京極真梨、と言った彼女の顔はつまらなさそうな顔をしていた。
体術は中の中、もしくは中の下くらい。学力も中の中か中の上くらい。特にこれと言って優れているものは無いような、普通の子だと思った。
だけどその考えが間違いだった、と言うのを実感したのは情報処理の授業の時だった。

「キツイわ、陣平ちゃん分かりそ?」
「俺は機械には強えけどな……」
「ゼロ、どう?」
「……得手不得手はあるよな」
「珍しい、ゼロが得意じゃないなんて」
「できないことは無い、が、向いてないんだ」

他の生徒も唸りを上げていることから難しい課題なのは分かった。
す、とパソコンと向かい合っていたと思ったら立ち上がる京極さん。自然と目が向いた。

「教官、出来ました」
「……なんだと?まだ初めて5分だぞ」

教官が確認のためにパソコンへと向かう。その背後で後ろ手を組みながらふい、とこちらに視線を向けてきた京極さんと、目が合った。

「……完璧だ、得意なのか」
「はい。情報処理、及びシステム関連は得意です」
「そうか」

ぺこり、と教官に頭を下げる京極さん。

「すげえな」
「ね。陣平ちゃんが機械に強いように京極さんもこれが強いんだね」

授業が終わり少しの空き時間。なんだか今話しかけないとダメな気がして、校舎の外へと歩いていった京極さんを追いかけた。

「京極さん!」
「……諸伏さん、だっけ」
「そう、諸伏景光です。……情報処理の課題ダメダメでさ、コツとかって……あるのかな」
「コツ……」

の前に、ちょっと煙草吸っていい?とピースの形をした指をかざしてきた。
ふう、と煙草に火をつけて煙を吐く京極さんに視線が行く。

「コツだっけ、無いよ」
「えっ」
「好きこそ物のなんとやら、私は昔からパソコンのプログラミングとか好きだったし」
「そっか……」
「別に全て上手くなろうなんて思ってないしね、得手不得手あるし。それこそこれ」

ばん、と銃の形をした指を掲げる。
確かに彼女はあまり銃は得意ではなかった気がする、それこそゼロやオレに比べると。

「良いんじゃない?私は裏方で、表に出る方は諸伏さんたち、とかで」
「……ハハ、それもそうかもね」
「だからといってこなせないと話にならないのはしんどい、私泳げないんだよね」
「え、大丈夫?授業あるよね?」
「あったねえ……今から怖いよ、とりあえず浮くところから」

なんて話す彼女は取っ付きにくい雰囲気は無かった。
……恐らく、つまらなさそうな顔もこうして話してくれている顔も素の状態なのだろう。
初対面では怖いイメージを持たれがちな雰囲気、萩原たちとは真逆かもね、と笑った。

「京極さん、おはよう」
「……おはよう?」

次の日、だるそうに入ってきた京極さんに挨拶をすると目に分かるくらい困惑していた。
自分の席に行けば首を傾げながら久下さんと話しているのも見えた、少し面白いね。

「眠そうだね、京極さん」
「あ?……うん、消灯後でもなんか眠れなくてね」
「オレも、眠れない時あるよ……同じだね」
「そうかな、諸伏さんは別で考え込んでそうだけど」
「えっ」
「なんてね、顔色少し悪いから気をつけなね」

休み時間に欠伸を噛み殺していた京極さんに話しかければ図星、のような事を言われて言い淀んでしまった。

「京極さん、おはよう」
「次、射撃訓練だけど大丈夫?」
「ごめん京極さん、ここ聞いてもいい?」

「諸伏ちゃんさ!露骨すぎ!」

京極さんと初めて話した日から数日後。
萩原に言われてぽかん、とする。ちなみに今はお昼ご飯の時間でゼロと班長は教官のところに行っている。
露骨、って何が?と言う顔をすれば萩原は「やべ……」と言葉を終わらせてしまった。

「露骨って、なんかしてたかな」
「京極……だっけか、めちゃくちゃ話しかけてんじゃねーか」
「あぁ、京極さん。面白いよね」
「うーんこれは」
「お、話をすれば。涼香ちゃんー!京極さん、こっちおいでよ!」

萩原が幼なじみだという久下さん、と共にいる京極さん。
久下さんが「声大きい!」と言いながらこっちに来るも京極さんはこちらをじっ、と見つめて動かない。

「真梨ちゃん?どうしたの?」
「私あっちで食べるよ」
「えっ」
「萩原、お前のせいだぞ」
「ちょいちょいちょい!京極さんも一緒に食べようよ!」
「いや、だって満席だし」

そりゃそうだ。と笑いが漏れた。よいしょ、と立ち上がれば視線を感じる。

「じゃあオレと食べない?」
「もう食べ終わるでしょ」
「ダメ?」
「……物好きって言われない?」

ふ、と笑った京極さん。
後ろで萩原が「えっ!」と言っていたのが聞こえるけども、聞かなかったフリをした。

「諸伏さんはさ、無害な印象受けるよね」
「どうしたの急に」
「いや、だけど気になることは知っておきたい、って性質も見えるね」
「もしかして今事情聴取受けてるのかな、オレ」
「まさか」

あぐ、と大口を開けてカツ丼を食べる京極さん。
……オレやゼロの周りには居なかったタイプの人間だなぁ、としみじみ感じた。
飾りっけのない言動、裏表の無さそうに見えてしっかりと考えている彼女。
話していて、気を張らずに居れる彼女。

「諸伏くん」
「ん?」
「いや、諸伏くんじゃないな……。諸伏さんもなんか違うし、諸伏かなぁ」
「どうかした?」
「呼び方。どれがいい?」
「えーっと……オレはなんでもいいけど」
「そ。んじゃま諸伏かなぁ……下の名前ってなんだっけ」
「景光だよ」
「諸伏景光、いい名前だね」

口から箸を抜き取り軽く微笑む京極さんから、目が離せなかった。
いや、いやいやいや、初恋でもあるまいし。と自問自答するも手は止まる。

「諸伏、食べなよ。時間終わっちゃうよ」
「あ、うん。そうだね……」

食が、進まない。思春期のように目の前の彼女のさっきの発言がぐるぐると脳から離れない。

「涼香ちゃん、先いくね」
「うん!また後で!」

ガタ、と食べ終えた京極さんが席を立つ。

「諸伏、またね」
「また、後で……!」


***


「で?諸伏ちゃんはさ」
「言わないでくれ萩原……」
「まっさか諸伏の旦那が、なぁ……」

萩原、松田に挟まれてオレは頭を抱える。
別に童貞でもないし、付き合った経験もあるけどこんな思春期みたいに、初恋のようになってしまったのは初めてだった。

「京極さん、取っ付きにくいけど面白いよね」
「そうか?アホだろ」
「陣平ちゃんと良く喧嘩してるし」
「ゼロに言い負かされて悔しい顔してるの可愛いよね」
「もう駄目だ」

頬杖をついてジト、と萩原を見つめる。
別にオレは好意的には思ってるけど、その……恋愛的な意味で好きって訳じゃないかもしれないし、まだ分からないだろ。
そもそもここには警察官になりに来てるからそういう場合じゃないっていうか……。

「お、京極ちゃん」
「……そのちゃん、やめてくんない?」
「親しみを込めてじゃん!どこ行くの?」
「煙草」
「あ、俺も行くわ」
「えっ、陣平ちゃんも?」
「おう」

廊下を通りがかった京極さんを萩原が呼び止める。
萩原や松田もそうだが、京極さんも中々のヘビースモーカー気味だ。
よいしょ、と立ち上がる松田を横目に京極さんが何かを見つけたかのようにこちらに歩いてくる。

「諸伏、頭にゴミついてるかも」
「え、みっともないね。ごめん」
「あー、待って。……はい、いい男。んじゃね」

さり、と京極さんの指が頭に触れる。
僅かな埃が指から地面へ落ちるが、それどころじゃない。

「……あーれはさ、ある意味の人たらしじゃね?どう?諸伏ちゃん」
「……萩原はさ、……京極さん慣れてると思う?」
「んー……慣れてるって訳じゃなくて、本当にそう思ってるから言ってそう」
「はぁぁ……」

あぁいうタイプって、自分のこととかには疎いよなー。と言いながらこちらを見て笑う萩原。
そうなんだよ、疎いんだよ。入校して2ヶ月が経とうとしているけど京極さんは相変わらずだ。

「長期戦だね、頑張れ諸伏ちゃん!」
「……別にオレ、好きだとも言ってないけど?」
「えー!今更な事急に言うなよ!」


***


オレが探していた犯人が捕まった。
良かったはずなのに、なぜかスッキリしない。

「……諸伏?」
「京極、さん」

もうすぐ消灯だと言うのに外に出ていたオレは京極さんの気配に気づかなかった。

「なんかまだ考えてる顔してる」

階段に腰かけていたオレの横に座る京極さん。
煙草の匂いがふわりと香った。萩原や松田とも違う香りが。

「……良かったはず、なんだよね」
「そうだね」
「でも、なんだかオレ……」
「喪失感とか?今までずっと追ってきたのが急に無くなったからね」

喪失感、すとんとその言葉が落ちてくる。
確かにオレはずっと犯人を探し続けてきた。それが急に、終わりを迎えたからなのだろうか。

トン

「ッ」
「カッコイイ顔が台無しだよ。今すぐそれをどうにかしろだなんて誰も言わないからさ、少しずつ消化していこうよ。とりあえず、ちゃんと食べて寝ること」

オレの額に京極さんの指が触れる。
お互いに目が合った状態で言葉を紡がれる、京極さんの深く青い目の中にオレしか映っていなかった。

「……そうだね、ありがとう」
「ん。そろそろ消灯だし、戻りなよ」
「……あ、のさ…………下の、名前で呼んでも良いかな」

あ、いや、オレは何を言ってるんだ。
京極さんはキョトンとした顔になったかと思えば愉快そうに破顔した。

「いいよ、じゃあ景光ね」
「……真梨」
「なんだこれ小っ恥ずかしいな。また明日ね」
「うん、おやすみ。真梨」

後ろ姿でひら、と手を振る京極さん、もとい真梨を見送る。
ダメだ、オレは真梨の事が好きなんだと思う。……でも、この気持ちはオレがちゃんと警察官になってから伝えよう。

「よし」

立ち上がり、自室へと向かう。
解決したのにも関わらずスッキリしない気持ちは、真梨の言う通りに少しずつ消化していこう。
……なんだか今日はよく眠れそうだ。

「おはよう、真梨」
「……おはよう、景光。よく眠れたみたいだね」
「うん、お陰様で。ありがとう」
「何。私はなんもしてないよ」

「えっ?えっ?何この進展。どういうこと?」
「諸伏の旦那、趣味悪くねえか?」



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