読まずに燃した
※独神が畜生
今日も今日とて街へと赴くと大漁に手紙を押し付けられる。ただの手紙ならまだしも、恋文となれば本当に面倒臭い。いくら「いらねェ」「読まねェぞ」と断ってもそれでも押し付けてくるのだから、恋するなんたらというのは自分勝手で迷惑極まりない物体なのだろうか。
好かれるのはまぁいい。基本的にキャーキャー騒がれるのは場合にもよるが大体気分が良い。だがこんな手紙押し付けてどうしろというのだろうか。手紙を読んだくらいでおれが顔すら覚えていないやつに惚れるとでも?なんて苛立ちながら、いつも通り燃やしてついでに何か焼こう。そういえば果樹園で林檎が大量に採れたらしいから独神にねだってみるのもいいだろう。
そんなことを考えながらシュテンドウジは本殿の門をくぐる。そこには珍しく独神が立っていた。遠征や出陣の出迎えでもなければ大体執務室にこもっているか、拝殿で佇んでいるはずの独神は控えめにこちらに手を振っていた。
「おかえりなさい。今日も大漁だね」
「嬉しくねェよこんなん。今日は林檎焼こうぜ、林檎」
「別にいいけれど……。その前にちょっと待って」
独神はそう言うと懐から何やら薄紫の紙を取り出した。三つ折りにされたそれはどう見ても手紙だろう。分かりやすく帯は空色だ。
「はい。これね、実は表門にいたらシュテンに渡してほしいって言われたんだけど」
「はぁ?」
最後まで聞く前に受け取ってしまったのを後悔するが、渡されたものを突き返すわけにもいかない。しかも独神はただ頼まれて受け取っただけだというのだから。
「おまえな、こんなん受け取るなよ」
「押し切られちゃって……」
気まずそうに苦笑する独神はおひとよしの手合いだ。切実な頼みを断るなんて真似は出来なかったのだろう。
「読まねェぞ、こんなの」
「知ってる。渡して欲しいとは言われたけれど、仲を取り持ってくれとは言われなかったから。だってその相手の思いを受け入れるか受け入れないかはシュテンの自由でしょう?私の口出しすることじゃないよ」
だから捨てるも捨てないも、燃やすも燃やさないもあなたの自由だと、そう独神は言う。頼みごとを無碍にできない程度には優しいが、過度に恋路に協力するほどもの好きではないらしい。
独神の懐にしまわれていたせいか受け取った恋文は独神の香がうつっていた。押しつけがましく頼み込んだ分際でなれなれしい。
シュテンドウジは迷うことなく薄紫色の文を開かずに火にくべることにした。
めんどくせェ、とシュテンドウジは思う。
一度独神を経由して恋文を受け取ってから、どうやら顔も知らない誰かは味を占めたらしい。あれから毎回恋文を独神に託すようになった。
「うーん……。受け取るだけ受け取ってもらえない?」
そう独神に申し訳なさそうに言われてはシュテンドウジも拒否はできない。そもそも他にも山ほど恋文を受け取っているのだ。纏めて処分するなら恋文の一通や二通増えたところで変わりない。
薄紫色の恋文は相も変わらず独神が持っていたせいか、独神の好む香りがうつっている。それがひどく腹立たしい。おれだってそんな近くにいたことはない。無理やり押し付けられた恋文風情が。
そんな風にどうしても憎たらしく思ってしまう。
まぁ憎く思っていようともいまいとも、結局読むなんて面倒な真似はしないのだが。
「なんだ、おまえ。それ全部燃やすのか」
集められた落ち葉の上にぞんざいに恋文を散らすと、通りがかったヤマトタケルがそう問うてくる。
「今更だろ。つか丁度いい。ついでに火、頼んだぜ」
「いいのか?その薄紫の……」
シュテンドウジは今まで一度も遭遇したことはないが、どうやらヤマトタケルはこの恋文の差出人のことを知っているらしい。シュテンドウジからしてみれば自分の前に姿を現さず、あまつさえ独神に恋文を託して去っていくはた迷惑な輩でしかないのだが。
「おれに直接渡す勇気もねェのに毎回毎回頭に押し付けるようなやつだろ。知るかよ、めんどくせェ」
なんでもいいから早く火をつけろ、と急かせば溜息をつきながらもヤマトタケルは恋文の山へ剣を向ける。
「もしかしたらおまえ好みの相手かもしれないだろう?」
「一方的に思いを押し付けてくるやつがか?その時点でおれはお断りだ」
そういえばこの脳内意味不明男は恋文をよこしてくるようなやつのことを「可愛い」などと言っていたな、とシュテンドウジは思い出す。面倒なことは嫌いだと言うくせに、恋文なんて返事はいらないと言われても果てしなく面倒な物体だとシュテンドウジは感じているのだが、その辺の感性は一生交わることがないのだろう。
「分からないぞ?それでも良いと思える相手が出てくる可能性もなくはない」
「ねェよ」
草薙剣から火花が散り、落ち葉と恋文に燃え広がっていく。
薄紫色の恋文は開かれることなく燃えて縮んで、そのうち分からなくなった。
大体相手にしなければ諦めるものなのだが、この差出人は非常にしつこいらしい。何度燃やそうと、錬金堂の炉にくべようと、それでも諦めずに独神に託してきた。
独神も独神で断ればいいものを、一度頼みを受け入れてしまったため断れないようだった。中身を読んでやれとも、一度会ってやれとも言われないので優しいのか優しくないのか分からない。仲介役はしてやるがそれ以上はやはりお断りということなのだろう。
独神が受け取ってくれているからきっと目があるに違いないなどと勘違いも甚だしい。むしろ今までの所業が重なり、どんなに顔が好みでも冷たくあしらう自信がシュテンドウジにはあった。何よりも独神に託しているところが悪質だ。これが直接渡されたものだったらとっくの昔に二度と声を掛けられなくなるくらいには手酷く振っている。
「おーい、頭。芋焼くぞ。ちょっと休憩にしておまえも来いよ」
恋文を抱えながら執務室の扉を開ければ、独神は留守だった。珍しいこともあるものだ、とそのまま執務室を後にしようとしたシュテンドウジだったが、ふと文机の上にあるものが目に留まった。
薄紫色の紙。おそらく文を書くためのもの。独神が託されている恋文のそれと同じ色に見えた。
『いいのか?その、薄紫の……』
そういえばヤマトタケルは時々お伽番を任されている。もしやあの恋文を独神からの物と勘違いしたのだろうか。シュテンドウジはそんな馬鹿な、と笑い出しそうになる。
「んなわけねェっての。頭が嘘なんかつくかよ」
ばかばかしい話だ。執務室に香っているのは梅花。執務室によくこもる独神が、執務室にも長くいるのだから、と焚いているお気に入りのものだ。あの薄紫色の恋文からも香るもの。
まさかな。一度自嘲してからシュテンドウジは執務室を後にする。
その日、シュテンドウジが外出した時にとってつけたように託される恋文は、独神から渡されることはなかった。
そんなことはあり得ないだろうと分かっているが、一度気になってしまったものはしょうがない。
それもこれもすべて余計なことを言ったヤマトタケルが悪いのだ、とシュテンドウジは考える。
今手に残っているのは薄紫色の恋文だ。それ以外の恋文は目の前の焚き火に全部投げ込んでしまった。今日もこれを燃やして終わり、でいいはずだ。いいはずなのだが、どうしても引っかかってしまう。
もし違ったら差出人に負けたような気分になるだろうし、正解だったとしても気分が悪いことには変わりがない。それなら中身を見ずに燃やしてしまうのが一番賢いのだけれども、正解だったときのことを考えるのが怖い。
空色の帯を外して、一度息を吐く。そんなことはあるわけがない、と自分を慰めてから、ついにシュテンドウジは薄紫色の恋文を開いた。
外見を褒め称える文言が並べ立てられているわけでもない。自分がどれだけ愛しているのかを切々と訴えているわけでもない。どうなりたいのだと希望を書くわけでもない。一度抱いてくれと懇願するわけでもない。
『あなたに助けられてから、ずっとお慕いしております』
短く綴られたその文字に、シュテンドウジは見覚えがある。
「ふざけんなよ……!」
手に力が籠ったせいで文の端がくしゃくしゃになりそうになるが、それでもこの文を今ここで捨ててしまうわけにはいかない。シュテンドウジは火の始末もしないままに執務室へと駆け出した。
「頭!!おまえこれどういうことだ!!」
独神に開かれた薄紫色の文を突きつける。
最初きょとんとした顔をした独神だったが、事態を理解するとまるで悪戯が露見した子どものように悪びれなく無邪気に微笑んだ。
「あーあ、ばれちゃった」
薄紫色の文の字と、文机に置かれた書類の字は同じものだった。
11/9 読まずに燃した
今日も今日とて街へと赴くと大漁に手紙を押し付けられる。ただの手紙ならまだしも、恋文となれば本当に面倒臭い。いくら「いらねェ」「読まねェぞ」と断ってもそれでも押し付けてくるのだから、恋するなんたらというのは自分勝手で迷惑極まりない物体なのだろうか。
好かれるのはまぁいい。基本的にキャーキャー騒がれるのは場合にもよるが大体気分が良い。だがこんな手紙押し付けてどうしろというのだろうか。手紙を読んだくらいでおれが顔すら覚えていないやつに惚れるとでも?なんて苛立ちながら、いつも通り燃やしてついでに何か焼こう。そういえば果樹園で林檎が大量に採れたらしいから独神にねだってみるのもいいだろう。
そんなことを考えながらシュテンドウジは本殿の門をくぐる。そこには珍しく独神が立っていた。遠征や出陣の出迎えでもなければ大体執務室にこもっているか、拝殿で佇んでいるはずの独神は控えめにこちらに手を振っていた。
「おかえりなさい。今日も大漁だね」
「嬉しくねェよこんなん。今日は林檎焼こうぜ、林檎」
「別にいいけれど……。その前にちょっと待って」
独神はそう言うと懐から何やら薄紫の紙を取り出した。三つ折りにされたそれはどう見ても手紙だろう。分かりやすく帯は空色だ。
「はい。これね、実は表門にいたらシュテンに渡してほしいって言われたんだけど」
「はぁ?」
最後まで聞く前に受け取ってしまったのを後悔するが、渡されたものを突き返すわけにもいかない。しかも独神はただ頼まれて受け取っただけだというのだから。
「おまえな、こんなん受け取るなよ」
「押し切られちゃって……」
気まずそうに苦笑する独神はおひとよしの手合いだ。切実な頼みを断るなんて真似は出来なかったのだろう。
「読まねェぞ、こんなの」
「知ってる。渡して欲しいとは言われたけれど、仲を取り持ってくれとは言われなかったから。だってその相手の思いを受け入れるか受け入れないかはシュテンの自由でしょう?私の口出しすることじゃないよ」
だから捨てるも捨てないも、燃やすも燃やさないもあなたの自由だと、そう独神は言う。頼みごとを無碍にできない程度には優しいが、過度に恋路に協力するほどもの好きではないらしい。
独神の懐にしまわれていたせいか受け取った恋文は独神の香がうつっていた。押しつけがましく頼み込んだ分際でなれなれしい。
シュテンドウジは迷うことなく薄紫色の文を開かずに火にくべることにした。
めんどくせェ、とシュテンドウジは思う。
一度独神を経由して恋文を受け取ってから、どうやら顔も知らない誰かは味を占めたらしい。あれから毎回恋文を独神に託すようになった。
「うーん……。受け取るだけ受け取ってもらえない?」
そう独神に申し訳なさそうに言われてはシュテンドウジも拒否はできない。そもそも他にも山ほど恋文を受け取っているのだ。纏めて処分するなら恋文の一通や二通増えたところで変わりない。
薄紫色の恋文は相も変わらず独神が持っていたせいか、独神の好む香りがうつっている。それがひどく腹立たしい。おれだってそんな近くにいたことはない。無理やり押し付けられた恋文風情が。
そんな風にどうしても憎たらしく思ってしまう。
まぁ憎く思っていようともいまいとも、結局読むなんて面倒な真似はしないのだが。
「なんだ、おまえ。それ全部燃やすのか」
集められた落ち葉の上にぞんざいに恋文を散らすと、通りがかったヤマトタケルがそう問うてくる。
「今更だろ。つか丁度いい。ついでに火、頼んだぜ」
「いいのか?その薄紫の……」
シュテンドウジは今まで一度も遭遇したことはないが、どうやらヤマトタケルはこの恋文の差出人のことを知っているらしい。シュテンドウジからしてみれば自分の前に姿を現さず、あまつさえ独神に恋文を託して去っていくはた迷惑な輩でしかないのだが。
「おれに直接渡す勇気もねェのに毎回毎回頭に押し付けるようなやつだろ。知るかよ、めんどくせェ」
なんでもいいから早く火をつけろ、と急かせば溜息をつきながらもヤマトタケルは恋文の山へ剣を向ける。
「もしかしたらおまえ好みの相手かもしれないだろう?」
「一方的に思いを押し付けてくるやつがか?その時点でおれはお断りだ」
そういえばこの脳内意味不明男は恋文をよこしてくるようなやつのことを「可愛い」などと言っていたな、とシュテンドウジは思い出す。面倒なことは嫌いだと言うくせに、恋文なんて返事はいらないと言われても果てしなく面倒な物体だとシュテンドウジは感じているのだが、その辺の感性は一生交わることがないのだろう。
「分からないぞ?それでも良いと思える相手が出てくる可能性もなくはない」
「ねェよ」
草薙剣から火花が散り、落ち葉と恋文に燃え広がっていく。
薄紫色の恋文は開かれることなく燃えて縮んで、そのうち分からなくなった。
大体相手にしなければ諦めるものなのだが、この差出人は非常にしつこいらしい。何度燃やそうと、錬金堂の炉にくべようと、それでも諦めずに独神に託してきた。
独神も独神で断ればいいものを、一度頼みを受け入れてしまったため断れないようだった。中身を読んでやれとも、一度会ってやれとも言われないので優しいのか優しくないのか分からない。仲介役はしてやるがそれ以上はやはりお断りということなのだろう。
独神が受け取ってくれているからきっと目があるに違いないなどと勘違いも甚だしい。むしろ今までの所業が重なり、どんなに顔が好みでも冷たくあしらう自信がシュテンドウジにはあった。何よりも独神に託しているところが悪質だ。これが直接渡されたものだったらとっくの昔に二度と声を掛けられなくなるくらいには手酷く振っている。
「おーい、頭。芋焼くぞ。ちょっと休憩にしておまえも来いよ」
恋文を抱えながら執務室の扉を開ければ、独神は留守だった。珍しいこともあるものだ、とそのまま執務室を後にしようとしたシュテンドウジだったが、ふと文机の上にあるものが目に留まった。
薄紫色の紙。おそらく文を書くためのもの。独神が託されている恋文のそれと同じ色に見えた。
『いいのか?その、薄紫の……』
そういえばヤマトタケルは時々お伽番を任されている。もしやあの恋文を独神からの物と勘違いしたのだろうか。シュテンドウジはそんな馬鹿な、と笑い出しそうになる。
「んなわけねェっての。頭が嘘なんかつくかよ」
ばかばかしい話だ。執務室に香っているのは梅花。執務室によくこもる独神が、執務室にも長くいるのだから、と焚いているお気に入りのものだ。あの薄紫色の恋文からも香るもの。
まさかな。一度自嘲してからシュテンドウジは執務室を後にする。
その日、シュテンドウジが外出した時にとってつけたように託される恋文は、独神から渡されることはなかった。
そんなことはあり得ないだろうと分かっているが、一度気になってしまったものはしょうがない。
それもこれもすべて余計なことを言ったヤマトタケルが悪いのだ、とシュテンドウジは考える。
今手に残っているのは薄紫色の恋文だ。それ以外の恋文は目の前の焚き火に全部投げ込んでしまった。今日もこれを燃やして終わり、でいいはずだ。いいはずなのだが、どうしても引っかかってしまう。
もし違ったら差出人に負けたような気分になるだろうし、正解だったとしても気分が悪いことには変わりがない。それなら中身を見ずに燃やしてしまうのが一番賢いのだけれども、正解だったときのことを考えるのが怖い。
空色の帯を外して、一度息を吐く。そんなことはあるわけがない、と自分を慰めてから、ついにシュテンドウジは薄紫色の恋文を開いた。
外見を褒め称える文言が並べ立てられているわけでもない。自分がどれだけ愛しているのかを切々と訴えているわけでもない。どうなりたいのだと希望を書くわけでもない。一度抱いてくれと懇願するわけでもない。
『あなたに助けられてから、ずっとお慕いしております』
短く綴られたその文字に、シュテンドウジは見覚えがある。
「ふざけんなよ……!」
手に力が籠ったせいで文の端がくしゃくしゃになりそうになるが、それでもこの文を今ここで捨ててしまうわけにはいかない。シュテンドウジは火の始末もしないままに執務室へと駆け出した。
「頭!!おまえこれどういうことだ!!」
独神に開かれた薄紫色の文を突きつける。
最初きょとんとした顔をした独神だったが、事態を理解するとまるで悪戯が露見した子どものように悪びれなく無邪気に微笑んだ。
「あーあ、ばれちゃった」
薄紫色の文の字と、文机に置かれた書類の字は同じものだった。
11/9 読まずに燃した