先ず、前提として。私と日和くんはお互いがお互いに干渉し過ぎない、という暗黙のルールを持っている。これに関してはどっちかが言い出したとかそういうものでは無いし、私は日和くんと出会った時すでに成人したいい大人という事もあって、いつの間にかそういう空気が出来上がっていた。
 恋人に限らず、人として良い関係性を保つためにもこのルールは合理的だと思うし、私は満足していた。ーーーーだから、
「・・・・・・飲み会?」
 そんな怪訝そうな声と表情で返されるとは思ってもみなかったわけである。
 片や超人気アイドル、片や日々仕事に追われるOL。お互いに多忙な日々を過ごしてやっと被ったオフの日。朝、いつもよりゆっくりめに起きて二人で朝食の支度をして(意外にも手際のいい日和くんに発狂しながら)、食卓を囲みながら最近何してたの?と必然的にそういう話題になったので、私は飲み会に行ったという話をした。
 飲み会といっても仕事付き合いのものや学生時代の友人たちとどんちゃん騒ぎするような、ごくごくありふれたよくあるイベントである。まさかそんな存在すべてを使って「は?」みたいな態度を取られるなんて本当に思わなかった。
「そう。・・・飲み会、ね」
 お昼前の天気のいいせっかくのお休みの日だというのに、ぼそりと言った日和くんはどこからどう見ても不機嫌そのものだ。綺麗な顔からはポッカリと表情が抜け落ち、まるで人形のようで少し怖い。「おひいさんってマジで怒ると顔がすごいことになるんですよねぇ〜」と私の中で急に漣くんが言っていたことが思い出されて余計に冷や汗をかく。それこそ日和くんじゃないんだからここで変な記憶力発揮しなくていいのに、と自分自身に恨み言を吐く。
「えーっと・・・・・・合コン、ではないよ?」
「当たり前だね。そんなものに僕に黙って行ってるって言うなら問答無用で抱きつぶしてるね」
 不穏な言葉が聞こえたけれど聞かなかったことにする。いつもよりも言葉尻が刺々しい。私が困惑しているのは、別に飲み会に行くというのは初めてでも何でもないからだ。付き合い上、度々あるもので、そもそもあまり得意ではないし、もちろん断れるときは断っている。接待とかもあるから今までそういう報告をしても日和くんが何か言うことはなかったのだ。理解をしてくれているということは純粋に嬉しかったし、私も見習おうとさえ思った。
「僕は、――えむにどんなに会いたくても、会えないくらい忙しかったのに」
 日和くんが、日和くんからこんなにはっきり”嫉妬”しているという姿を見せられたの初めてで驚きつつも、どこかで嬉しいと思っている自分がいて、ああやっぱり私はこの人の事がものすごく好きなんだな、と思った。大好きな人から「会いたかった」といわれて喜ばない女なんていないだろう。
「わたしも、わたしだって、会いたかったよ」
 だから、私のこれも本心だ。心の底から湧き上がる愛おしさも、日和くんへの感情も、堰を切ったように好き、とこぼすこの口も言葉もすべてが本当の自分だ。
「今日は、日和くんの好きにしていいよ」
 日和くんの固まって少しつめたくなってしまった手を包み込んで見上げれば、アメジストの美しい両目をかち合った。その眼には確かに劣情が見え隠れしていてまた胸が高鳴る。お互いに暑苦しいくらいに着こんでしまっていた建前をかなぐり捨てた。だってここには私と貴方だけ。今日はこんなにもあたたかくて、やさしい日曜日なのだから。