永訣をはらむ夜


「必要な書類は、わたしの部屋のテーブルの上に全部有る。偽の戸籍は書類の中に挟んでおいた。それから、わたしの家に住んでもいいからね……嫌だったら、あそこに行って……言いくるめることが出来たら言いくるめて、匿って貰った方がいい。他に代わりを探すのが早いかもしれないけれど。あぁ、令呪。令呪っている?もうわたしには必要のないものだから。……しんだら、譲渡出来ないって話だし……。もったいないから、持っていった方がお得かも。遠慮はいらない。ね、どうする?わたしのサーヴァント、天草四郎」
「――冷静さを欠いているようですね。我がマスター」
「………そう、かもしれない。……ねえ。うん、でも、令呪を持っていった方がいいって話は本当。折角の令呪だ、もの。第三者にやるもの、気にくわない……。もしかして、サーヴァントに譲渡は、出来ない?こまったね……。まあ、どうと、でもなるでしょう、ここはそういう特異な場所、だから。無理だったら、諦めて………は、はは、ははっ……ごめんなさい、笑ってしまう、……変ね」
「……令呪、ですか。マスター、頂けるのであれば、是非」
「……なん、とか、なるの」
「なんとかします」
「……そう……、あなたが、そういうとき、は、なんとかするもの、ね。ぜったいに……ねぇ」
「はい?――私はここですよ」
「あぁ……ありがとう。それにしても、おかしなかんかく。からだがうごかない、の。うごかせない、が、ただしい、のかな。……わか、らない、もう、なにもみえ、ない。ふ、はは、きっと、あなた、おもしろいかおをしているのだろうに、ざんねんね……」
「おもしろい?」
「…………キャスター、さいごに。れいぞうこにある、ゼリー、たべておいて、」


先程伸ばされた名前の手を握った天草は、もうその手にやわい握力すら宿っていないと気付く。
出会った時に、成り行きで聖杯戦争に巻き込まれたと、天草は名前から聞いていた。果たしてそれが本当かどうかはわからない。
本当だとすれば、成り行きのまま、だれかもわからぬ人間に無残に殺されて、ひどく哀れだ。
最初から最期まで、名字名前という少女は、泣くことがなかった。
痛みにも恐怖にも決して怯えなかった。可笑しそうに笑い、天草をからかう気力すら存在した。
こんな腹の奥まで裂かれる致命傷を負って、よくもまあ。
自分に手を伸ばしたものだ。
ぐっしょりと血の付着した衣服が重く感じた。
天草はいつの間にか頬についていた血に気が付き、拭おうとしたその手も、名前の血で濡れていた。

「ああ」
温い血が段々と冷たくなっているのがわかる。 敵にやられた左手の痛みなど、気にならないくらい。その事実が天草の心臓を軋ませた。
しかし、けれど。立たなくては。
彼女の最後の願いも、自分の願いも叶えられない。
傷口を抑えていた無意味な手を天草は離そうとして、結局失敗した。
どうにも、しばらく立ち上がれそうにない。





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