※裸とか出てくるけどまったくやらしくない




「主様、ついに気になる方ができたのですね!ではその方との縁をぎゅーっと!固く!絶対に解けないように!結ばせていただきますね!」



ほんの軽い気持ちで漏らした恋バナは思わぬ地点に着地した。
シュテンドウジが好きだ。
燻らせていた思いをぽつりと零して「まぁでも憧れ、みたいな。そんな恋仲になろうなんて思ってないよ」と〆たのだが、どうにも相手が悪かった。
ククリヒメは張り切った様子で一本の緋い糸を捕まえると、いつの間にか私から伸びていた糸と丁寧に丁寧に固く結びつける。何重にも何重にも、結ばれているというより絡まったと言っても差し支えの無いほどに。

「あの、それ、やりすぎじゃ……?」
「大丈夫です!ククリにお任せください!」

止めようとしても、その糸というのは縁結びを司るククリヒメにしか触れないらしく、こちらはもうこんがらがっていく糸を眺めていることしかできない。
……そうして僅か数分の間に、思い人との縁は強固に結ばれてしまったらしい。

「はい、これで大丈夫です!これで主様とお相手の縁は絶対に途切れることはありません。ククリが保証します!」

軽く「応援しますね!」くらいの言葉がもらえれば十分だったのだけれども。
いつの間にか見えなくなった緋い糸の、二本がやけくそ気味にこんがらがった姿はしばらく忘れることができないだろう。








「縁結びといっても確実じゃあないし、それにイザナギとイザナミのことを考えたらそんなでも……」
そう思っていた時期が私にもあった。




「うおっ……。頭、悪ィな。前見てなかったぜ。大丈夫か?」

ごく普通の曲がり角で、今日もまたシュテンドウジと文字通り鉢合わせになる。
ほんの少し本殿の中を歩いているとこれだ。曲がり角で二日に一回はシュテンドウジとぶつかってしまう。毎回曲がり角ですれ違うだけでも珍しいというのに、それにわざわざぶつかるとまでおまけされれば、たかが偶然だろうと言い切れなくなってくる。
最初は尻もちをついてしまっていたが、二回目からはシュテンドウジに抱き留められるようになり、三回目は衝突時にお互いの装飾品が引っかかって離れられなくなるなんて事態に発展した。
そうしてこの衝突は何度目か、恥ずかしいので数えるのはやめてしまった。

「これでも気をつけてんだけどな……。大丈夫か?鼻血とか出てねェよな?」
「出てない出てない。そんな強くぶつかったわけでもないし……」

実際気をつけているというのは事実なのだろう。ぶつかったときの衝撃は最初の時と比べ格段に減っている。それでもこのベタな衝突が無くならないのはククリヒメの加護のせいなのか。
こちらに問題がないことを確認して安心したのだろう。シュテンドウジは自然な手つきで腰にまわしていた腕を解いて、私から離れていく。そこに下心の一切を感じさせない、純粋な親切心で。

「最近ごめんね。ありがとう。……シュテン、案外紳士的だよね」
「案外ってどういう意味だ、オイ」

でもこれは縁結びになっているのだろうか?









「接触が増えたからといってそれは縁が結ばれていることにはならないのでは?」
そう思っていた時期が私にもあった。





女性向け絵物語で見たようなお騒がせ事件を起こしながら、日々は変わらず過ぎていく。
それでも妙に気まずくならないのは、今まで培ってきた信頼感があるおかげだろう。それと純粋にシュテンドウジがこっちを意識していないから。言っていて少しばかり悲しくなってきた。


「あ」
「あっ」


その日の天気は不安定で、曇り空はなんとなく気分が上がらなくて、そうしてほんの少しなら大丈夫かと花廊の方まで散歩に行った時に突然の土砂降り。本殿に戻るよりも霊廟の方が雨宿りをするのには近くて、それに霊廟には湯殿がある。今日は誰も霊廟にいなかったはずだから別に気にせず使ったって問題はないだろう。そう、たかをくくったのだ。最近の自分とシュテンドウジのあれそれもすべて忘却して。

「こ、これは違う!違うんです!雨に!!!ふられたから!!!あの!!!」

かわいさの欠片もない悲鳴を上げながら浴場から出ていこうとすると呼び止められる。一体何の言い訳なのか。いやでもほんとうに湯殿を使う際によこしまな気持ちなどひとかけらもなかったのだ。信じてほしい。
湯気のお蔭でこちらの姿もシュテンドウジの姿もお互いはっきりととらえられないだろうということだけが救いである。流石に好きな相手に唐突に体を晒す羽目になって、動揺しないような鉄の情緒は持ち合わせていない。

「頭、風邪ひくだろ。気にしないで入ってこい」
「いや、でも、裸では?」
「それともおれが出た方がいいか?言っとくが、下に手拭いなんざ巻いてねェぞ」

浴槽に隠れて見えない部分を想像して、首を横に振った。ちょっとそれはよろしくない。腹までは許容範囲だし、そういった部位を晒す英傑は珍しくもなんともないので耐性はある。ただ、下半身はだめだ。私にはまだ早い。

「うっ……お邪魔します……」
「おう、邪魔されるぜ」

シュテンドウジが下を隠すようの手拭いを持ち合わせていないように、こちらも隠す必要なんてないだろうと思っていたので隠すための物なんて当然持っていないのだ。
湯を冷めた体にかけていると、シュテンドウジの方からは欠伸を噛み殺した、眠たげな声が聞こえた。

「どうしてシュテンはここに?」
「霊廟は常に湯が張ってあって、しかも沸かしたばっかみたいに熱いだろ?兵舎の風呂より誰かと遭遇することも滅多にないから広く使えるし静かだからな」
「なるほど……」
「今日は休んでるやつがいねェから大丈夫だ、なんて思ってるとこうなるからな。次から気をつけろよ?」
「はい……」


こんな風呂場でばったり!なんてベタな案件に出くわしても、意識するのはこちらだけなんだろう。おそらくシュテンドウジはここ最近の件について、気にも留めていないだろうに。



そう思っていた時期が、私にもありました。







私とシュテンドウジが見据えるのは、外側から錠前の落とされた分厚い倉庫の扉だ。
今、私たちは狭苦しい倉庫に閉じ込められている。


「最近、こういうこと多いよなおれたち」


どう思う?頭、なんて聞かれても困る。あいまいに笑ってごまかすしかない。
そりゃあ流石に気にするよなあ。二日に一回ぶつかるとかどう考えてもおかしいもの。
最初はただの接触、続いて肌を晒す羽目になり、そうして最後一つの部屋へと閉じ込められたわけだ。
こんがらがったようにしか見えなかった縁結び、恐るべし。

「私のせいだ。ごめんね、シュテン」

壁を背にして、二人して座り込むしかない。シュテンドウジは「服が汚れるだろ」とこちらを膝の上に乗せようとしたが丁重に断った。そこまでできる勇気はない。

「なんで頭が謝んだよ。悪いのは中にまだおれらがいるって知らずに閉じ込めやがったやつらだろ」
「いや、最近のあれそれとかね、多分私のせいなんだよ」

シュテンドウジと親密になれたら確かに嬉しかったけれど、ここまでやってほしいとは全く思っていないし、そもそもこんなに縁結びの効果が強いならおそらく頼んでいない。

「別に頭が良いっつーならこんな扉ぶち破ってやるけどよ」
「この前確かこの扉、酔って壊したばっかりだよね?」
「……まぁ、頭より大切なもんなんかねェだろ」

扉を破壊して脱出した場合、怒られるのはシュテンドウジだ。この状況に陥ったのは、もとより私の雑念が原因である。そのせいで好きな相手が責められる事態は避けたい。

「ここから出たら、ククリヒメに元に戻してもらうよう頼むから。本当にごめん」

軽い気持ちで漏らした言葉がこんなことになるなんて。

「いや、その、シュテンともっと仲良くなりたいなあ、みたいな?そういう世間話みたいなことをしてたらね、ククリヒメが本気で縁結びをしちゃったみたいで」
「……」
「いや、あの、深い意味とかなくてね?」

理由なく謝罪されても困るだろう、とおおむね本当のことを説明していく。あらましをなんとなく話し終えると、先ほどまで饒舌だったシュテンドウジが途端に静かになってしまった。
そりゃあ突然そんなことを言われても困るだろう。とんだとばっちりでしかない。

「だから、ごめんね。落ち着かなかったでしょう」
「……マジ?」
「まじです。ごめん」

とりあえず詫びに小遣いの範囲でお酒でも貢がないとな。
そんな風に謝罪の方法を考えていると、隣に座っていたシュテンドウジは言葉もなくこちらにしなだれかかってきた。思わずびくりと身体を震わせてしまったのは仕方のないことだと思いたい。


「……いいじゃねェか。仲良くなろうぜ」


なかよく、なんて可愛らしい言葉を吐いても、その言い方は決して可愛らしくない。いくら経験が不足していても、その言葉には明確に欲と下心が込められていると理解できる言い方。

「あ、え、ええと……」
「ちょうど今は二人っきりだしな」

おろおろと宙を舞っていたこちらの腕を、なんてことのないようにシュテンドウジは捕まえる。指で手の甲を撫でられただけでどうにかなりそうだった。
どうすれば、どうすれば。このままだとシュテンドウジに飲まれてしまう。

「そこまでにしておけ」

顔を近づけようとするシュテンドウジを制止をかけたのはジライヤの声だった。音もなく目の前に現れたかと思うと私とシュテンドウジを引き剥がしにかかる。
がちゃんと錠前の外れる音と共に倉庫の扉が開けられると、モモチタンバとハットリハンゾウが立っていた。予想通り探してくれていたらしい。

「今いいとこだったの分かるだろ。カエル、おまえ空気読めよ」
「頭領に何をするつもりだったんだ。この飲んだくれが」

モモチタンバもハットリハンゾウも何も言わないが、咎めるような目でシュテンドウジを見つめている。

「ジライヤ、あの、これは縁結びのせいで……」
「頭領、聞いてくれ」

彼は悪くないのだ、という釈明はジライヤにより遮られる。重い溜息と共にジライヤはシュテンドウジの方を見た。


「シュテンは頭領以外と曲がり角でぶつかることはない。それくらいの足音や気配は英傑と呼ばれる存在である以上、分かるからだ。頭領のことを思うなら目を閉じさせて風呂から上がればいい話だ、一緒に入る必要はない。そして、頭領をここから出したいのならすぐさま扉を破壊すればいいだけの話だろう。……わかるか?」


忍達が全て知っていたことより、そんな簡単な事実に気付けなかった自分が信じられないという気持ちの方が大きかった。
まさかそんなこと。そんな希望を持ってシュテンドウジの方を見やると、彼は笑っていた。




「まー、そういうわけだ。悪いな、頭」



全然悪いと思って無さそうな彼が、そういえば悪鬼と呼ばれていたことを、私はここにきてようやく思い出したのだ。


5/2 縁結び