嚼している間に、次の実のへた……というのだろうか?上の部分を取り外しにかかっていた。
一粒、二粒、籠の中に山ほど入っていた実はどんどんシュテンドウジの腹へと収まっていく。これだけ食べたのなら、説明を当てはめると”相手の心には貴方しかいなくなります”ではないのか、なんてことを考えるが、シュテンドウジに異変の起こった様子はない。
どうやら美味しい食べ物を例えて言っただけらしい。なんてはた迷惑な例えをするのだと文句を言いたくなるのと同時に、まぁ何も起こらないなら良いことだと脱力した。
「気に入ったならまたシュテンにあげるよ。これからもよろしくね」
「おう。頭のためだったらいくらだって頑張ってやるよ」
シュテンドウジのこの手の言葉は割と調子よく出てくるので、忠誠がどうたらには該当しないだろう。指についた果汁を舐めとるシュテンドウジの姿は、どことなく見てはいけないようなもののような気がしてそっと目を逸らした。
だが、結局のところ適当についた嘘や、それとなく黙っておいた隠し事というのは露見するものらしい。
三度目、籠に桜桃を詰め込んでシュテンドウジの元を訪れると、彼はすぐに手を付けることをしなかった。
「おまえ、これの効果知ってたのか?」
「効果って?」
「一粒で忠誠を誓い、二粒のために命を投げ出し、それ以上なら贈った相手の心には自分しかいなくなる、ってヤツ」
淡々と告げるシュテンドウジを前に、なんとはなしに正座をした。いやでも結果的にシュテンドウジは正気というかぴんぴんしているから全然問題ないのではないだろうか。美味しい思いもできただろうし。いやそれはクズの発想だ。謝ろう。
「ご、ごめんね?」
「おまえなぁ……。おれにこんな得体のしれないもの食わせやがって……」
「いや、でも、他にあげる相手が思いつかなくて」
そう言い訳をすればシュテンドウジは「へぇ?理由くらい聞いてやるよ」と胡坐をかいて肘をついた。その姿はさながら大江山の首領。相手の上に立つ存在の威圧感がある。
「桜桃を食べてくれそうで、耐性がありそうで……」
「……で?」
「もともと私のことを好きでいてくれる相手というか」
まず大前提に、別に好きになってほしいとか私だけを見てほしいとかそういう下心があってこの桜桃を贈るというわけではない。美味しく食べてくれる相手に渡したいというだけだ。
なのでもし万が一そういった効果があった場合に軽傷で済む相手、要するに耐性のある相手がよく、さらに言えば態度が唐突に変わりそうにない相手がいいと思ったのだ。
つまり元々好意的な相手ならそんな悲惨な事故も起こるまい、と考えたわけで。
種明かしをした私に対して、シュテンドウジはぽかんとした顔をした。は?という短い音が三拍遅れて返される。
「いや、だってシュテンは私のこと大好きじゃない?だから大丈夫かなって……」
元々好意的で距離も近い。仮にそういった効果があったとしても効き目が薄そうではないか、と思ったのだが。もしかして今までのはすべて接待というやつだったのだろうか。
首を傾げていると、みるみるうちにシュテンドウジの顔が真っ赤に染まっていく。
「おま、いや、あァ?!何言って……」
「違った?」
なら申し訳ない、と言おうとしたが、普段の調子とは違うか細い声で「違わねェけどよ……」という返事が聞こえた。
「でもシュテンがもう食べたくないっていうなら他をあたってみるよ。ごめんね、毒見みたいな真似をさせて」
一応の謝罪と共に桜桃を回収しようとすると、シュテンドウジの腕に阻まれる。
「あー……」
耳まで赤くしながら、気まずそうに頬を掻いている彼は、どうにか言葉を探しているらしかった。
「……いや、全部おれが食う。だから他の奴らにくれてやろうなんて考えんな」
諦めたようにシュテンドウジは桜桃を一粒摘まむと、軽く口の中へと放り込んだ。
「頭も食えよ。別に何も起こらねェだろ」
そう言うと彼は別の桜桃を摘まんでこちらの口へ強引に押し付けてくる。正直、食べてみたいという気持ちはある。落ちないよう自分の掌を受け皿にしつつ唇を薄く開いてそれを受け入れると、彼の指がそこを軽くなぞっていった。
「甘いね、これ」
「そう。甘ェんだよ」
この時、私は自分の間違いについて全く気付いていなかった。
例えば私の言葉選びは最悪で、相手に誤解を与えかねないものだったということ。
そして、何よりもそれでシュテンドウジが誤解してしまったこと。
つまるところ「シュテンが私に本気なことなんてとっくに知ってたよ?」といった意味に取られ、前より熱っぽい視線と共に距離が近いどころか非常に距離が近くなるという盛大な事故が起こることを、私はまだ知らないのだ。
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桃は桃でも桜桃。
手に入った種を埋めてみたら果樹園では見慣れぬ果実を入手することができた。
そういった物に詳しい八百屋さんに聞いてみたところ「それはすごい果実なんですよ」と説明を受けたのだが、なんでも「一粒で忠誠を誓い、二粒と引き換えに命を捧げ、それ以上だと贈った相手の心には貴方しかいなくなります」だそうだ。怖い。明らかにやばいやつではないだろうか。
八百屋さんは「不要なら引き取りますよ!」と喜々とした表情で言っていたが、こんなものを誰かに渡すというのは正直気が咎める。やばい呪具のような物体を世間に流出させてはいけない。
だが、かといってこのまま放っておいては生物であるからそのうちだめになってしまう。食べ物を粗末にするのはどうしても気が咎める。
自分で食べてしまえばいいのだろうが、心に特定の誰かしかいなくなる、というのは独神という役目においてはだいぶよろしくない。その時点で本殿崩壊の危機だ。
となってしまうと誰かに渡すしかないのだが、そうなると誰に渡す?という問題が出てくる。
できれば、この桜桃について知らない相手がいいだろう。別に下心があって渡すわけではないのだから。あとはそういったものに耐性があるといい。それと……。
「で?これくれんのか?」
「そう。シュテンは柿の方が好きだとは知ってるけど、こういうのも嫌いじゃないだろうなって思って」
何食わぬ顔で言いながら、私が差し出せばシュテンドウジは警戒することなく受け取った。
そりゃあそうだ。独神という存在がやばい物体を贈ってくるなんてこの本殿の英傑は誰だって思わない。
籠には沢山の、調子に乗って栽培された桜桃が詰まっていた。何せ今まで誰にも渡せていないのだ。二時間程度で実の成る種を拾う度に育てていけばそりゃあ数も溜まる一方に決まっている。
「今までずっと溜め込んでたやつだろ?これ。おれが独り占めっていうのはまぁ、悪い気分じゃねェけど、頭は食わねェの?」
「うん。シュテンには長いことお世話になってるし、それにほら、本殿にいる英傑が増えたことでシュテンの飲めるお酒の量も減っちゃったじゃない?そのお詫びもかねて、っていうか」
それっぽい言い訳を並べれば、ふぅんとどうでもよさそうな返事と共に、シュテンドウジはそれを一粒口にした。
「ん、甘ェ」
「どう?おいしい?」
こくこくと頷きながら、シュテンドウジは次の実に手を伸ばす。さながら蟹だ。その味に皆が黙々と食べることになる、蟹。普段は大袈裟に喜ぶシュテンドウジもどうやら桜桃のあまりの美味しさに心を奪われたのか、実を咀嚼している間に、次の実のへた……というのだろうか?上の部分を取り外しにかかっていた。
一粒、二粒、籠の中に山ほど入っていた実はどんどんシュテンドウジの腹へと収まっていく。これだけ食べたのなら、説明を当てはめると”相手の心には貴方しかいなくなります”ではないのか、なんてことを考えるが、シュテンドウジに異変の起こった様子はない。
どうやら美味しい食べ物を例えて言っただけらしい。なんてはた迷惑な例えをするのだと文句を言いたくなるのと同時に、まぁ何も起こらないなら良いことだと脱力した。
「気に入ったならまたシュテンにあげるよ。これからもよろしくね」
「おう。頭のためだったらいくらだって頑張ってやるよ」
シュテンドウジのこの手の言葉は割と調子よく出てくるので、忠誠がどうたらには該当しないだろう。指についた果汁を舐めとるシュテンドウジの姿は、どことなく見てはいけないようなもののような気がしてそっと目を逸らした。
だが、結局のところ適当についた嘘や、それとなく黙っておいた隠し事というのは露見するものらしい。
三度目、籠に桜桃を詰め込んでシュテンドウジの元を訪れると、彼はすぐに手を付けることをしなかった。
「おまえ、これの効果知ってたのか?」
「効果って?」
「一粒で忠誠を誓い、二粒のために命を投げ出し、それ以上なら贈った相手の心には自分しかいなくなる、ってヤツ」
淡々と告げるシュテンドウジを前に、なんとはなしに正座をした。いやでも結果的にシュテンドウジは正気というかぴんぴんしているから全然問題ないのではないだろうか。美味しい思いもできただろうし。いやそれはクズの発想だ。謝ろう。
「ご、ごめんね?」
「おまえなぁ……。おれにこんな得体のしれないもの食わせやがって……」
「いや、でも、他にあげる相手が思いつかなくて」
そう言い訳をすればシュテンドウジは「へぇ?理由くらい聞いてやるよ」と胡坐をかいて肘をついた。その姿はさながら大江山の首領。相手の上に立つ存在の威圧感がある。
「桜桃を食べてくれそうで、耐性がありそうで……」
「……で?」
「もともと私のことを好きでいてくれる相手というか」
まず大前提に、別に好きになってほしいとか私だけを見てほしいとかそういう下心があってこの桜桃を贈るというわけではない。美味しく食べてくれる相手に渡したいというだけだ。
なのでもし万が一そういった効果があった場合に軽傷で済む相手、要するに耐性のある相手がよく、さらに言えば態度が唐突に変わりそうにない相手がいいと思ったのだ。
つまり元々好意的な相手ならそんな悲惨な事故も起こるまい、と考えたわけで。
種明かしをした私に対して、シュテンドウジはぽかんとした顔をした。は?という短い音が三拍遅れて返される。
「いや、だってシュテンは私のこと大好きじゃない?だから大丈夫かなって……」
元々好意的で距離も近い。仮にそういった効果があったとしても効き目が薄そうではないか、と思ったのだが。もしかして今までのはすべて接待というやつだったのだろうか。
首を傾げていると、みるみるうちにシュテンドウジの顔が真っ赤に染まっていく。
「おま、いや、あァ?!何言って……」
「違った?」
なら申し訳ない、と言おうとしたが、普段の調子とは違うか細い声で「違わねェけどよ……」という返事が聞こえた。
「でもシュテンがもう食べたくないっていうなら他をあたってみるよ。ごめんね、毒見みたいな真似をさせて」
一応の謝罪と共に桜桃を回収しようとすると、シュテンドウジの腕に阻まれる。
「あー……」
耳まで赤くしながら、気まずそうに頬を掻いている彼は、どうにか言葉を探しているらしかった。
「……いや、全部おれが食う。だから他の奴らにくれてやろうなんて考えんな」
諦めたようにシュテンドウジは桜桃を一粒摘まむと、軽く口の中へと放り込んだ。
「頭も食えよ。別に何も起こらねェだろ」
そう言うと彼は別の桜桃を摘まんでこちらの口へ強引に押し付けてくる。正直、食べてみたいという気持ちはある。落ちないよう自分の掌を受け皿にしつつ唇を薄く開いてそれを受け入れると、彼の指がそこを軽くなぞっていった。
「甘いね、これ」
「そう。甘ェんだよ」
この時、私は自分の間違いについて全く気付いていなかった。
例えば私の言葉選びは最悪で、相手に誤解を与えかねないものだったということ。
そして、何よりもそれでシュテンドウジが誤解してしまったこと。
つまるところ「シュテンが私に本気なことなんてとっくに知ってたよ?」といった意味に取られ、前より熱っぽい視線と共に距離が近いどころか非常に距離が近くなるという盛大な事故が起こることを、私はまだ知らないのだ。
10/15 ヤクランボ