暗い夜に咲いて朝には花弁を全て落としそして実もつけず


魔術回路が軋む、そしてじくじく痛む。
ままならない体がただ憎い。かといって、その苛立ちをライダーにぶつけるのは、お門違いであり、責めるのであれば私自身の迂闊さを私はとことん責めるべきである。

聖杯戦争のマスターに選ばれた私は、大した願いも目的もなく戦争に参加することを決めた。 決めたのならば、あとは行動するのみと、知り合いに聖遺物を探すよう頼んでから私は聖杯戦争の地へと飛んだ。
色々な事情を考えて選んだ拠点での準備の最中に聖遺物は届いた。
そこまではいい。
問題は私の頼んだ聖遺物ではなく、見たことのない古めかしいものであったことだ。
当然私はすぐさま知り合いに連絡した。
するとその知り合いは、頼まれた聖遺物が見つからなかったから、代わりに他の聖遺物を用意したというのだ。
もう、それ以外は、探さないともいった。
一方的に通話を切られた私は、今からではまともな聖遺物を探すのも難しいだろうと、腹をくくり、それを触媒とし、サーヴァントを召喚することを決めた。
決めてしまった。
そうして、それから召喚されたサーヴァントが、魔力消費の少ないサーヴァントであればよかった。
しかし、実際に召喚されたのが、魔力消費がかなり激しいサーヴァントであったのだから、最悪であった。
ライダー、真名アキレウス。人の体に名を刻む、英雄の中の英雄。こんな大英雄がサーヴァントになったのだ、魔力消費が激しくて当然だった。
今も、なぜ私が死に絶えていないのか、疑問に思うくらいに。

「マスター、なにしてンだ、こんなとこで」

冬の星座が瞬く空。
一面に広がっていた風景にふと毎日顔を見合わせるようになった男――私が召喚してしまったサーヴァント、ライダーが入ってきた。
人のいないビルの屋上で、無様に倒れている私を見おろすライダーに、痛みが僅かになりを潜め始めるのも待たずに、私は口を開いた。

「見てわからないの?床で寝てるの」

私の言葉にライダーはそりゃ悪かったと肩を竦め、私を抱き起こそうとする。
私はライダーに触れられるより早く、歯を食いしばり痛みが激しくなるのも構わずに起き上がった。
呼吸が乱れてしまおうが、知ったことではない。
こんな程度で疲労するマスターだと、思われたくなかったのだ。
ライダーが慣れた様子で姿勢を正す。
何度こうしてライダーの助けを拒んだのか覚えていない。
もし、私が素直で可愛らしい少女であったのならば、ライダーの助けに喜びを覚えたのだろうか。手をとったんだろうか。

「随分と派手に戦ったんだね」
「問題でもあったか?」
「ううん。隠蔽の処理がずっと大変になるんじゃないかと思っただけ」

砂のついた衣服や髪を手で払いながら、隣のライダーと相手のサーヴァントの戦闘による被害の跡を見渡す。
魔術は、秘匿しなければならないもの。だから、聖杯戦争によってつくられた被害は、徹底的に処理される。
隠れることなくライダーと会話しているのだって、本当はよくないのだ。

「じゃあ、帰りましょ」

ライダーの方を向き、私は告げる。
敵である他のマスターとサーヴァントはもう帰ったのだから、ここに留まる理由がない。
ライダーは軽く頷き、さりげなく距離を詰めて、私を易々と抱き上げた。

「は?」
「よし、帰るぞ。マスター」
「は?」

あまりに突然で、素っ頓狂な声しか出なかった。
ライダーは普段通り、堂々とした歩みで屋上を囲む柵へと進んでゆく。
私は、私は我に返り、ライダーのがっしりと筋肉がついている背中を叩いた。
しかし、ライダーの異常な頑丈さと、私の疲労のせいで全く勢いのない拳では、何の影響も生み出さなかった。
つまり、抵抗になっていない。

「え、なに、なにして、ライダー?」
「何ってもうすぐ夜が明けるから、早くマスターを帰らしてやろうと思っただけだ。よし、掴まっていろよ」

掴まっていろ、と言われても。
力が入らないので、どうしようと思い、取り敢えずライダーがしている橙色の長い布を手首に三回ほど巻き付けた。
それに落下したとしても、ライダーが助けてくれるだろう。
そうしてライダーは私を連れて、まだ暗い街中を駆けていく。
頼もしいライダーの体に気持ちしがみつき、疲労により襲ってきた眠気にうとうと浸る。
……今日交戦したサーヴァントのマスターが言っていた、聖遺物のすり替え。
魔力についての疑問。
ライダーの考えをきき、今後の方針について。 もしすり替えや魔力に関する仕組みが本当であれば、裏付け調査をしないと。
身を切りそうな寒さも、痛みも、どうでもいいくらい疲労して。
意識が沈んでゆく、ライダーが私の体を抱え直すのが分かった。





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