※独神がメンヘラクソ女


ある日を境に私は醜くなるばかり。
こんな気持ちなど知りたくはなかったと、そればかり思うけれど、この呪いのような感情から逃れることは、どうしたってできないのだろう。



独神という役目上、欲しいものを聞かれることは頻繁にある。そのたびに私は「八百万界の平和」「皆の無事」と答えてきた。
けれど最近思うのだ。ほんとうに私の欲しいものは、そんな清く正しいものではないんじゃないか、と。

「主さん、聞いてよ。今回の遠征の最中に鬼が……」

その先は聞きたくない、と思いながらも笑みは崩さない。報告は報告だ。胸の奥が焦がされるような感覚に襲われながらも、私はモモタロウの報告に耳を傾ける。

「おいバカやめろ!頭には黙っとけっつったろ!」
「なんで僕が鬼の言うことなんか聞かなきゃいけないわけ?ねぇ主さん、今度この鬼が遠征の最中にナンパを始めたら背中から斬ってもいいよね?」

やはりそんなことだろうと思っていた。斬られては困ってしまうので、苦笑して誤魔化そうとすると、シュテンドウジは慌てたように釈明する。

「いや、違ェんだよ。おれだって頭からの命令を無視したってわけじゃねェんだ。ただちょっとした空き時間に、こう、な?」
「どこが空き時間なのさ。思いっきり行軍中だったでしょ」
「バッ、おまえ余計なこと言うんじゃねェよ!」

腹の奥で何かが蠢くような不快な感覚が消えない。この調子で聞いているとぼろがでてもおかしくはないと判断した私は、もういいから、とモモタロウに待ったをかける。

「シュテンが気に入った子を口説こうとするのはもう仕方ないよ。それに恋人がいて浮気しているってわけでもないしね。今回も問題なく、みんな無事で帰ってきてくれたなら私はそれだけでいいから」

宥めるように言うと、モモタロウは納得がいかずとも、とりあえずこの場は収めてくれるようだった。対するシュテンドウジが何とも言えない顔をしているけれど仕方がないだろう。事実なのだから。それでもあまりうるさく言う気にならないのは何故なのか、私には分からない。
仕方のないことだ。自分に言い聞かせる言葉はいつも薄っぺらい。



シュテンドウジは私のことだけは決して口説かない。



きわめて特別な、独神という立ち位置を彼が気にしているのか、あるいは純粋に好みでは無いのか、それとも純粋に慕っているのか、私には判断ができない。
おそらく特別には思われている自覚はある。彼の少年のような笑みも、純粋な好意も、きっと私だけのもの。昨日今日出会った相手に向けられるものではないのだろう、と思い込むことで腹の底で蠢く何かを落ち着かせることができる。
本当のことを知っているのはシュテンドウジ本人だけだ。
私は何も知らない。知りたくもない。私は恋人ではないのだから、彼に何かを言う権利は欠片もない。ただ、そのことを思うたびに、腹の底に巣食う何かは胸へとその足を延ばし、私の思考を鈍らせるのだ。
八傑の仲間と仲良くしているところが羨ましい。元々縁のあったイバラキドウジと戯れているのが羨ましい。彼に口説かれる娘たちが、英傑が、何もかもが……。
いつからこんな感情が私に巣食ったのかは分からないが、ただただ苦しい。こんな醜い物体を誰かに晒せるわけもない。シュテンドウジにぶつけるなんて以ての外だ。彼の前で私は独神をやめたくない。やめてしまったら、きっと彼に好かれる要素が無くなってしまうから。



「最近、なんか隠してねェか?」

醜くなってから、私はシュテンドウジに向き合うことが出来なくなっていた。出来るだけ避けるようになった、と言った方が正しいだろうか。どっちにしろ彼に誠実に接することはできなくなった。
シュテンドウジの姿を見るとどうしても彼の周囲に対し、後ろめたい感情を抱く。独神としてあるまじき行為だ。

「なにが?」

できるだけ普段通りに、冷静に、へらりと笑って見せる。私に今できることと言えばそれくらいしかない。彼に対して抱いた呪いのような感情をぶつけないように隠し通すだけ。

「いや……何がって。最近、おれを避けてるだろ?」
「そうかな?気のせいだと思うけど」
「気のせいなわけあるか。こっちはどんだけおまえのこと気にして……」

思わせぶりな言葉。腹の底に巣食ったそれが誇大化していくのを感じる。内臓の奥がぐちゃぐちゃにされているような、心臓が掴まれているような、酷い感覚だ。

「なんでもないよ。心配かけてごめんね」
「……おれに言うつもりはねェってか?」
「無いものは言えないよ」

私を心配する彼はきっと、他の誰を心配するときよりも親身だろう。そう思ってしまうからナニカはずっと増長する。そんなことはないのだと、分かっているのに。

「でも元気がねェのはマジだろ。なんかあったら言えよ。欲しいものがあれば遠征ついでに買ってきてやるからよ」

私の欲しいもの。あなたがそれを聞くのかと笑ってしまいそうになる。けれど当然だ。シュテンドウジは何も知らないのだ。ただ純粋に私を心配して、元気づけようとしてくれてる。

「それともあれか?もしかしてこの前の件でマジで呆れてただけか?」
「ううん、そんなことないよ」

嫌われたくないのか、焦るシュテンドウジは怒られたくない子供のそれだ。好みの相手に接する態度ではない。

「欲しいものかぁ……。そうだなぁ。皆が無事で帰ってきてくれればそれでいいよ」

いつも通り、私はそう告げる。独神として正しい答えを。
私だけのあなたが欲しい。そう言ってしまうには私には醜さが足りなかった。
増長する醜さが、私の手から離れた時がきっと私が独神でなくなる時なのだ。


11/2 あのこがほしい