恋人のようなもの
たとえばお互い好意を伝えあったり、たとえば二人で物を食べさせあいっこしたり、たとえば意味もなくふれあってみたり。
これは書物における、恋人同士のそれなのではないか?と気づいたのはつい最近だ。
「恋人がほしい」
「……あ?」
「いや、恋人を作ってみたい。というか恋をしてみたいんだよ」
彼の膝の上で剥かれた蜜柑の白い部分と延々と格闘しながら、世間話のように言ってみる。
何故膝の上に乗せられているのか?というのは、シュテンドウジが私の肩に顎を乗せるためだと思っている。あと純粋に暖をとる目的もあるのだろう。
「いや、文献とかで語られたりする恋やナリヒラたちの語る恋は輝いているように見えるから。私もしてみたいな、と思って。純粋に興味がある」
「へぇ」
青春とかいうやつに独神だって憧れなくもないのだ。相手に心をときめかせたり、一緒にいて穏やかな気持ちになったり、逆に落ち着かない気持ちになってみたい。
ふつうのひとが経験するようなことを私だってしてみたかった。
「手を繋いで二人で出かけたり」
「この前おれとしたな」
「きれいな景色を見に行ったり」
「この前行っただろ」
「記念日を二人で祝ったり、贈り物をしたり」
「手紙と酒、忘れてねェからな」
「なんでもない時間を二人で過ごしたり」
「今じゃねェの、それ」
だよなぁ。私もそう思った。
「でも私とシュテンは恋仲じゃないでしょ?」
そう確認すると「まぁな」と返される。ついでに脇から伸びてきた腕が綺麗に剥き終わった蜜柑を攫って行った。ド、ドロボーッ!彼の口の中に消えていくそれは、取り返しようがないので諦めて次なる蜜柑と格闘を開始した。白い部分なんて気にせず食べればいいんだろうけど、なんとなく気になってしまうのだからしょうがない。
「居心地がよくてついつい流してたけど、これたぶん普通の二人の距離感じゃないんだよね。たぶん恋仲の距離感だよね?」
「悪くねェと思ってんなら気にしなくていいだろ」
「いや、でも」
「じゃあ、ついでに恋仲になるか」
その言葉が一瞬理解できず、蜜柑が手から零れ落ちそうになったのをシュテンドウジが受け取り、こっちに差し出してくる。促されるままにそれを食べると、先ほどの言葉はひどい聞き間違いだったのではないかと自分の中で結論が出てしまう。
「それで?どうすんだ?」
「んっ?!えっ、あっ」
いや、でもさっきのぞんざいな言葉で首を縦に振るのはどうなのだろうか。私の憧れる恋人とはちょっと違うような気がしなくもないのだけれども。
「よろしくおねがいします」
言い訳をするのなら、ほぼ反射だった。
独神、恋人出来たってよ。
だからといって元の距離感が恋人のようなナニカだったため、別段何かが変わるわけではない。なんか恋人的なそういう接触?はないけれど、まぁそういうことをしたかったわけではないし、そういうことは段階を踏んでした方がいいんじゃないかと思うので特に不満はない。
いや、シュテンドウジにそれを求めることなのだろうか?と思うけれど、そもそも言い出したのはシュテンドウジなわけだし、シュテンドウジもそういったことをする素振りがないので問題はない。なくていいのだろうか?恋人ってなんだ?何をするものなんだ?
そもそも恋人ってちゃんと好き合ったもの同士がなるものではないのだろうか。いや、シュテンドウジのことは好きだけど。そういう好きか?って言われるとよく分からない。色々すっ飛ばしている。
普段の関係の延長線上でついでに勢いで恋仲になってしまったわけだけれど、別段普段と変わることはない。
「買い物ォ?またかよおまえ。仕方ねェな、たまには付き合ってやるよ」
そうは言いつつ毎回のようについてきてくれて、軽い荷物ですらひょいと抱えてしまう。それくらい平気だし持てるよと言っても聞く耳を持たない。
「手が空いてるってならこっち持っとけ」
更にはこんなことを言いながら空いてる方の手を差し出してきて、こちらが迷子になったり転ばないように気遣ってくれるのだ。お兄ちゃんか。
悪霊の頭蓋を軽く握りつぶせるような怪力を持つ彼だが、力加減を間違えることは一切なく、こちらをの手を優しく包んでいる。
「他によるとこがねェなら、その辺で茶でも飲んでくか。確か近場にあったはずだ」
「茶?」
あれ?酒ではないの?と言外に問う。買い物が主目的だからという理由だからだろうかとひとりで納得するも、シュテンドウジは鼻で笑った。
「あのなぁ。別におれ一人で出てきてるならともかく、流石に頭を放って酒なんて飲まねェっての」
「そうなの?」
「そうなんだよ。ほら、行くぞ」
繋がれた手を引っ張られながら、シュテンドウジの知っているという店へと歩いていく。そういえば、シュテンドウジが酒を出すような店ではなくて、普通の健全な店を知っているなんて珍しい。看板娘が可愛かったりするのだろうか。疑問は浮かんだけれど、私がそれをシュテンドウジへ問うことはなかった。
シュテンドウジの連れて行ってくれた小さな茶屋は、老夫婦の営む餡蜜の美味しい店だった。そこに若い店員はいなかった。
恋人となったシュテンドウジの言動は、今までと変わらない。距離感も近い。
だから今更何を気にするという話なのだけれど、時々引っかかることがある。でもそれはきっとシュテンドウジがそういった経験が豊富で、手慣れているというだけの話なのだろう。
それ以上の理由が思いつかずに、私は考えるのをやめる。
「なんだ?頭はシュテンドウジ様とどこかに行ったのか?珍しいな。シュテンドウジ様がそういう相手とふつうに過ごすなんて」
考えることを止め、静かな水面のように落ち着いた心に石を投げ込んだのは、彼の腹心であるイバラキドウジだった。
ふつうに。いや、分かる。何が言いたいのかは分かる。だってシュテンドウジだ。そんな相手と仲良くお茶なんかしばいてるわけがない。桃色の空気、暗転、中略、そして朝。そういう話なのだろう。分かる。理解もできる。
だけどほら、相手は私だし?流れでなんとなくついででなった相手だし?そんな唐突に恋仲とかになったらそりゃあね、別にそういう感じにはならないでしょう。
「いや、逆だよねこれ」
「あ?何がだ?」
シュテンドウジの膝の上で蜜柑を剥きながら私は、ついに気のせいにしようとした事実に気付いてしまった。
適当に扱うのなら手を出してしまえばいい。少なくとも今までしてきたであろう彼の恋というものはそういった意味での寝る行為がつきものだっただろう。
相手が独神だから?それも違うだろう。だってそれなら、わざわざ事前に私の好きそうな店を調べてもいない。
とくべつに思っていない相手に、シュテンドウジはそんな面倒な真似なんて絶対にしない。
「あ、あの、ええと」
なんて答えたらとおろおろしていると、そんな私を見てシュテンドウジは笑い出す。
「どうした?」
腹へとまわされたままの腕に力が込められる。
独神、恋してるってよ。
10/21 恋人のようなもの