※独神がナチュラル畜生



独神は役目を与えられる前の記憶がない、無垢な存在だ。
つまり今の独神の常識だとか、そういうものを教え込んだのはカァくんや八傑達である。


「わー!シュテン!おはよう!」


欠伸をしながら廊下を歩いていると、そんな無邪気な言葉と共に何かが背中に向かって突進してくる。腹へと両腕が回されているのも確認して、シュテンドウジは溜息をつきたくなった。
育て方を間違った。これが今の独神に対する率直な感想だ。自分の肉体が他者にどういった影響を及ぼすだとか、そういったことを一切独神は考慮しない。ただ無邪気なふれあいをしてくるだけだ。
朝昼晩、大きく分けて三回。毎度こんなことをされたのではいい加減そろそろ我慢の限界だ。そろそろ文句を言ってやろう。

「頭」
「んー?」
「……今日もはえェな。おはようさん」
「うん!おはよう!」

文句など、結局のところ考えたって無邪気な様子の独神に言えるわけがない。今日も悪鬼酒豪と呼ばれた鬼は見事に黒星を付けられた。
別に独神とシュテンドウジは特別な仲でもなんでもない。しいて言うのであれば、一日数回抱き着かれるだけの関係だった。





どうしてこうなったのか?という話は出会いから遡る。
悪鬼すら恐れず、誘拐されてもなんのその。目の前で刀が振り回されようときょとんとしているような独神は元々八咫烏とひとりと一羽で生活していた。
かといって八咫烏も常に独神に侍っていたわけではなく、必要な情報収集のためにちょくちょく傍を離れていたりしたらしい。
満たされることを知らなければ、飢えていることも分からない。
ひとりでも平気だという独神は八傑と出会って、寂しさを知ってしまったらしかった。そうしてその孤独感を手っ取り早く埋める方法が、触れ合いだったというわけだ。
初期段階で叱っていたのならとっくの昔に修正されていただろうその悪癖は、八人で言い合いをしているとまるでただのガキの集まりだと評されるような八傑に当然できる訳もなく、むしろその抱擁を受け入れてしまったわけで。
一血卍傑が出来るようになる頃には、ある程度親しくなった英傑に抱き着くという行為は独神の習慣と化してしまっていた。



基本的にまずは朝起きた後、おはようの挨拶と共に背中に突撃される。その時の恰好は本人は気にしない。気にしていないのが、また問題だ。
寝間着となれば衣類は薄い。当然身体のあれそれも分かってしまう。文句を言いたいがやはり言えない。独神に対して悪鬼は無力だ。他のやつにしているところを想像するとはらわたが煮えくり返る気持ちになるが、それはそれとして自分もされなくなるのは惜しい。
いい加減そろそろ朝着替える前に部屋から出てくるのは止めろと誰かが注意しないものかと思うけど、結局のところ他人任せだ。

「しゅーてーん!」

落ち着きのない足音。避けようと思えばいくらでも避けれるだろうそれをやはりシュテンドウジは甘んじて受ける。受けざるを得ない。だってこれで避けて頭が怪我したらどうすんだ?それならおれに突っ込んできた方がマシだろ?そうシュテンドウジは心の中で言い訳をする。だからおれは悪くない。他の奴らだって避けないんだからおれだっていいだろう。そう思っている。

「どうした頭。またなんかあったか?」
「シュテンがいたから抱き着いちゃった。だめだった?」

抱き着くこと自体ダメとは言えないのでこの際もう置いておこう。ただその台詞はいただけない。シュテンドウジは言葉を探すが、やはり無邪気な独神の前ではすべてが無力だ。

「別にだめとは言ってねェだろ。マジで頭はおれのこと好きだな?」
「うん!だいすきだよ!」

軽い気持ちで言った言葉が直球で顔面に返ってきた。割と適当な言葉が口から出てくることを今以上に恨んだことはない。純粋な好意、なんて火力が高いのか。
これで童女ならまだいいのだ。だが独神の姿は立派な女のそれだ。うっかり勘違いしてしまいそうになる。
分かってんだろおれ。頭はそんなこと考えちゃいねェ。だって頭だぜ?シュテンドウジは必死に自分に言い聞かせるも、先ほどの言葉が脳内をこだまする。

「それ、あんまり他のやつにはやんなよ」
「どうして?」
「どうしてもだ。頭は良い子だから分かるよな?」
「ふぅん?」

理解したのかしていないのかいまいちわからない、子供のような返答にシュテンドウジは溜息をつく。いい加減そろそろ誰かに何かされてもおかしくないのではないか、そう心配になってくる。もしかしたら自分の知らぬところで、言い寄られたりしているのかもしれない。
まぁそりゃこんな態度だ。相手だってその気になる。苦々しく思っているシュテンドウジを他所に、やはり独神は無邪気に言うのだ。

「シュテン以外にはしてないよ」
「……は?」
「ふふ、シュテン!だーいすき!」

シュテンドウジがぽかんとしている間に独神は満足したのか離れて行ってしまう。動揺してその手を掴み損ねたのが致命的だった。意味を問うことなど、この機会を逃したらいつできようか。
無邪気なはずの独神が、いつからそうだったのかなんてもうシュテンドウジには分からない。ただ眩暈がしていた。
育て方を間違えた。無邪気な独神はひとを振り回す悪女の素養を開花させてしまったらしい。

「……いや、まさか、な?」

一筋縄ではいかなそうな女。見事に好みどんぴしゃだ。頭痛までしてきた気のする頭を抑えながら、シュテンドウジは部屋への帰路をのろのろと歩き出す。
今日は深酒になるだろうという確信はあった。


11/3 育て方を間違えた