「景光はさ、早く幸せになりなね」
飲み会での一言だった。
警察学校の同期で集まる飲み会、配属先が決まりもうすぐ本格的な業務が先に待っているも、てんで皆バラバラの配属先だったので本格的に動く前に、と設けられた場だった。
皆酔いも回ってきた頃、グラスの氷を見ながら真梨がその発言をした。
まるで、自分とは関係の無い、と言ったような発言を。
「……いや、それ京極ちゃんさ」
「皆にも幸せになってもらいたいよ」
「真梨ちゃんは幸せにならないの?」
「……うん、いいかな。現状こうして皆と話してるのが幸せ。楽しいからね」
ぐい、と手元のグラスを呷る真梨。
オレは無意識にも指先に力が入る、どうして真梨は自分のことは二の次なのか。
「涼香ちゃんも、幸せになるんだよ。……もし相手が意気地無しだったらちぎってやるから」
「どこちぎんだよ……」
「言わせんなって」
「怖ァ!京極ちゃん酔うと怖ぇって!」
んー、と言いながら壁にもたれてしまった。
真梨の隣に居るオレは「真梨」と声を掛けるも、もう寝に入ってしまっている。
「真梨ちゃんだって幸せになってほしいのに」
「な!頑張れよ、諸伏ちゃん!」
「いや、あの……」
「めんどくせー親戚みたいになりやがって、煙草吸ってくる」
「あ、陣平ちゃんオレも!」
「追加飲むか?」
「私烏龍茶にする」
「あ、ゼロ。お冷も貰えるかな」
……しばらく話していると隣の真梨がもぞ、と動き出した。
じ、と見ていると更にしっかり眠るつもりなのか丸まりかけたので声をかけた。
「真梨、オレの膝使う?」
「…………使う」
内心飛び跳ねた。こう言えばちょっと起きるかな、って思ったのに胡座をかいているオレの膝に無防備に頭を乗せて直ぐに規則正しい寝息を吐いていた。多分覚えてないだろう。
「……ヒロ、甘やかすのも大概にしろよ」
「いや、そんなつもりは……!」
「諸伏は甘いからなぁ、こいつには」
「班長まで……!」
「真梨ちゃんってさ、猫みたいだよね。懐かれてるんだよ、諸伏さん」
「……」
「おーい、ニヤけてんぞ」
「オレは無罪だ……」
今この瞬間、オレの膝で寝こけてる真梨を触れば瞬時に起きる。
それが出来ないのはオレが真梨の事が好きで、この状況が嬉しいと思っているからだろう。
……オレは、真梨と幸せになりたい。
兄さんにも真梨を紹介して、家族にもなりたい。
でもそれを実行するにはまだ早くて、オレも真梨も公安に行くからしばらくは顔はもちろん、連絡すらも出来なくなる。
バレないように、と真梨の毛先だけを指先で遊ぶ。
あまり手入れのされてない真梨の髪の毛、だけれど1本1本しっかりとしていて、指通りは良い。
「……」
「……ヒロ、やりすぎると起きるぞ」
「あ、そうだよね」
「まぁそろそろ叩き起していいんじゃないか、30分は寝てるだろ」
「……ゼロって真梨に強いよね」
「ヒロが弱いんだろ?」
「ゼロ……」
とん、と肩に触れる。と途端に目を開く真梨に軽くびっくりした。起きてたんじゃないか、と思うくらいには寝起きが、良い。
「……どのくらい寝てた?」
「30分くらいかな、お冷飲む?」
「飲む」
体を起こして髪の毛をかきあげる真梨、そのままお冷を一気飲み。
「ッか〜……知覚過敏!」
「じじくせぇ」
「おう、てめえも一気飲みしろ」
「アルハラならぬお冷ハラ」
「やめなって真梨ちゃん」
「分かった」
「涼香ちゃんには従順なの何?」
もしかしてあんまり寝てなかった?と聞けば「徹夜してた」との返答が帰ってきた。そりゃ眠たいよ。
そのまま卓上にある卵焼きやらなんやらに箸をのばし食べていく真梨を見ながらお酒を飲む。
「なに?」
「えっ?」
「いや、なんかすごい見てくるから……」
「……オレ今見てた?」
「無意識?酔ってんの?」
「酔ってるかも……」
「んはは、可愛いね」
「おい。ヒロを口説くな」
「出たよ保護者!」
可愛い、という言葉が頭の中で反芻する。
オレは真梨に割と良く可愛い、と言われる。けれど図体だってデカイし、可愛いという表現は適さないとおもうのに真梨は言う。
「……可愛いのは、真梨だよ」
そんな言葉を言えずに飲み込んだ。
***
「真梨は今幸せ?」
今オレの目の前で、オレの作ったビーフシチューを食べている真梨を見ながら口を開く。
頬いっぱいにもぐもぐと食べる真梨は数年前に「景光は早く幸せになりな」と言った事も忘れているだろうけど。
「幸せかぁ……定義は人それぞれだけど、私は満足してるし幸せかも」
「そっか」
「え、なに?宗教の話?」
「そんな話してないよ!」
「ははは!……やっぱり景光のご飯うま」
口端に付いたシチューを舌で拭いつつも食を進めていく様を見つめる。
「オレも今、幸せだよ」
「へえ、奇遇だね。一緒」
「……っはは、そうだね、真梨と一緒に幸せだよ」
「なーんか別の意味含まれてそ……」