シュテンドウジ殿が寂しがっていますよ
「主様!シュテンドウジ殿が寂しがっていますよ!」
そんなことあるわけ無いだろー。シュテンドウジは立派な鬼だぞ。今朝も顔を出したばかりだ。
どこからともなくカァくんの声に返事をしそうになりながら、会社の資料倉庫へと駆け込んだ。うっかり返事をしてしまうと、明日から社内で奇人扱いが確定してしまう。
そうして物陰に座り込んでから目を閉じて、彼の世界のことを思い浮かべると、自分の身体から何かが抜けていく心地がする。
次に目を開けた際、待っているのはもうずいぶんと慣れ親しんだ本殿であった。
私はいわゆる”通い”というやつだった。
詳細は割愛するが、ある日ぼんやりしていた私の元へカァくんが現れ「八百万界を救ってください!」と言ってきたのだ。そんなことを言われても私にも現代社会の生活があるわけで、自分の生活でも割と手一杯なのに他人の命とか世界平和とかそんな責任背負えない、と丁重に断った。
しかしあちらも必死である。「貴方様でなければダメなんです!」なんてそんなことを言われても困る。仮に八百万界とやらを救いに行った場合、確実に私は路頭に迷う。それで仮の仮に八百万界という場所が救われたとして、今度は私が救われない。
「ず、ずっとでなくていいんですよ!本当に!一日一時間程度でもいいんです!」
「ええ……」
「お願いします!このままでは八百万界は滅んでしまいます!」
初手で拒否をしておいてなんだが、私だって愛らしい梟……?猛禽類?多分鳥の願いを拒絶するのは気が咎めた。
「ちゃんと帰れる?」
「はい!本殿を経由すれば勿論!」
「通勤時間とかは……」
「ありません!一瞬であちらに移動することができます!」
「危険とかは?」
「ええと……こちらの主様にはありません!」
いくつか引っかかるところはあったが、まぁ通勤時間とかないみたいだしちょっとくらいならいいか、と私は白い鳥の申し出を受けることにしたのだ。
白い鳥、八咫烏であるカァくんの言葉はおおむね正しかった。
通勤時間はほぼゼロ、理由は目を閉じて意識をあちらに向ければ、次に目を開けるときには八百万界に魂のみが移動しているからだ。戻る際は本殿内でないと移動ができないという条件があるため八百万界であまり遠出をすることはできない。
危険については、こちらの肉体は無事、とのことらしい。八百万界で万が一のことがあった場合は魂がほぼ現代に戻ってこれるそうなので、おそらくは大丈夫だと。なるほどブラックだな?と思ったが引き受けてしまったものはしょうがないし、過保護な英傑達が私に傷一つ許さない場合が多いためこちらは既に気にしていない。気にしたらやっていけない。
現代から八尋殿、本殿にある独神の個人スペースへと移動した私は、普段の要領で執務室へと繋がる障子戸を開け放つ。執務室が隣接しているのは”通い”という性質上移動距離が少なければ少ないほど良いだろうという皆の配慮からだった。
遠征の際の資料や戦術書などが雑多に積まれた文机と少し離れた位置に用意されているちゃぶ台と座布団は休憩用の物だが、私が使った記憶はあまりない。
そんなちゃぶ台に肘をついて不機嫌そうな顔をしているのはお伽番であるシュテンドウジだ。
「シュテン、どうしたの」
「別にどうもしてねェよ。おまえこそどうしたんだ」
流石にあなたが寂しがっているとカァくんが言っていたから様子を見に来た、なんてことは言えないだろう。あいまいに笑ってごまかしていると、その態度が不服だったのかより一層機嫌が悪くなる。
「どうせこっちにはまだこれねェんだろ?はやく行っちまえよ」
「いや、まぁ、そうなんだけどね」
シュテンドウジはこちらを見ないよう、顔を背けてしまう。そんな態度が子どものようで、つい無防備に晒された彼の頬をつついてしまった。
「……何してんだ」
「……いや、えーっと。つい。遠征部隊だけ確認したいんだけど、報告聞かせてもらえる?」
そう言うと、シュテンドウジはまだ拗ねたままだったが大人しく報告をしてくれる。ちゃぶ台に肘はついたままだった。
「じゃあ皆同じところに再出発してもらって、それで終わりかな。花廊は急ぎの収穫物はないし……」
「もう行くのか?」
指示出しを終えたなら早く戻らないと、もし万が一物陰で意識の無いあちらの私が見つかった場合、救急車を呼ばれかねない。
「シュテンの様子を見に来たのが大体だったしね。また後で」
「……おう」
正直言って、私はこのシュテンドウジに対して、非常に困っている。
これでも朝、一度は顔を出して「おはよう」と言っているのだ。電車に乗っている時間とか暇であるし。そして昼休みに夜帰宅してから。
だが一日に三回ほど、カァくんが念話で「シュテン殿が……」と声をかけてくるのだ。
いや、さっき会いに行ったし顔を出したし、そもそも顔を合わせる頻度であるのならお伽番である彼が一番高いはずなんだけどなあと思っても、毎日のように続いているのだから仕方ない。
シュテンドウジが花を好む性分だとは思わなかったので、彼にそういった贈り物もあまりしなかったのだが、気が付いたら親愛度もじわじわと上がっていた。機嫌を直すために軽くしていた雑談が原因だろうか。独神には何も分からない。
「で、あの、この状況は?」
日付が進んだばかりの時間帯に、何気なく様子を見に来たら、沢山の酒瓶と共にシュテンドウジが執務室で転がっていた。対して酒盛りに付き合わされていたらしいヤマトタケルは非常に涼し気な表情だ。そもそも彼はそこまで表情豊かではないというか、いつも余裕がありそうな顔をしているというか。まぁ置いておこう。
「夜は大体こうだぞ、こいつ。知らなかったのか?」
「知らないし、この時間帯に大体私いないよ」
「そういえばそうだった。主も多忙だからな。ゲンダイ?で悪霊じゃないものと戦っているんだったな」
「そうなんだよ」
執務室で寝られても困るため、シュテンドウジを起こそうと身体を揺する。そうするとその双眸がこちらを捉えたらしく、酔っ払って呂律がやや怪しい状態でこちらを呼んだ。
「ほんの数時間前に会ったばっかりな気がするんだけど、もしかしてまた拗ねてる?」
「んなことねェし」
「いや拗ねてるだろ。だからこの時間帯になると寝るか飲むかなんだろ」
「余計なこと言ってんじゃねェよ!」
がばりとシュテンドウジは起き上がると、キッとこちらを睨みつける。彼に慣れていない一般人だと竦み上がっていたかもしれない。
「かしら、が、悪ィんだろ」
「私?」
「そうだ。おまえが悪い」
酒の匂いがひどくきつい。これは起きたときに記憶が残っていないのではないか。そんなことを考えていると両肩を掴まれて視線を合わせられた。
「ひとりでここにいるとな、余計なことばっか考えんだよ。朝一日が始まってもその大半に頭はいねェんだ。そりゃ寂しくもなるだろうが。日が暮れてくれば一日の終わりを感じて会いたくなる。……んで、日が変われば今日もしかしたら頭が来なかったらどうするかなんて考えちまう」
本当に困っているのだ。こんな風に言われたら、情が湧いて仕方ない。こんな風に寂しがられてしまったらずっと傍にいてあげたいと思い始めてしまう。
「帰るなよ、頭。ずっとここにいろよぉ……」
「もう寝なきゃいけないからさぁ」
「じゃあ朝までいればいいじゃねェか。朝帰りでいいだろ」
「言い方……」
ちらりとヤマトタケルの方を見やれば、明らかにこちらを見ないようにしていた。巻き込まれたくないらしい。助け舟は期待できない。
「……困ったなぁ」
”通い”でいられなくなってしまうのも遠くない未来なのかもしれない。そんなことを思いながら、ごねるシュテンドウジをどうにか宥めようと、私は彼に触れていた。
10/18 寂しがっていますよ