花吐き病・前
※花吐き病パロ
わたしは死に至る病に罹っているのです。
冗談でも例えでもなんでもなく、本当にわたしは死に至る病、それも救いようのないものに罹ってしまったのです。
その病の名は通称『花吐き病』という、文字通り花を吐く病にございます。しかもこの病、原因が恋だというのです。
恋を拗らせた者が、相手を思って花を吐くようになる。文字通り恋の病なのです。最初はただ花を吐き、苦しいだけのはた迷惑な病ですが、段々それが悪化し、最後には花を吐ききれなくなり、喉を詰まらせて死ぬというなんとも馬鹿らしい病です。なんでも一時都で流行したのだとか、ヒカルゲンジが苦笑いを浮かべながら話しておりました。彼はおそらく相手を病に追いやった方なのでしょう。聞かなくても分かります。
恋の病だというのだから、完治の方法も恋でしかありません。この病が皆に露見したとき、相手は誰だと口々に問われました。ですが私が口を割ることはありませんでした。
そもそもの話ですが、命を盾に相手に恋の成就を強請り、叶ったところで、それは本当に恋の成就なのでしょうか?それは卑劣な脅迫に過ぎないと私は思うのです。
例え私が掛け替えのない、独神という存在であったとしてもそんな行為は許されるべきではありません。もし、私がここで誰か英傑の名を出したとしたら、その夜のうちに熱烈な愛の言葉と共にその英傑が私の寝所へとやってくるでしょう。皆は私に大変過保護ですから、それくらいのことは容易く想像できました。
ええ。ですから、そのことに関しては断固黙秘を続けました。
しかしこのままでは私は死んでしまいます。それを見過ごす皆ではありません。
幸いなことに症状の進行は軽く、この調子ならば独神としての役目を終えるまでは無事に生活できそうだとのことでしたので、死ぬまでこの病と付き合っていく覚悟を私はとうに決めてしまいましたが、どうやら皆はそうではないらしいのです。
どう足掻いても私は口を割りません。ですが、サトリのような強引に相手の考えを知ることのできるような英傑は私の思考を読み取ろうとはしません。私に手酷く嫌われるのを恐ろしく思っているようでした。
ですから、皆のとった手段は”私の吐く花から相手を探る”ことでした。
私はこの界の病に詳しくはないので知らなかったのですが、なんでも花吐き病というのは相手に対しての思いや、相手を象徴する花を吐くらしいのです。私だけを見てほしい、思いに気付いてほしい、そういった意味の花を吐くのが多い症例だそうで。
私の吐いた花は牡丹でした。他の花は一切吐かず、ただ牡丹を吐くのです。特定の花しか吐かないのであれば、それはもう花言葉を意味するものではなく、相手を象徴する者なのだろうと皆は推理しました。花はよく家紋にも使われますが、今回は違うのではないか、と皆は言いました。
牡丹という花は一説に縁起の悪い花とされます。花の散り方が首が落ちるように見えるからだというのです。そしてちょうど、本殿には二名ほどそういった首の落ちたことのある英傑がおりました。
カグツチとマサカドサマです。特にマサカドサマに至ってはこちらにずいぶんと優しくしてくださっていましたので、皆は彼にあたりをつけたようでした。カグツチだと予想する英傑もいないわけではありませんでしたが、それを聞く度にイザナギの表情が苦々しく曇っていたのをよく覚えています。
そうして皆は気を遣って、私とマサカドサマを二人きりにさせようとしたりだとか、逢引をさせようとしたりだとか画策していたようでした。
マサカドサマは「将軍も苦労するな」と言いました。そう、彼は当事者ですから、当然気付いていたのです。少なくとも私の慕う相手は自分ではないことに。私も「迷惑をかけてごめんなさい」と彼に詫びました。ですが彼も他の英傑と同じように、できることなら私に生きていて欲しいと願う一人なのです。「そんなことを言うのであればすぐにでも病を治すのだな」と溜息をつきます。「将軍の病を治せるのが、俺であったなら良かったものを」なんて言われても困ります。結局それは本物ではありません。偽りなのです。優しさなのです。同情なのです。もしも本物だとしても、私が恋した相手がそれを向けてくれなければ。なんの意味もないのです。
恋という病は非常に厄介でした。
「おい、大丈夫か?」
そう言って近寄ろうとする彼を、掌を向けて待ったをかけました。
何を隠そうこの病、感染するのです。それもその方法が変わっており、罹患者の吐いた花に触れるとうつるというのです。それを聞いてから私は常に袋を持ち歩くことにしています。
万が一のことがあってはことですから、私はどんなに苦しくても、どんなに咽てもその処理を誰かに任せることはしません。
ぼろぼろとみっともなく嗚咽と涙を零しながらも、懐から袋を取り出し、そこに綺麗に吐き出された牡丹を詰めます。その作業はもう慣れたものですが、嘔吐感と吐き出すまでの苦しさは慣れることはできませんでした。
手早くその花を片付け、花びらの一枚も落ちていないことを確認するともう大丈夫だという旨の合図を出します。すると彼は待ちかねたように私に近づき、労わるように背を撫でました。
「頭、歩けるか?」
そう問う彼に、途切れ途切れになりながらも「ちょっと休んだら大丈夫だから」と返事をすると、彼は躊躇うことなく私を抱え上げました。荷物のように乱暴に抱え上げるのではなく、どちらかと言えばひょいと子どもを持ち上げるそれです。
「部屋まで運んでやるからじっとしてろ」
目つきも素行も悪いくせに、彼は非常に優しいのです。それも胸が痛くなるほどに。
抱え上げられたせいで、不意に彼の首が無防備に私の前にさらされました。傷痕などない綺麗なうなじが目に入ります。
「しっかり掴まってろよ」
そう言われては仕方がありません。継ぎ痕などないその首に私は腕を回します。
実のところわたしは元々八百万界に存在していた人間ではないのです。こことは違う、別の世界から知らぬうちに招かれて、独神という役目を言い渡されたのです。
この八百万界に招かれてから、わたし個人に自由というものは存在しませんでした。何せ界を救う独神なのです。皆がそのように期待し、また私もそのように行動せねばなりませんでした。
その中で一つだけ密かに育てていたものでした。わたしだけの、誰のものでもないわたしの自由にできるわたしの恋です。
皆は首が撥ねられた英傑を二人だけだと思っていますが、私は私の世界で培った知識がありました。専門家などではないため、詳しくはありませんが比較的有名な話です。八百万界ではどうやらそれが無かったことになっているせいで、私だけしかこの牡丹の意味が分からないのです。
『大江山の酒呑童子は源頼光によって討伐され、首を撥ねられた。しかし酒呑童子は首だけになっても頼光に襲い掛かったという』
ええ、はい。そうです。そうなのです。私の恋した相手はシュテンドウジなのです。
何故好きになったと問われても一目惚れでしたので、理由など分かりません。ただ、彼のことが好きになったのです。この何一つ自由にならぬ身の上で、心だけは自由に彼のことを好きになったのです。
彼に抱きかかえられ、部屋へと送られることを私は幸福に感じておりました。ですがそれも長くは続きません。
「なぁ頭。悪いようにはしねェから、いい加減吐いちまったらどうだ」
もう既に花は吐いたと返せば、「そうじゃねェよ」と苛立ったように言われます。私も愚鈍ではありませんから、彼の言葉の意味を正確に理解はしておりました。その上でこう返したのです。
「思う相手だ。分かんだろ」
そう直球で言われても、私は曖昧に笑って誤魔化すことしかできません。
シュテンドウジは私に好意的です。ですが、それが恋情からのそれだとは私は欠片も思いません。彼にとって私は庇護すべき大切な存在であり、情欲や肉欲を向けるそれではないのです。
それで彼に思いを吐露して返されるものは情けなのです。恋ではないのです。
「なぁ、言えよ。おれは頭がこれ以上苦しむところなんて見たくねェんだよ……」
懇願もわたしにとっては無意味でありました。ただ、わたしは綺麗な彼の首をいとおしく思いながら見つめていました。
彼の首が落ちるということを、わたしだけが知っているのです。
わたしは死に至る病に罹っているのです。命懸けで恋をしているのです。
わたしだけの秘密の恋なのです。そうして、いつか花のように静かに散っていくのです。
10/16 花吐き病
わたしは死に至る病に罹っているのです。
冗談でも例えでもなんでもなく、本当にわたしは死に至る病、それも救いようのないものに罹ってしまったのです。
その病の名は通称『花吐き病』という、文字通り花を吐く病にございます。しかもこの病、原因が恋だというのです。
恋を拗らせた者が、相手を思って花を吐くようになる。文字通り恋の病なのです。最初はただ花を吐き、苦しいだけのはた迷惑な病ですが、段々それが悪化し、最後には花を吐ききれなくなり、喉を詰まらせて死ぬというなんとも馬鹿らしい病です。なんでも一時都で流行したのだとか、ヒカルゲンジが苦笑いを浮かべながら話しておりました。彼はおそらく相手を病に追いやった方なのでしょう。聞かなくても分かります。
恋の病だというのだから、完治の方法も恋でしかありません。この病が皆に露見したとき、相手は誰だと口々に問われました。ですが私が口を割ることはありませんでした。
そもそもの話ですが、命を盾に相手に恋の成就を強請り、叶ったところで、それは本当に恋の成就なのでしょうか?それは卑劣な脅迫に過ぎないと私は思うのです。
例え私が掛け替えのない、独神という存在であったとしてもそんな行為は許されるべきではありません。もし、私がここで誰か英傑の名を出したとしたら、その夜のうちに熱烈な愛の言葉と共にその英傑が私の寝所へとやってくるでしょう。皆は私に大変過保護ですから、それくらいのことは容易く想像できました。
ええ。ですから、そのことに関しては断固黙秘を続けました。
しかしこのままでは私は死んでしまいます。それを見過ごす皆ではありません。
幸いなことに症状の進行は軽く、この調子ならば独神としての役目を終えるまでは無事に生活できそうだとのことでしたので、死ぬまでこの病と付き合っていく覚悟を私はとうに決めてしまいましたが、どうやら皆はそうではないらしいのです。
どう足掻いても私は口を割りません。ですが、サトリのような強引に相手の考えを知ることのできるような英傑は私の思考を読み取ろうとはしません。私に手酷く嫌われるのを恐ろしく思っているようでした。
ですから、皆のとった手段は”私の吐く花から相手を探る”ことでした。
私はこの界の病に詳しくはないので知らなかったのですが、なんでも花吐き病というのは相手に対しての思いや、相手を象徴する花を吐くらしいのです。私だけを見てほしい、思いに気付いてほしい、そういった意味の花を吐くのが多い症例だそうで。
私の吐いた花は牡丹でした。他の花は一切吐かず、ただ牡丹を吐くのです。特定の花しか吐かないのであれば、それはもう花言葉を意味するものではなく、相手を象徴する者なのだろうと皆は推理しました。花はよく家紋にも使われますが、今回は違うのではないか、と皆は言いました。
牡丹という花は一説に縁起の悪い花とされます。花の散り方が首が落ちるように見えるからだというのです。そしてちょうど、本殿には二名ほどそういった首の落ちたことのある英傑がおりました。
カグツチとマサカドサマです。特にマサカドサマに至ってはこちらにずいぶんと優しくしてくださっていましたので、皆は彼にあたりをつけたようでした。カグツチだと予想する英傑もいないわけではありませんでしたが、それを聞く度にイザナギの表情が苦々しく曇っていたのをよく覚えています。
そうして皆は気を遣って、私とマサカドサマを二人きりにさせようとしたりだとか、逢引をさせようとしたりだとか画策していたようでした。
マサカドサマは「将軍も苦労するな」と言いました。そう、彼は当事者ですから、当然気付いていたのです。少なくとも私の慕う相手は自分ではないことに。私も「迷惑をかけてごめんなさい」と彼に詫びました。ですが彼も他の英傑と同じように、できることなら私に生きていて欲しいと願う一人なのです。「そんなことを言うのであればすぐにでも病を治すのだな」と溜息をつきます。「将軍の病を治せるのが、俺であったなら良かったものを」なんて言われても困ります。結局それは本物ではありません。偽りなのです。優しさなのです。同情なのです。もしも本物だとしても、私が恋した相手がそれを向けてくれなければ。なんの意味もないのです。
恋という病は非常に厄介でした。
「おい、大丈夫か?」
そう言って近寄ろうとする彼を、掌を向けて待ったをかけました。
何を隠そうこの病、感染するのです。それもその方法が変わっており、罹患者の吐いた花に触れるとうつるというのです。それを聞いてから私は常に袋を持ち歩くことにしています。
万が一のことがあってはことですから、私はどんなに苦しくても、どんなに咽てもその処理を誰かに任せることはしません。
ぼろぼろとみっともなく嗚咽と涙を零しながらも、懐から袋を取り出し、そこに綺麗に吐き出された牡丹を詰めます。その作業はもう慣れたものですが、嘔吐感と吐き出すまでの苦しさは慣れることはできませんでした。
手早くその花を片付け、花びらの一枚も落ちていないことを確認するともう大丈夫だという旨の合図を出します。すると彼は待ちかねたように私に近づき、労わるように背を撫でました。
「頭、歩けるか?」
そう問う彼に、途切れ途切れになりながらも「ちょっと休んだら大丈夫だから」と返事をすると、彼は躊躇うことなく私を抱え上げました。荷物のように乱暴に抱え上げるのではなく、どちらかと言えばひょいと子どもを持ち上げるそれです。
「部屋まで運んでやるからじっとしてろ」
目つきも素行も悪いくせに、彼は非常に優しいのです。それも胸が痛くなるほどに。
抱え上げられたせいで、不意に彼の首が無防備に私の前にさらされました。傷痕などない綺麗なうなじが目に入ります。
「しっかり掴まってろよ」
そう言われては仕方がありません。継ぎ痕などないその首に私は腕を回します。
実のところわたしは元々八百万界に存在していた人間ではないのです。こことは違う、別の世界から知らぬうちに招かれて、独神という役目を言い渡されたのです。
この八百万界に招かれてから、わたし個人に自由というものは存在しませんでした。何せ界を救う独神なのです。皆がそのように期待し、また私もそのように行動せねばなりませんでした。
その中で一つだけ密かに育てていたものでした。わたしだけの、誰のものでもないわたしの自由にできるわたしの恋です。
皆は首が撥ねられた英傑を二人だけだと思っていますが、私は私の世界で培った知識がありました。専門家などではないため、詳しくはありませんが比較的有名な話です。八百万界ではどうやらそれが無かったことになっているせいで、私だけしかこの牡丹の意味が分からないのです。
『大江山の酒呑童子は源頼光によって討伐され、首を撥ねられた。しかし酒呑童子は首だけになっても頼光に襲い掛かったという』
ええ、はい。そうです。そうなのです。私の恋した相手はシュテンドウジなのです。
何故好きになったと問われても一目惚れでしたので、理由など分かりません。ただ、彼のことが好きになったのです。この何一つ自由にならぬ身の上で、心だけは自由に彼のことを好きになったのです。
彼に抱きかかえられ、部屋へと送られることを私は幸福に感じておりました。ですがそれも長くは続きません。
「なぁ頭。悪いようにはしねェから、いい加減吐いちまったらどうだ」
もう既に花は吐いたと返せば、「そうじゃねェよ」と苛立ったように言われます。私も愚鈍ではありませんから、彼の言葉の意味を正確に理解はしておりました。その上でこう返したのです。
「思う相手だ。分かんだろ」
そう直球で言われても、私は曖昧に笑って誤魔化すことしかできません。
シュテンドウジは私に好意的です。ですが、それが恋情からのそれだとは私は欠片も思いません。彼にとって私は庇護すべき大切な存在であり、情欲や肉欲を向けるそれではないのです。
それで彼に思いを吐露して返されるものは情けなのです。恋ではないのです。
「なぁ、言えよ。おれは頭がこれ以上苦しむところなんて見たくねェんだよ……」
懇願もわたしにとっては無意味でありました。ただ、わたしは綺麗な彼の首をいとおしく思いながら見つめていました。
彼の首が落ちるということを、わたしだけが知っているのです。
わたしは死に至る病に罹っているのです。命懸けで恋をしているのです。
わたしだけの秘密の恋なのです。そうして、いつか花のように静かに散っていくのです。
10/16 花吐き病