せろのけっこんしき


「割とマジでお前と結婚すんのかと思ってたけどね、俺は」
「…どうせ全部知ってて言ってんねやろ」
「好きだよ、ちなのことはずっと」
「…瀬呂、もうやめたげて」


今にも崩れ落ちそうな姿を見兼ねて、上鳴電気が割って入ってくれた。気を緩めると止まらなくなってしまいそうな涙をグッと堪え、綺麗なドレスに身を包み、遠くで友人らしき人物たちと幸せいっぱいに笑い合っている知らない女をじっと見つめた。




ある日、『飲みに行かね?』と瀬呂からLINEが届いた。
文面はいつもと変わらないはずなのに何故か嫌な予感がしつつも、特に予定もなかった私は二つ返事で了承した。
代わり映えしないガヤガヤとした居酒屋の座席で1杯目のアルコールジョッキをコツンと合わせた直後、その嫌な予感は的中する。



「結婚、することになった」



突然目の前が真っ暗になり、なんて返事をしたのかも全く思い出せない。その日の記憶は瀬呂のこの一言しか覚えていなかった。



理由の説明もなしに突然別れを告げられてからも、わたしたちの関係は特に変わらなかった。
お互い都合が合えば飲みに行くし、アルコールが入ってしまえばやることもやった。
フラれてから気持ちの整理も出来ていないわたしは、やめておいた方がいいことくらい分かってる、なんて共通の友人である上鳴電気に言い訳をすると同時に自分に言い聞かせながらも、ずっと諦められずにいた。


彼女が出来たことは上鳴から聞いていた。上手くいっているということも。ただ彼女が出来てもわたしとの関係を切ろうとはしない瀬呂にどこか安心していたんだ。
まさか、結婚するなんて。





お前と結婚するんだと思ってた、なんて。
シルバーのタキシードに身を包んだ瀬呂は、さも当たり前かのようにサラッと口にした。
わたしがまだ瀬呂を引きずっていることも、今日どんな思いでこの結婚式に出席しているのかも、全部分かっての発言だということは表情を見れば明白だ。



何故、そんなことが言えるのだろうか。
何故、そんな簡単に私の頭を撫でられるのだろうか。
何故、わたしを振ったんだろうか。



瀬呂と出会うまでも関係を持った人は何人もいる。なのに、瀬呂が初恋だったんだと気づいたのは、フラれた後だった。
恋ってこんなに苦しくて、痛くて、しんどくて、楽しいことなんて一切ない。
キツい、キツい、キツい。


やっぱり今日、来なければよかった。


わたしは好きな男の結婚式で何を期待していたのだろうか。








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ガチャ


「…なんであつむいんの」
「おかえりー」




二次会にはもう顔を出さなかった。
…違うな、出せなかった。


「んな顔で来られても迷惑なんだよ!」と同じく共通の友人である爆豪勝己に無理矢理タクシーに押し込められ、もう身も心もボロボロのまま運転手に住所を告げる。


昨日ラスト1本の缶チューハイを飲み干してしまったことを思い出し、コンビニで下ろして貰おうかと思ったが、アルコールを摂取する気力すらわいてこなかったのでやめた。



どうやって歩いているのかすら分からない状態で自室の前まで来ると、窓から明かりがもれていた。
消し忘れだろうか、泥棒だろうか、今日なら何を盗られても特に何も思わないな、なんて考えながら玄関の扉を開ける。

あっちこっち向いた見覚えのあるひっかけサンダルの持ち主に声をかけるも呑気な挨拶が聞こえるだけだった。


「…今日は無理、帰って」
「無理やろな思たから来てやったんやろ」


心配して来てくれているのであれば、まずゲームをやめて玄関に迎えに来るくらいすればどうだろうか。

姿すら見せない訪問者をそのままに、普段は履かない8センチも高さのあるピンヒールを脱ぐこともせず、玄関先に座り込んだ。


今日は何を期待してか結構な大金を払ってレンタルしたドレスで着飾っている。
頭の片隅で早く脱がなきゃ、なんて思いながらも意に反してそのキラキラしたドレスに雫がこぼれ落ちていった。




「……ん、脱がすで」


いつの間にか後ろに現れていた190センチ近い長身の大男が、私の足からピンヒールを剥ぎ取り、ポイッとその辺に投げる。


「…そのピンヒール高いから、大事にして」
「はいはい、ほなはよ立ちい」


侑にこんな姿は見せたくない、そう思いながらも体は言うことを聞かない。
立たなきゃ、はやくドレスを脱がなきゃ、頭では分かっているのにポロポロと涙が零れ落ちるのが止められない。
さっきまでは我慢できてたのに。



「ちゃんと掴まらな落ちんで」



そう言いながらも、掴まらなくともしっかり支えて軽々しく抱き上げる侑に、全身の力が入らない私はされるがままリビングのソファまで運ばれた。


普段の侑からは想像できないほど優しくソッとソファにわたしを下ろした侑は、タオルと箱ティッシュをやっぱり雑にわたしの膝の上に置き、隣に腰を沈める。



「今日初泣き?」
「……頑張った」
「よう頑張れたな」
「…あんま記憶ないけど…」



ちょっと嘘をついた。全部忘れたいなと思って。
でもこう、忘れたいことに限って忘れさせてくれないようで、瀬呂の髪の毛をサッと直してあげる女の姿も、友人のスピーチで泣く女の涙をハンカチで拭う瀬呂の姿も、幸せいっぱいに笑い合う姿も、誓いのキスで照れ合う2人の姿も、全部全部鮮明に脳裏に焼き付いて離れない。
……あと、私と結婚すると思ってたと告げた瀬呂の姿も。



「…はー………きっつ…」
「…ん」


侑は何を言うでもなく、ただただ涙がとめられない私の隣に座っているだけ。ただそれが妙に心地よかった。確かに、今日はもう誰にも会えないし会いたくないと思っていたけど、侑が来てくれて良かったと思った。


「…ありがと、」
「…おー、」


初恋だったと気づいてしまったのだから、この想いがいつか思い出に出来るのかすら分からない。
でも何故か漠然と、侑ならどうにか思い出にさせてくれるんじゃないだろうか、なんて無責任に思った。



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