※節分祭事が復刻されないのでキレ散らかして書きました
※色々注意



縛り上げた後は倉庫の柱にでも括っておいてくれ。
そう言い出したのはシュテンドウジ本人だったが、本当に情け容赦の欠片もなく光の差さない錬金堂近くの倉庫の柱に縛り付けられるとは思ってもみなかった。身じろぎ一つできやしない。
轡を噛まされたせいで口が閉じれない。口内が渇いて不快だ。

(まぁ……頭に何かするよりはな)

節分は鬼に瘴気が溜まり凶暴化する日だ。独神のところへ来るまでは暴れないように、なんて気にしたことは無かったが、状況と相手が今は悪すぎた。
これが警戒心があってこちらを脅威と思ってくれる相手ならばここまでしなくたって済むし、何なら他の八傑が一日護衛していればいいだけの話だ。
だけど独神は違う。警戒心があるか無いか分かったものではないし、下手をすれば暴れ出した自分のことを気遣いさえするのではないだろうか。自分が暴れ始めたときが一番性質の悪い自覚があるが鬼はシュテンドウジ一人というわけではない。腹心のイバラキドウジは自分の手で縛り上げておくべきだったかもしれないと考えたが、時すでに遅い。
ああ、でも今この瞬間独神のことを考えるのは間違いだった。喉が渇いて仕方がない。牙がひどく疼くのだ。

(もう来やがったか……)

光は差さないが、おそらく日が変わったことは理解できる。投げ込まれたのが夕方くらいで、今この状況というのはまだ夜明けすら遠いのだろう。この状況で一日待つのは長い。
喉の渇きや飢えを飲食をしていないせいにするのには限界があった。

(つーかアマテラスかカエルあたりが握り飯の一つでも置いていくと思ったんだがな)

まぁ置いて行かれても轡を噛まされていては食べれはしないのだが。厠に行けないことを考えればむしろ食事をとらずにいて正解だったのか?飢えと渇きを誤魔化すために考えを巡らせるが、一度意識してしまったものはなかなか消えてはくれない。

(頭、は他のやつに何かされてねェだろうな)

大切なものを害されたくないという考えより、自分の好物を横取りされたくないという思考なのが始末に負えない。他のやつらに取られるくらいなら自分の手で直接食らってしまいたいと、偽りなくそう思ってしまうのがこの本殿に来てからも消しきれなかった鬼の性というやつなのだろう。
ああ喉が渇いた。誰かを引き裂いて、その血潮で満たされたい。
目を閉じて眠ってしまおうとしても空腹感と渇きのせいで眠れやしない。

(このまま縄を千切らねェよう、何も意識しなきゃいいだけだ。別に難しくなんかねェだろ)

たかだか一日のことだ、とシュテンドウジが目を閉じようとする。暗闇の中でよく利く目が今日はやけに冴えていて、それが癪に障ったからだ。
視界が正真正銘暗闇に包まれる。寝て起きたらきっと昼くらいにはなっているだろう。
眠れることを信じて、シュテンドウジは思考を殺すことにした。








それからどれだけ時間が経っただろう。
外の厳重に掛けられたであろう錠が鳴る音でシュテンドウジは再び目を開いた。眠れた、とは思えない。一体だれが何の用で。今更食事のことを思い出したのだろうか。だが今は一切の拘束を緩められたくはない。
しばらくして音が止む。扉が開かれた際の外の明かりを警戒し、シュテンドウジは目を細めたが一向にそれはやってこない。

「シュテン、だいじょうぶ?」

陽光の代わりに目に入ったのは、片手に燭台を携えた独神だった。外は雲が掛かっているのか星の光すら満足に届かない。

(なんで、ここに)

早く帰れ。そう怒鳴ろうとするが口には轡がされている。派手に叫べば忍の誰かが気付いてこの愚かな独神を連れ帰ってくれるはずだ。
興奮した様子でシュテンドウジが暴れるのを、独神は逆の意味で取ったのだろう。普段通りの柔らかい笑みを浮かべて近づいてくる。
違う。違う。違う!こっちに来るな!
必死に首を横に振るシュテンドウジに、独神は気付いてはくれない。

「こんなにひどいことをする必要、無いのにね」

そうではない。自分から言い出したことだ。だが轡を噛まされたままでは反論一つできやしない。そのことを汲んだのか、息が苦しそうだと思ったのか、どっちか判別はつかないが独神はそっとその細腕をシュテンドウジの後頭部へとまわした。柔らかい肉のついた細い腕はシュテンドウジにとって絶好の御馳走にしかならないというのに。
ああいやだ、やめてくれ。轡がなくなったら目の前の存在に、シュテンドウジは簡単に噛みつけるのだ。
暗闇の中だというのに独神は器用に、おそらく容赦なく固結びされたであろうそれを解こうとする。モモタロウが全力でやったそれを独神がどうにかできないだろうというのが唯一の救いだった。
しかし、どういうわけか噛まされた布は左右にだらりと垂れてしまった。

「大丈夫?ほら、これでもう苦しくないよ」
「頭、逃げろ……。逃げるか、誰か呼べ。叫べ。はやく、しろ!」

目の前に肉がぶら下がっている。鎖でつながれた犬のように、柱に縛り付けられたシュテンドウジは独神に向かって行ってしまいそうな身体をどうにか理性で押さえつけていた。

「まだシュテンが縛られてるじゃない。大丈夫、すぐにほどいてあげるからね」
「いらねェっつってんだろ!これは、おれが自分から望んだことなんだよ!」

女の肉だ。柔らかい肉だ。喉や首が無防備に晒されているのがたまらない。牙を立てて割けばきっと活きの良い生き血が楽しめるに違いない。
そんな思考に囚われそうになるのを、シュテンドウジは首を横に振って掻き消そうとする。だが、抱きしめられるようにして腕を回されてしまえば、それも焼石に水だった。

「や、めろ。マジで、なぁ、頭、マジでおれは言ってる。頼むから」

息が荒くなるのをシュテンドウジは感じていた。独神だって気付かないとは思わない。何故こんな拷問めいた真似をするのか。慕って止まない独神が今回ばかりは憎らしくてたまらない。
少しシュテンドウジが顔を動かせば、牙をかすめるような場所に首があるのだ。

「くすぐったいよ。ちょっと待って。大人しくしていて」

ほんの少し触れてしまっても、こんな調子で話になりはしない。この時シュテンドウジ自身が声を上げて誰かを呼べば良かったが、そんなことを思いつける余裕など残ってはいない。
目の前にはごちそう。絶対に口をつけないときめたごちそうがある。鴨が葱を背負って来る、なんていうのよりもっとひどい。既に調理されて口の中に飛び込んで来られた心地だった。
あとは噛みつくだけ。咀嚼するだけ。飲み下すだけ。
離れてくれ、と懇願するシュテンドウジをしり目に独神は獣を鎖から解き放とうとしている。
もう既に轡はされてはいないのに、シュテンドウジは口を閉じることができない。いや、今閉じるわけにはいかない。既に彼の牙は独神の首をとらえている。今閉じてしまえば独神に噛みついてしまうことになる。
首を引いてしまえばいいけれど、もうそれすらもできない。独神のうまそうな匂いを間近で感じて何事もなかったかのように離れるのは、もう既にシュテンドウジにはできない芸当だった。
このまま牙を立てたなら、肌に血がぷくりと広がって、そこから一滴垂れて行く光景を想像して勝手に喉が鳴った。久しく食らっていない人の、それも女の肉だ。どんな味がするのか、考えるだけで腹が減る。

「ずっと我慢してたんでしょう?大変だったね。痛かったね。辛かったね。でももういいんだよ」

堪えきれず、思い切り首筋に噛みついたはずの牙は空を切り歯を鳴らしただけ。


「今日くらい鬼になったっていいんだよ」







シュテンドウジが気が付くと、薄暗い建物の中で座り込んでいた。近くには布が一枚と、おそらく刃物で切断されたのであろう縄が散らばっている。
何故こんなところにいたのだったか。それを考える前に、シュテンドウジは渇きと飢えを思い出す。
酷く腹が減った。こんな時はなにを食えばいいか、分かっている。
ああ、何かを理由にここにいた気がするのだが、どうにも思い出せない。
まぁいいか、とシュテンドウジは肩を鳴らしながら倉庫の外へとのろのろと歩き出した。



「いってらっしゃい。他の英傑には気を付けて、日付が変わったら戻ってきてね」