バレンタインSS
※二つのやつはどっかの話と繋がってますが、単体でも楽しめます
※四本ありますが全員別の世界線の独神で別人ですし、別のシュテンドウジなので別鬼です
※××で話の区切りです
見透かされたのかと、そう思った。
特別におれもついてくる、なんていう軽口を叩いた当人は上機嫌な笑みを浮かべている。
「は……」
うまく言葉が出てこない。正しい返答は何なのか、独神であるわたしが必死に思考を巡らせている。
「冗談にしては悪趣味だ」?本気だとその後に逃げ道を塞がれているのに?
「ありがとう、嬉しいよ」?彼に分かりやすい嘘をつけと?
拒絶したいわけではない。だからといって受け取れはしない。
人とは何とも不思議なもので、喉から手が出るほど渇望していたものをいざ差し出されるとどうしたらいいか分からなくなるのだ。
どうしたらいいのか、考えて、そうして迷って、気が付いたらシュテンドウジの顔に手は伸びていた。
「あ?なんかついてたか?……いや、違うか」
火傷をしないように嵌めていた鍋掴みを彼は手早く外す。そうして乾餅が並べられた鉄板の隣へと放った。
「いいぜ?ほら、来いよ」
そういって、こちらへと手を広げてくるのだ。それくらい構わない、という体で。
彼は私が許さなかったことを簡単に許してしまう。許さずに、結局卑怯な手段で触れることしか叶わなかったものを。
一歩距離を詰めてしまえば、彼の両腕が私の身体を確かに抱きとめる。彼の首へとまわした両腕に力を込めると、シュテンドウジは笑った。
「これくらい普段からいくらだってしてやるのに」
あやされているのだろうか。幼子扱いされているのだろうか。だが、それでもかまわなかった。
ただの抱擁がこんなに満たされるなんて、知らなかったのだ。
「わたし、わたしね、シュテン、ばかみたいだけど聞いてほしい」
気持ちなど手に入るわけがないから諦めていた。独神には許されないことだと言い訳をした。
だけど、諦めきれなくて、彼の知らない間に彼に何度も触れた。
それで自分のものにしたつもりになって満足した気になっていた。
だけど、違う。本当に私が欲しかったのは。
「こうして、あなたと正面から抱き合ってみたかったんだよ」
吐息を奪い合うことでもなく、まぐわうことでもなく、ただこうして抱擁一つで涙が出そうなくらいに満たされるなんて。
そんな簡単なことをわたしは知らなかったのだ。
××××××
「い」
「い?いらねェ、とか言うなよ。つーかおまえ、普段から言い寄ってきてるくせに手の平返すつもりか?」
「一日だけとかヤダ!!!結婚しよう!!!」
心配したおれが馬鹿だった。
この独神という存在はそういえばそういうやつだ。開けっ広げで押しが強くて、普段は聡明なくせに途端に馬鹿になる。
他の英傑にとられるのはどうにも癪だから、という理由で普段よりなんとなく甘く接してしまったらご覧のあり様だ。謙虚なくせに強欲で、幼い。
「まぁごねるならごねるでいいんだけどな、頭」
「ううっ……。だってシュテンがこれ全部くれる、ってことは本命でしょ?本命血代固ってことにならない?」
まぁ、そうなるのだが。こういうところばかり察しが良いのが本当に憎たらしい。
運命だとこちらを呼んでくる、ものを知らない愚かな独神。愛おしく思ってしまう女。
「そりゃあ頭以上に感謝する相手なんかいないだろ。さっきの話聞いてたか?」
「ぐぬぅ!でもいいです!!嬉しい!!大好き!!」
使い古され軽くなった好意の言葉を、こちらがどう受け取っているかも知らないで。
溜息をつけばしまりのない笑顔が向けられる。そこは反省して申し訳なさそうにするとこだろうが。
「ねぇ、シュテン、実はさ、あのね、えっと……」
歯切れの良い独神の言葉が途切れると、大体ろくなことにならない。それはずいぶんと昔に学んだことなのだが、どうしたって普段よりもしおらしい態度は珍しいし、普段よりもぐっと来てしまう。滅多にない機会だから少し様子を見ていいか、と思ってしまうのは本能的な快楽を優先しがちな鬼の性とでもいうべきか。
「実はその、私も用意してて……」
こんな日だから忍が周囲に潜んでいるとでも思ったのか、いつもよりも抑えた声色で独神は言う。
まぁ、それはそうだろうよ。知ってた。
なんて思いつつもこれで万が一他のやつに渡しているのを見たら……。冷静でいられる自信はあまりない。
一日おれを貰っておけ、なんて言ったのはこっちだ。それに独神から貰えるものは貰っておく主義だ。ちょいちょいと小さくこちらを呼ぶ仕草が可愛らしくて癪に障る。頬でも抓ってやろうかと考えたがやめておく。今日はばれんたいんだ。素直に言いたいことは言わせてやればいいし、望みを出来る限りかなえてやりたい。普段つれない態度をとっているのだからそれくらいしてもいいだろう。
「それで?何を作ったんだ?あ、さては酒か?」
一体そんなものをどこに隠した……、などと考える間もなく、目の前には背伸びをした独神の姿。
頬に触れるのは柔らかな感触。
「ほ、本命です……」
「……そりゃ、そうだろ」
なんでこの程度の接触でこんなに顔を熱くさせているのか。
おそらく恥じらって俯いていた独神は、こちらの表情なんて見えていないはずだ。それだけが救いだろう。
もう一度溜息をついてから、長くなりそうな一日に思いをはせる。藪蛇。その単語が脳裏をよぎったが、時は既に遅かった。
××××××
一日自分をくれてやる。そう言われた時、しめたと思った。
悪趣味にも声色に普段は見せない色気を込めて言ってくるような鬼に対して、そろそろ見切りをつけた方が良いのだろう。
だから言ってやったのだ。
「ばれんたいんは恋人同士で過ごすものなのでしょう?だったら一日だけ恋人になってほしい」
前からそういうものに興味があったけれど、作ってしまえば揉め事に繋がるから。建前だけは大層に、あくまでも元から特別な意識などは欠片もしていないのだ、という調子で。
言われた側のシュテンドウジはそんな返しが来るとは夢にも思わなかったのだろう。きょとん、と面食らった様子で何度か瞬きをしていた。
流石に怒られるだろうか。咎められたらそれはそれで言い返してやろう、そんな反撃の準備は肩透かしに終わる。
「ああ、いいぜ。今日一日、おれはおまえのもんだからな」
それ以外の答えなど、まるで知らないかのように悪鬼は笑むのだ。
恋人になのだから逢引(でーと)をしてみたい。恋人同士の行くような場所に行ってみたい。
そう切り出すと二つ返事でシュテンドウジは了承する。本当に今日はこちらの望みを全て受け入れ、尽くすつもりであるらしい。
意外だ、と思った。失礼な話ではあるけれど、シュテンドウジが酒と肉欲の絡まない、当たり障りのない言い方をすればごく普通の出掛けるような場所を知っているとは思えなかったからだ。
そもそもこの鬼は恋人という存在を大事にできるのだろうか。恋愛やそういったものが絡んだ時今まで培ってきた悪鬼の言動がモロに出てしまいそうなものなのに。
いや、違う。これは願望だ。自分がその立場になることはこんな機会でもない限りあり得ない。だから思ったより良いものではなかったと、そう思って幻滅したいだけ。
「頭?どうした?疲れちまったか?」
何かを話してくれていたのだろう。
少しばかり考え事をしていたこちらを、彼は甲斐甲斐しく心配そうに見つめている。
「今日はあれからずっと菓子作りしてたもんなぁ」
どうする?帰るか?次に聞こえてきそうな言葉はもう予想が出来ている。でも帰ってなどやるものか。言い出したのはあちらなのだから、今日一日くらいは付き合って貰わなければ。
まぁ、だが、それも良いのかもしれない。面倒くさがられれば目が無いと諦めもつくというものだ。思わせぶりな態度を散々取っておきながら、いざこちらがその気になってしまえばそれとは酷い男がいたものだろう。彼は元々悪鬼であるのだからそれで正解なのかもしれないけれど。
「どうする?」
「そうだね。ちょっと疲れたかもしれない。ごめんね」
あとは来た道を引き返すだけになる。帰ろうと先に言おうとしたのはせめてもの自尊心を守りたかったからだ。
「気にすんな。大人しくしとけ」
構わない。そんな態度に傷ついたのも束の間、彼はこちらを抱え上げる。
「えっ、なに?シュテン?」
「んー?」
「いや、んー?じゃなくてね?なんで私抱き上げられてるの?」
「そりゃ頭が疲れたからだろ?これなら疲れねェし、おれも頭に合わせる必要はねェし、良いことだらけだな」
こちらの疑問符を詭弁で彼は言いくるめようとする。いや、だって、こんなのは。
「別にいいだろ。今日はおれと頭は恋人なんだろ?」
「恋人同士って外でこんな風に触れ合うものじゃないでしょう?!」
「そうでもねェだろ。こら、暴れんな。そっちの方が危ないだろ」
「そうでもあるの!それに、シュテンももう疲れてるでしょう?」
もうままごとに付き合う必要はない。あとは帰って好きな相手と過ごせばいいのだ。だって今日はばれんたいん。思う相手と過ごす日なのだろう。
「おれが?あの程度で疲れるかよ」
抱える腕の力は増すばかりで、抵抗しても無駄だと思い知らされる。下ろしてくれるつもりは無いのだろう。そこまでむきにならなくても良いものを。帰ってからほんの少しそれっぽく接すればそれでおしまいだろうに。
「なぁ頭、おまえさ」
呼ばれてしばらくぶりにシュテンドウジと目が合った。
水色の、美しい青空のような瞳が今は別の色をしているように見える。きっと影になっているせいだと思いたい。
「今更引き返せると、マジで思ってたのか?」
××××××
※一個上のif展開みたいなそういう感じ
一日だけの恋人ごっこを、彼は思っていた以上に完璧にこなしてくれた。
誰かに声を掛けられても「可愛い連れが拗ねちまうからな」なんて言ってこちらの肩を抱いてくるし、頭という呼び方もしないようにしていたような気がする。
「可愛いおまえ」「愛しいおまえ」「おれのおまえ」そんな呼び方は今日以外に使われることはきっとないのだろう。
「楽しかったよ、シュテン。ありがとう」
部屋の障子戸の前までわざわざ送ってくれたシュテンドウジに、終わりの言葉を告げる。
一日街を歩いて、ただの恋人のように腕を組んで、ただの恋人のように買い物をして、ただの恋人のように食事をして、そして帰りに寄り道をして雰囲気の良い高台から湖面にうつる月を眺めたり。
「どうしてこんなところを知っているの?」と聞けば「おれだってひとりで飲みたい時だってあるってことだ」と苦笑されたけれど、それ以上は何も教えてくれなかった。
聞きたいと思ったが、一日だけの関係であるのならこれ以上の深入りはすべきではない。この遊びも一日だけのことなのだから。
「なら良かった。おまえに楽しんでもらえたなら行った甲斐もあるってもんだ」
普段はこちらの頭を撫でる手が、何故か今は頬を撫でている。どうやら恋人ごっこは彼の中でまだ継続しているようだ。
「うん。シュテンにこう、なんていうか、一日口説かれてるみたいでどきどきしちゃった」
過去形ではなく現在進行形なので心臓に多大な負荷がかかっているのだが、直接「もういいよ」と言ってしまうのはどうしても躊躇われる。できることならこの時間がずっと続けばいいのに。
独神と英傑、ではなく本当にただの恋人になれたならどんなによかっただろう。
「そろそろ湯浴みをして寝ないと。……今日は本当にありがとう。いい夢が見れたよ」
「……そうか?」
「そうだよ。だってシュテン、思っていた以上に良い男だし。よそ見とか全然しないの意外だった」
「バーカ。かわいいおまえより優先するもんなんざあるか」
ずっとこの調子だ。普段ならここで頬を抓られるところなのだけれど、愛おし気に頬を撫でる手は時々人差し指でこちらの耳に触れたり、唇の端を掠めるだけでそんな色気のないことはしてこない。
どうにもおかしい。からかっているというのであればそろそろ「なんてな」と切り上げの合図が出てくるはずなのだ。
「ええ、と、あの?」
「恋人同士なんだし、一緒に入るか?」
「ないよ!」
「なんだ。つまんねェの」
冗談だとはシュテンドウジは言ってくれない。冗談めかしているけれど、マジだとも嘘だとも言ってはくれない。
非常に判断に困る。そういうところがこの鬼は悪質なのだ、と内心毒づいているこちらに気付いたのかはわからない。わからないが、シュテンドウジはふ、と声を漏らした。慈愛の籠った笑みを浮かべてこちらを見つめている。
「それとも一緒に寝ちまうか?」
「流石にそれは洒落にならないからだめだよ。流血沙汰だよ」
翌朝他の英傑によってシュテンドウジが粛清される姿が容易に想像できる。皆して独神に過保護なのだから、そうはならなくともそれに近い事態にはなるだろう。
「今は恋人同士だから別に問題なくねェか?」
「それは……」
「おれは一日おまえの恋人、そうだろ?」
もう夜だ。この先も恋人として接する意味がどういった行為に繋がるのか、私は知らないわけじゃない。
もう十分だよ。いい加減自分でケリをつけようとした言葉は、シュテンドウジによって遮られた。
「頭」
随分と長く使われなかった気がする呼び方だ。
これで元通りの二人に戻るだけ。弄ばれた心臓がようやく一息つけると安心したところで、彼の手が離れていないことに気付いた。明確に意味を持って、その親指がこちらの唇をなぞっている。
シュテンドウジの顔を見て問いかけようとする前に、彼は空いたままの頬に顔を寄せて、もう一度こちらを呼んだ。
「なぁ、頭」
耳元をかすめる吐息に身体を震わせると、彼は小さく笑ったようだった。
「明日はどうする?」