酔った勢い
こんなはずではなかった。最高に後悔しているし、生きていることをやめてしまいたい。
半泣きになりながら、文机に突っ伏すと、乱暴な音と共に扉が開いた。こんなつもりではなかったのだ。
私は昨日、酔っ払ってお伽番に告白をしている。
弁解が許されるのであればしておきたいのだけれど、私は元々気持ちを告げるつもりなどほんのひとかけらもなかったのだ。
彼から慕われているという自覚はあるけれど、それが自分と同じような恋慕だとは思えなかったし、シュテンドウジにそういった目でみられるにはいかんせん魅力が足りない自覚もあった。
これで自分が傾国と言われるタマモゴゼンくらい美しければ、これで自分が八傑の皆のように並び立って戦えるような武力があれば、これで自分が酒豪と呼ばれるくらい一緒に酒を飲んで楽しむことのできる性質であれば、もう少しの希望くらい持てたのに。
そう、私は別に酒が強くない。それにそんなにお酒が好きなわけではない。辛党か甘党で言えば甘党だ。ただシュテンドウジに誘われるとつい飲んでしまう。
好きな相手の誘いを断れるか?いいや、断れない。酒の類は下手をすると命の危険があるから本来なら断った方が良いということも重々承知だ。ただどうしても「いいだろ?」と言われると断れない。惚れた弱みというやつである。断ろうとすると露骨に表情が曇りしょんぼりとするのはあざといからやめた方が良い。断れないのだが。
そんな調子でちょろあまい私は昨夜もシュテンドウジの誘惑に負けて、まず二杯ほど飲んだ。強くないけれど一杯でぐでんぐでんになって前後不覚になるような可愛らしい弱さも持っていない私は、そのままへらへらしながら次の杯をどうにか遠慮しようとして、やっぱり失敗した。
これで体調不良でも起こして吐けたら遠慮もしてくれようが、私は酔いがある一定を越えると寝てしまう種類の人種らしく、どこかで制御ができているのか酒が原因で嘔吐したことはない。
いいや、吐きたいわけではないけれども。そもそも恋慕う相手の前で吐くのは多分すべての終わりだ。
そうして三杯目。ついに酔いがまわってきて、だんだん自分の行動に歯止めをかけられなくなってきた。絶妙な酔い具合だったと思う。これ以上酔ったならおそらく寝落ちるという一歩手前、なんだか楽しくなってふわふわして、それでも意識は失わない程度という本当に絶妙な加減。
そんな状況では表情だけではなくいろんなものがゆるゆるになっていた。普段は答えないような質問も条件反射で返してしまうし、普段絶対に言わないような本音がぽろりと口から漏れた。
「いいなぁ、皆は」
「なんだよ主。そんなこと言うなんて珍しいじゃねえか」
「どうした?なんか嫌なことでもあったか?」
私を挟んだ八傑の酒飲みの二人が次から次へと心配の言葉を投げかける。酔わせるというのは、こうして普段出さない愚痴や弱音を聞きだす目的もあるのだろうと思う。こちらにしてみれば困るのだけれど。
「皆仲良くていいなぁ……。私もああなりたい」
目線はコノハナサクヤに絡まれるニニギの方へと向けながら言ったと思う。
「なんだ?主は連れ合いが欲しいのか?」
「そりゃあほしいよ。好きな相手と一緒にいる約束をしたいし、その相手の特別になりたいよ」
普通に座っているのが億劫になって床へと寝転がった。ここにジライヤや理性的な英傑がいれば叱られたに違いない。しかしこの場にいるのは酒の入った理性はとうに投げ捨てた英傑勢だ。飲めや歌えや踊れやの乱痴気騒ぎは日常茶飯事である。その中で一人床に突っ伏して寝たところで大した問題ではない。
「どうせ寝るならこっちにしとけ。膝貸してやる」
そう言って、彼は軽く膝を叩いてこっちに来いと呼びかける。だがそこに飛び込むにはいささかまだ恥じらいが殺しきれなかった。
「ひゅーっ!シュテンドウジいい男ー!でも恥ずかしいから床にする!床、冷たい!」
「そこで恥じ入って床に蹲る主に相手を作るのは無理じゃねえか?」
「床……好きだ……付き合おう……」
「無理だろ」
最早何を言っているかわからない。恥ずかしいと言った私を他所に、シュテンドウジは私の襟首を引っ掴むと膝の上へと移動させた。床よりは寝心地の良く、ぬくもりもある寝床に移動させられた私にじわじわと眠気が襲い掛かる。
「主はどういうやつが好きなんだ?好みの一つや二つくらいあるだろ?」
「んーーー?好みぃ?」
この辺りで私の思考はままならなくなっていたということを誰にというわけではないけれどお伝えしておきたい。
「おれだろ」
「せーーかい!」
のりのりで指までさしていたと思う。そんな私にスサノヲは「は?」と声を漏らしていたけれど、酔っていた私には関係がない。走り出した台車は止まらない。事故はおこるよどこででも。つまりはそういうことで、いやもうどういうことか分からない。
「あとはね〜、おいしい夜食を差し入れてくれるとか」
「おれだな」
「せーーーーかい!」
なんだか眠くてそして楽しい。気分は高揚していたと思う。楽しい時は大体後のことなんて何にも考えていないのだ。
「いや、普通にウカノミタマとかいるだろ」
「あとはーー、強いとやっぱりかっこいいと思う」
「おれだな」
「せーいかい!」
「それオレ様もじゃねえか?」
それからいくつか聞かれたり答えたりした気がする。どれも繋がるのは、私がシュテンドウジを好きだということ。
散々私の口から失言を引き出したシュテンドウジは最後にこう言った。
「ただのおれじゃねェか。そんなにおれのことが好きか?」
「だいすき!!!!」
申し訳程度の恥じらいよ、どうして死んでしまったのか。あとは誘導尋問というやつだった。
「そうかそうか。頭はそんなにおれのことが好きか。じゃあおれが連れ合いになってやるしかねェな?」
「なってほしい。だいすき、ずっといっしょに……」
そのあたりで記憶は途切れている。
酒を飲むにあたり、一番嫌なことはこの残る記憶だった。酔っ払って恥をさらした上に、その記憶が丸々残るのだ。意識が途切れる直前まで鮮明に残るそれは翌日の私をいつも殺す。
そう、明らかにシュテンドウジの方は冗談なのだ。冗談なのに酔っていたとはいえだいぶ重めに告白してしまった。
眠ってしまうまでの記憶はすべて覚えている。片手で盃を持ったまま、もう片方の空いた手で次の酒を探すわけでもなくつまみを物色するでもなく、ただ私の頭を撫でてくれていたこと。柔らかい笑顔に、からかうような少し悪い顔。思い出す度に胸は締め付けられる。
「何ひとりで百面相してんだ」
「ひゅっ……。お、おはようございます」
「おう。おはよーさん」
私が寝落ちしてからも酒を飲んでいたであろうシュテンドウジはけろっとしている。いっそ普段のように二日酔いでもしてくれていたら、記憶が丸々ないことにする心の準備だってできたのに。
「なんだよ。頭はおれが来ない方が良かったか?」
「いや、そういうわけじゃ……」
「だよなぁ?昨夜あんなに、おれがいないと寂しい、とか色々言ってたもんな」
「それは言ってなくない?!!!?!」
反射で反論してから、とんでもない失言をしたと気付く。シュテンドウジの口はにんまりと三日月を描いていた。
「そうだな。”それ”は言ってねェな?」
昨夜のことを問われる前に覚えていると暴露したも同然である。愚かの極みとはこのことか。
「じょ、じょうだんということに」
このまま最終的に笑い飛ばされるのは分かり切っているが、それでも言わずにはいられなかった。許してほしい。出来心だったのだ。あと酔っていたのだ。もう酒なんて二度と飲まないからな。
「するならこんな風に掘り返すと思うか?」
「だよねえ……」
シュテンドウジ的にも気まずいのだろうか。いや、もういいじゃないかそこは。軟派な男らしく「女主人の心まで奪っちまった!クハハ!」くらいの軽い気持ちで流してほしかった。
朝から振られるというのは精神的につらいものがある。許してほしい。こんなことなら二日酔いということにして部屋に籠城するべきだったか。それでも日々変わっていく八百万界の情勢には気を配らなければいけないし、仮にも英傑を束ねる立場にあるものが、密かに拗らせまくった恋情を暴露してしまった程度で役目を投げ出すことは許されないのだ。
「ようやく言質を取ったんだ。冗談なんかにはさせてやんねェからな」
「えっ」
「てなわけだ。これからも末永く頼むぜ?頭」
一体何を言われたのか。理解できずに瞬きを繰り返す私を他所に、シュテンドウジは手際よく本日の仕事を捌き始めた。
4/28 酔った勢い
半泣きになりながら、文机に突っ伏すと、乱暴な音と共に扉が開いた。こんなつもりではなかったのだ。
私は昨日、酔っ払ってお伽番に告白をしている。
弁解が許されるのであればしておきたいのだけれど、私は元々気持ちを告げるつもりなどほんのひとかけらもなかったのだ。
彼から慕われているという自覚はあるけれど、それが自分と同じような恋慕だとは思えなかったし、シュテンドウジにそういった目でみられるにはいかんせん魅力が足りない自覚もあった。
これで自分が傾国と言われるタマモゴゼンくらい美しければ、これで自分が八傑の皆のように並び立って戦えるような武力があれば、これで自分が酒豪と呼ばれるくらい一緒に酒を飲んで楽しむことのできる性質であれば、もう少しの希望くらい持てたのに。
そう、私は別に酒が強くない。それにそんなにお酒が好きなわけではない。辛党か甘党で言えば甘党だ。ただシュテンドウジに誘われるとつい飲んでしまう。
好きな相手の誘いを断れるか?いいや、断れない。酒の類は下手をすると命の危険があるから本来なら断った方が良いということも重々承知だ。ただどうしても「いいだろ?」と言われると断れない。惚れた弱みというやつである。断ろうとすると露骨に表情が曇りしょんぼりとするのはあざといからやめた方が良い。断れないのだが。
そんな調子でちょろあまい私は昨夜もシュテンドウジの誘惑に負けて、まず二杯ほど飲んだ。強くないけれど一杯でぐでんぐでんになって前後不覚になるような可愛らしい弱さも持っていない私は、そのままへらへらしながら次の杯をどうにか遠慮しようとして、やっぱり失敗した。
これで体調不良でも起こして吐けたら遠慮もしてくれようが、私は酔いがある一定を越えると寝てしまう種類の人種らしく、どこかで制御ができているのか酒が原因で嘔吐したことはない。
いいや、吐きたいわけではないけれども。そもそも恋慕う相手の前で吐くのは多分すべての終わりだ。
そうして三杯目。ついに酔いがまわってきて、だんだん自分の行動に歯止めをかけられなくなってきた。絶妙な酔い具合だったと思う。これ以上酔ったならおそらく寝落ちるという一歩手前、なんだか楽しくなってふわふわして、それでも意識は失わない程度という本当に絶妙な加減。
そんな状況では表情だけではなくいろんなものがゆるゆるになっていた。普段は答えないような質問も条件反射で返してしまうし、普段絶対に言わないような本音がぽろりと口から漏れた。
「いいなぁ、皆は」
「なんだよ主。そんなこと言うなんて珍しいじゃねえか」
「どうした?なんか嫌なことでもあったか?」
私を挟んだ八傑の酒飲みの二人が次から次へと心配の言葉を投げかける。酔わせるというのは、こうして普段出さない愚痴や弱音を聞きだす目的もあるのだろうと思う。こちらにしてみれば困るのだけれど。
「皆仲良くていいなぁ……。私もああなりたい」
目線はコノハナサクヤに絡まれるニニギの方へと向けながら言ったと思う。
「なんだ?主は連れ合いが欲しいのか?」
「そりゃあほしいよ。好きな相手と一緒にいる約束をしたいし、その相手の特別になりたいよ」
普通に座っているのが億劫になって床へと寝転がった。ここにジライヤや理性的な英傑がいれば叱られたに違いない。しかしこの場にいるのは酒の入った理性はとうに投げ捨てた英傑勢だ。飲めや歌えや踊れやの乱痴気騒ぎは日常茶飯事である。その中で一人床に突っ伏して寝たところで大した問題ではない。
「どうせ寝るならこっちにしとけ。膝貸してやる」
そう言って、彼は軽く膝を叩いてこっちに来いと呼びかける。だがそこに飛び込むにはいささかまだ恥じらいが殺しきれなかった。
「ひゅーっ!シュテンドウジいい男ー!でも恥ずかしいから床にする!床、冷たい!」
「そこで恥じ入って床に蹲る主に相手を作るのは無理じゃねえか?」
「床……好きだ……付き合おう……」
「無理だろ」
最早何を言っているかわからない。恥ずかしいと言った私を他所に、シュテンドウジは私の襟首を引っ掴むと膝の上へと移動させた。床よりは寝心地の良く、ぬくもりもある寝床に移動させられた私にじわじわと眠気が襲い掛かる。
「主はどういうやつが好きなんだ?好みの一つや二つくらいあるだろ?」
「んーーー?好みぃ?」
この辺りで私の思考はままならなくなっていたということを誰にというわけではないけれどお伝えしておきたい。
「おれだろ」
「せーーかい!」
のりのりで指までさしていたと思う。そんな私にスサノヲは「は?」と声を漏らしていたけれど、酔っていた私には関係がない。走り出した台車は止まらない。事故はおこるよどこででも。つまりはそういうことで、いやもうどういうことか分からない。
「あとはね〜、おいしい夜食を差し入れてくれるとか」
「おれだな」
「せーーーーかい!」
なんだか眠くてそして楽しい。気分は高揚していたと思う。楽しい時は大体後のことなんて何にも考えていないのだ。
「いや、普通にウカノミタマとかいるだろ」
「あとはーー、強いとやっぱりかっこいいと思う」
「おれだな」
「せーいかい!」
「それオレ様もじゃねえか?」
それからいくつか聞かれたり答えたりした気がする。どれも繋がるのは、私がシュテンドウジを好きだということ。
散々私の口から失言を引き出したシュテンドウジは最後にこう言った。
「ただのおれじゃねェか。そんなにおれのことが好きか?」
「だいすき!!!!」
申し訳程度の恥じらいよ、どうして死んでしまったのか。あとは誘導尋問というやつだった。
「そうかそうか。頭はそんなにおれのことが好きか。じゃあおれが連れ合いになってやるしかねェな?」
「なってほしい。だいすき、ずっといっしょに……」
そのあたりで記憶は途切れている。
酒を飲むにあたり、一番嫌なことはこの残る記憶だった。酔っ払って恥をさらした上に、その記憶が丸々残るのだ。意識が途切れる直前まで鮮明に残るそれは翌日の私をいつも殺す。
そう、明らかにシュテンドウジの方は冗談なのだ。冗談なのに酔っていたとはいえだいぶ重めに告白してしまった。
眠ってしまうまでの記憶はすべて覚えている。片手で盃を持ったまま、もう片方の空いた手で次の酒を探すわけでもなくつまみを物色するでもなく、ただ私の頭を撫でてくれていたこと。柔らかい笑顔に、からかうような少し悪い顔。思い出す度に胸は締め付けられる。
「何ひとりで百面相してんだ」
「ひゅっ……。お、おはようございます」
「おう。おはよーさん」
私が寝落ちしてからも酒を飲んでいたであろうシュテンドウジはけろっとしている。いっそ普段のように二日酔いでもしてくれていたら、記憶が丸々ないことにする心の準備だってできたのに。
「なんだよ。頭はおれが来ない方が良かったか?」
「いや、そういうわけじゃ……」
「だよなぁ?昨夜あんなに、おれがいないと寂しい、とか色々言ってたもんな」
「それは言ってなくない?!!!?!」
反射で反論してから、とんでもない失言をしたと気付く。シュテンドウジの口はにんまりと三日月を描いていた。
「そうだな。”それ”は言ってねェな?」
昨夜のことを問われる前に覚えていると暴露したも同然である。愚かの極みとはこのことか。
「じょ、じょうだんということに」
このまま最終的に笑い飛ばされるのは分かり切っているが、それでも言わずにはいられなかった。許してほしい。出来心だったのだ。あと酔っていたのだ。もう酒なんて二度と飲まないからな。
「するならこんな風に掘り返すと思うか?」
「だよねえ……」
シュテンドウジ的にも気まずいのだろうか。いや、もういいじゃないかそこは。軟派な男らしく「女主人の心まで奪っちまった!クハハ!」くらいの軽い気持ちで流してほしかった。
朝から振られるというのは精神的につらいものがある。許してほしい。こんなことなら二日酔いということにして部屋に籠城するべきだったか。それでも日々変わっていく八百万界の情勢には気を配らなければいけないし、仮にも英傑を束ねる立場にあるものが、密かに拗らせまくった恋情を暴露してしまった程度で役目を投げ出すことは許されないのだ。
「ようやく言質を取ったんだ。冗談なんかにはさせてやんねェからな」
「えっ」
「てなわけだ。これからも末永く頼むぜ?頭」
一体何を言われたのか。理解できずに瞬きを繰り返す私を他所に、シュテンドウジは手際よく本日の仕事を捌き始めた。
4/28 酔った勢い