ばっくれる
※独神がナチュラル畜生
都へと籠で移動中に突然悲鳴が上がったかと思うと乱暴に地面へと落とされた。
賊か何かだろうか。でも一応英傑ではないとはいえ、護衛はついていた気がするのだが。
ざり、と砂を踏む音は確かにこの籠へと近づいてくる。
周囲の護衛は一瞬でやられてしまったのだろう。そうでなければ足音以外の声や音が聞こえるはずだ。剣戟の音さえ聞こえない。よっぽどの手練れであると想像はできた。
どうしようか、なんて考えても私の手元に武器らしい武器はない。人質にされる前に自決できるような刃物は持たせて貰えなかったし、持たせてもらえたとしても既に周囲で気絶しているかあるいはこと切れていると思われる都からの使者に没収されていたと思う。
ああ、でも八百万界が平和になっていてよかった。悪霊を討ち滅ぼすことができてよかった。でなければ私はこの後どんな思いをしても生き延びなければならない。辱めをいくら受けようともどんなに誰かの枷になろうとも、独神として生き続けなければならなかった前までとは違う。もう独神としての役割は終わったのだからいつ死んでも問題ないし、人質としての価値もずいぶん落ちただろう。それが救いだ。
まぁいいか。やることはやったのだし、そもそも都に着くまでにこうなったということはそういう手筈だった可能性もある。役目は終えた、なら私の命は軽いもの。
目を閉じて賊が籠へと押し入ってくるのを待つ。着物はたしか良いものだったはずだから案外ひん剥かれるだけひん剥かれて置いておかれるのかもしれない。
「何してんだ頭。こっちだ。はやく出てこいよ」
死さえ覚悟した私の耳に聞こえたのは、聞き慣れた声だった。
「どうしてここに?」
「どうして?妙なことを聞くんだな。略奪は元々おれのお家芸だぜ?」
その辺に転がっている都の使いは見る限り派手な出血はしていない。首があらぬ方向を向いているというわけでもない。生きてはいるという事実に心底ほっとした。
「別に大丈夫だって言ったのに?」
「こういう時に頭が言う『大丈夫』を信用したことなんざおれはねェぞ」
都から書状が届いたのは界帝を討伐してからだ。なんでも独神という存在を都で迎え入れたいとかどうとか、目の滑る長文がずらずらと並んでいた。そしてそれは人族の長である帝の意思でもあるのだと。
ようやく戦が終わったというのに、人族の中でいらぬ諍いを起こす必要はない。何をされるかはまぁ……検討はつかなくもないが、独神としての役目が終わった以上私に大した力はもう無いし、精々生涯幽閉される程度だろう。まぁいいか。他の英傑の反対を押し切って、私は都へ行くことを了承した。そもそもオノコロ島にある本殿は本来独神のためのものなのだ。独神という役目を終えた以上、私のいるべき場所ではない。居場所もなくなってしまったしちょうどいいか、くらいの気持ちで。
「つーかこいつら根性なさすぎだろ。おれが少し凄んだら怯みやがって。もし悪霊が残ってたらぜってェ頭を放って逃げてたぜ」
「そりゃあシュテンに威圧されて怯まない人はそういないって。英傑じゃあるまいし」
「そんなやつに頭の護衛なんか任せんじゃねェよって話だ。ほら、行こうぜ」
襲撃者、シュテンドウジは腕を掴んでぐいぐいと私を引っ張っていこうとする。実際既に引っ張られている。
「いや、だめでしょ。だってもう行きますって返事しちゃったし、迎えの人にこうして都へ送ってもらう最中で」
「知るかよ。つーかこいつらおれの顔見てるし、無事に都についたらそのこと報告するぜ?」
「ああー……」
シュテンドウジからすれば殺しても構わなかっただろう存在を、私の意思を汲み取ってわざわざ生かしている。そして生きているならば当然、今回の問題を報告するだろう。このままシュテンドウジに促されるままついて行こうと行くまいと結局揉めるのだ。そして九割がた落ち度はこちらにあると判断される。使者を殺してしまえばいいのだろうが、それは私の信条に反する。
「別に都に行きたかったってわけじゃねェんだろ?」
「うーん、まぁ好き好んで閉じ込められる人はそういないよね。閉じこもるのと閉じ込められるって全然違うし」
幽閉されて都の礎にされるのか、それともどこかの貴族に嫁がされるのか、おそらくどちらかだと思っているが、どっちにしろ私の意思はあって無いようなもの。拒否はできないだろう、とたかをくくられているのも分かっているし、力を持たぬヒトを英傑に殺させるような真似もしないと確信を持たれている。だからこそここまでの傲慢なふるまいなのだ。
「行きたくねェならいいだろ。おれとばっくれようぜ」
まるで習い事を休む誘いのようにシュテンドウジは軽く言ってくる。権力者の誘いなのだ。断ったり行かなかったら大変まずいことになるのにだ。
けれどその誘いを魅力的に感じるあたり、私も自分で思っていたより嫌だったらしい。
「ばっくれちゃうかー。これからどこに行くの?」
「どこにだっていいぜ。頭と一緒にどこまでも行ってやるよ」
そう言ったシュテンドウジはあくどい笑みを浮かべる。人攫いのそれだ。
「悪い顔してるなぁ」
「そりゃあ悪鬼だからな」
私は悪鬼の手を取って、檻のような籠を後にする。振り返ることはしない。
足取りはまるで探検に出かけるときのように軽かった。
11/8 ばっくれる
都へと籠で移動中に突然悲鳴が上がったかと思うと乱暴に地面へと落とされた。
賊か何かだろうか。でも一応英傑ではないとはいえ、護衛はついていた気がするのだが。
ざり、と砂を踏む音は確かにこの籠へと近づいてくる。
周囲の護衛は一瞬でやられてしまったのだろう。そうでなければ足音以外の声や音が聞こえるはずだ。剣戟の音さえ聞こえない。よっぽどの手練れであると想像はできた。
どうしようか、なんて考えても私の手元に武器らしい武器はない。人質にされる前に自決できるような刃物は持たせて貰えなかったし、持たせてもらえたとしても既に周囲で気絶しているかあるいはこと切れていると思われる都からの使者に没収されていたと思う。
ああ、でも八百万界が平和になっていてよかった。悪霊を討ち滅ぼすことができてよかった。でなければ私はこの後どんな思いをしても生き延びなければならない。辱めをいくら受けようともどんなに誰かの枷になろうとも、独神として生き続けなければならなかった前までとは違う。もう独神としての役割は終わったのだからいつ死んでも問題ないし、人質としての価値もずいぶん落ちただろう。それが救いだ。
まぁいいか。やることはやったのだし、そもそも都に着くまでにこうなったということはそういう手筈だった可能性もある。役目は終えた、なら私の命は軽いもの。
目を閉じて賊が籠へと押し入ってくるのを待つ。着物はたしか良いものだったはずだから案外ひん剥かれるだけひん剥かれて置いておかれるのかもしれない。
「何してんだ頭。こっちだ。はやく出てこいよ」
死さえ覚悟した私の耳に聞こえたのは、聞き慣れた声だった。
「どうしてここに?」
「どうして?妙なことを聞くんだな。略奪は元々おれのお家芸だぜ?」
その辺に転がっている都の使いは見る限り派手な出血はしていない。首があらぬ方向を向いているというわけでもない。生きてはいるという事実に心底ほっとした。
「別に大丈夫だって言ったのに?」
「こういう時に頭が言う『大丈夫』を信用したことなんざおれはねェぞ」
都から書状が届いたのは界帝を討伐してからだ。なんでも独神という存在を都で迎え入れたいとかどうとか、目の滑る長文がずらずらと並んでいた。そしてそれは人族の長である帝の意思でもあるのだと。
ようやく戦が終わったというのに、人族の中でいらぬ諍いを起こす必要はない。何をされるかはまぁ……検討はつかなくもないが、独神としての役目が終わった以上私に大した力はもう無いし、精々生涯幽閉される程度だろう。まぁいいか。他の英傑の反対を押し切って、私は都へ行くことを了承した。そもそもオノコロ島にある本殿は本来独神のためのものなのだ。独神という役目を終えた以上、私のいるべき場所ではない。居場所もなくなってしまったしちょうどいいか、くらいの気持ちで。
「つーかこいつら根性なさすぎだろ。おれが少し凄んだら怯みやがって。もし悪霊が残ってたらぜってェ頭を放って逃げてたぜ」
「そりゃあシュテンに威圧されて怯まない人はそういないって。英傑じゃあるまいし」
「そんなやつに頭の護衛なんか任せんじゃねェよって話だ。ほら、行こうぜ」
襲撃者、シュテンドウジは腕を掴んでぐいぐいと私を引っ張っていこうとする。実際既に引っ張られている。
「いや、だめでしょ。だってもう行きますって返事しちゃったし、迎えの人にこうして都へ送ってもらう最中で」
「知るかよ。つーかこいつらおれの顔見てるし、無事に都についたらそのこと報告するぜ?」
「ああー……」
シュテンドウジからすれば殺しても構わなかっただろう存在を、私の意思を汲み取ってわざわざ生かしている。そして生きているならば当然、今回の問題を報告するだろう。このままシュテンドウジに促されるままついて行こうと行くまいと結局揉めるのだ。そして九割がた落ち度はこちらにあると判断される。使者を殺してしまえばいいのだろうが、それは私の信条に反する。
「別に都に行きたかったってわけじゃねェんだろ?」
「うーん、まぁ好き好んで閉じ込められる人はそういないよね。閉じこもるのと閉じ込められるって全然違うし」
幽閉されて都の礎にされるのか、それともどこかの貴族に嫁がされるのか、おそらくどちらかだと思っているが、どっちにしろ私の意思はあって無いようなもの。拒否はできないだろう、とたかをくくられているのも分かっているし、力を持たぬヒトを英傑に殺させるような真似もしないと確信を持たれている。だからこそここまでの傲慢なふるまいなのだ。
「行きたくねェならいいだろ。おれとばっくれようぜ」
まるで習い事を休む誘いのようにシュテンドウジは軽く言ってくる。権力者の誘いなのだ。断ったり行かなかったら大変まずいことになるのにだ。
けれどその誘いを魅力的に感じるあたり、私も自分で思っていたより嫌だったらしい。
「ばっくれちゃうかー。これからどこに行くの?」
「どこにだっていいぜ。頭と一緒にどこまでも行ってやるよ」
そう言ったシュテンドウジはあくどい笑みを浮かべる。人攫いのそれだ。
「悪い顔してるなぁ」
「そりゃあ悪鬼だからな」
私は悪鬼の手を取って、檻のような籠を後にする。振り返ることはしない。
足取りはまるで探検に出かけるときのように軽かった。
11/8 ばっくれる