※暴力表現がある
※独神がモブにひどいことをされかけている
※一部グロ表現がありますが大したことはないです


「あ、シュテン……、あの、これは、ね……わたし、わたしが……」

悪霊に襲われたって平然としていた独神の表情が、まるでただの町民のようにくしゃくしゃに歪んでいく。
身に着けていたであろう帯は解かれて路地裏の隅に投げ捨てられている。アマテラスやツクヨミと一緒に選んで買ったのだと嬉しそうに語る独神の姿はシュテンドウジの記憶に新しい。
普段着ているものよりも華やかな柄があしらわれた着物は土で汚れていた。本当はよくないのだけれど、ほんの少しだけ自分にご褒美なのだと、生地は独神本人が選んでオツウやオリヒメに頼んで仕立ててもらったとはにかんだように笑っていたのをシュテンドウジは覚えている。
袷は開かれており、普段人前に晒すことなど決してない二の脚には擦り傷や切り傷が出来ていた。よく見れば近くに安物の小太刀が転がっている。おそらくは抵抗しようとして切り付けられたのか、あるいは引っかかれたのだろう。

「さいしょは説得をしたの。だって、私になにかしたなんて貴方たちが知ったら必ず報復するでしょう?だから、こんなこと、よくないって。それに私良いところの娘なんかじゃない、って」

独神の手元には赤く染まった石が転がっている。大きさからして非戦闘員でも片手で持ち上げられる程度には軽く、そして他者を傷つける程度には重いのだろうと想像がついた。
「そう、したらね。おまえ、独神なのかって。私、知らなかった。こんなにも、恨まれていたなんて」
独神の足元に転がっているのは、額から血を流して倒れている誰か。この程度で倒れているのだから悪霊が化けているということはないだろう。正真正銘八百万界で生まれ、八百万界で生きてきた存在だ。

「おまえだけゆたかな暮らしをしやがって、って。英傑の慰み者になってるなら、ひとりふえたところで同じだろう、って、私に、わたし、に」

性善説を体現したような独神はすくなくとも八百万界に生きとし生けるものを全て愛している。そして根が善人だと信じているところがあった。だから過去に悪事をはたらいたようなやつも、いつ裏切るか分からないようなやつも平気で傍においておくし、仲間として信頼する。
そして今回、八百万界に生きてきた住民に手酷く裏切られ手を噛まれたというわけだ。それも考え付く限りで一番むごたらしく。
これが悪霊相手なら独神は平然としていただろう。どんな辱めにも屈さないと、八百万界を救うのだ、とその目にまっすぐな闘志を宿らせて、そして誰かが助けに来たら平然と微笑んだに違いない。
だが、今回は八百万界に住まう者が相手なのだ。救おうとしている界に住まう愚かな住民、独神が守ろうとした民だ。信じ、救おうとしている独神の心をびりびりに引き裂いてしまうには十分過ぎる。

「やめて、って言ってもやめてくれなくて、やめさせないと、って抵抗しても、だめで。あばれるうちに……」

独神が言葉を続ける前にシュテンドウジは右手で男の頭部を掴み上げ、持ち上げる。眉一つ動かすことなく掴む手に力を込めればまるで果物を潰した時のような音がして男の胴体が地面へと落ちた。人の体なんてこんなもんだよな、とどうでもいいことを思い出していたシュテンドウジを他所に独神は言葉を失っていた。


「悪い、頭。殺しちまった」


悪びれることなく、淡々とシュテンドウジはそう独神に告げる。既に名も知れぬ相手の肉体になど欠片も興味はない。そんなものよりも独神に返り血が飛んでいないかということの方が気にかかる。

「え、あ、でも……」
「昔の癖が出ちまったな。怖い思いさせて悪かった」

そんなことはあり得ないとばかりに独神は首を横に振る。シュテンドウジは右手を軽く振って付着した血肉を落としながら、左手で独神の帯を拾い上げた。幸いにもそれは血に汚れてはいない。

「だってむかつくだろ。何もできねェ癖に自分が救われて当然だと思ってる手合いだろ?そんなのが勘違いして頭に手ェだそうとしやがって。生きてる価値ねェだろこいつ」
「そんなこと、そんな、こと……」

必死に否定しようとする独神はさっきまでの出来事を処理できていない。いけないことだと即答することはどうしてもできない。それが普通だ。当然だ。庇護しようとした存在にむごたらしく傷つけられて平気で居続けられるような独神をシュテンドウジは見たくないと思う。むしろそんなやつら積極的に切り捨ててしまえばいいと、他の八傑だって同じことを思うに違いない。

「他のやつらだって同じこと言うぜ」

そうして同じことを躊躇うことなくやるのだろう。落としきれなかった血を適当に自分の衣服で拭ったあと、それでもまだなんだかその手で独神に触りたくなくて、シュテンドウジは手を止めた。
かといってこのまま独神に触れないわけにもいかない。悩みに悩んだ後、シュテンドウジは独神に帯を渡してから右手側の手袋を抜いて投げ捨てた。

「立てるか?頭。帰ろうぜ」

左手を差し出すとやはり独神は首を横に振る。こんな死体にまだ情けをかけるつもりとは本当にばかの付くほどのお人よしだ。シュテンドウジが小さく溜息をつくと独神は馬鹿なことを言いだした。

「いや、だって、わたし、あの、奉行所に」

ばかなことを。行ってどうするというのだ。わざわざこんなやつを殺して、裁かれると?そんなことをしようとすれば英傑達の手によって奉行所がどうなるか分かったものではないし、キンシロウだって同業者として大迷惑に違いない。
それに……。

「殺したのはおれだろ。行くならおれじゃねェの、それ」
「違う!だって、シュテンは」
「おれだ。気絶させたまま殺しちまったのは惜しいことしたと思ってる。もっと甚振ってから殺すべきだった、ってな」

目の前で見せつけるように潰してやったというのに、それでも独神はその事実を認めようとしない。

「違う、そんなことしない、してない!」
「違わねェし見てただろ」

確かに最近はそんなことしてこなかったけれど、独神と出会う前はこれくらい日常茶飯事だ。返り血なんて気にせず、独神の耳に入れるには凄惨な殺し方などいくらでもした。そんなやつに「そんなことしない」なんて言い切れる独神はシュテンドウジという存在を、いや鬼という存在を甘く見過ぎている。
正直なところシュテンドウジにも生きていたのか死んでいたのか、判別はついていない。どちらでもよかったし、どっちにしても同じことをしていたのだから関係ないとも思う。
あとから最初の一撃が致命傷だったなんて独神に騒がれないために傷口ごと頭部を破壊した、それだけの話であって。どちらにしろ生かして帰すつもりなどシュテンドウジには毛頭なかったし、仮にが仏のような心を出して見逃してやったとして、他の英傑が見逃すとは到底思わない。数日後には呪いか何かで苦しみ抜いて死んでいただろう。むしろそれを考えると一撃で済ませてやった自分は独神のせいでひどく甘くなってしまったとさえシュテンドウジは思うのだ。

「殺したのはおれだ。頭はちょっと抵抗しただけ、そうだろ?」

いつまで経っても立ち上がらない独神の裾を直して抱え上げる。あとは連れ帰ってから着替えさせて湯浴みをさせて、そうして悪い夢だろとでも言いくるめよう。独神が首を縦に振るまで、何度だって。

「おまえは悪くねェよ。安心しろ」

だって独神は誰も殺していないのだから。
石を踏み割り、転がった胴体を蹴り転がしてシュテンドウジは本殿への道のりを歩き出す。残った胴体はそのうち野犬が餌にするだろう。
先ほどの男の顔を、シュテンドウジはもう覚えてはいない。


11/10 そんなことしない