お互いのためのお互い
座敷童子という妖怪を道具を使ってまで、自身の家に閉じ込めておきたい人間はいるものだ。
それを長く生きている名前はよく知っているので、今回のことにそれほど落胆も、悲哀も抱かなかった。そういう欲深い人間もいるし、無欲な人間だっている。たまたま今回は欲深い人間がいる家に名前は座敷童子として来てしまったというだけだ。
久々の外は気持ちが良かった。
その上、見覚えがあるもの、見覚えが無いものが入り混じった風景が名前を待っていた。しかし、見覚えの無いものの割合が多く、経った年数を名前に教えてくる。
カランコロン、と鬼太郎の下駄が音を鳴らす。鬼太郎と手を繋ぐのも久々だった。
名前はきょろきょろと外の変化を探しながら、おとなしく鬼太郎について行く。
「しかし、本当に災難だったのう、名前も」
「そう、ですね。でも、大丈夫です! 本当に」
名前は、声をかけてきてくれた目玉の親父に笑って見せる。
何十年も、名前は暗く窓のない殺風景な牢獄で物置のように呼吸するだけの生活が終わったのは、つい先程である。
昔、座敷童子としてその家に存在していた名前を見つけ、名前の存在を家族に教えたその家の子供の子どもが鬼太郎に手紙を出したらしい。
その子どもがいつ名前を発見したのか知らない、見られたことに全く気が付かなかった。
鬼太郎が名前の閉じ込められていた牢を壊した後、自由になった名前にその子どもが近付いてきて、自分の家族がしたことを謝罪してきた。
名前はその謝罪を受け入れた。というか、自分がされたことを大して気にしていなかった。それよりも、名前はその子どもがこの先どうなってしまうのかが気がかりだった。
子どもに何を伝えていいのか分からず、名前は黙り込む。その間に名前と子どもの話の成り行きを見守っていた鬼太郎が口を開き、子どもと短い会話をして、それから名前の手を取った。
「帰ろう、名前 」
──たまたま、欲深い人間の家に行って、長い長い間閉じ込められただけ。今回の話はそれで終わりだ。
良い人間がいる家、無関心な人間がいる家、自分という存在で金を儲けようとする家、色んな家に住み着き、そして去っていった。それが座敷童子としての名前の在り方で変えることは出来ない。
「なあ、名前 」
目玉の親父と名前のやりとりの後、ずっと黙っていた鬼太郎が口を開いた。
ぴたりと足を止めてしまった鬼太郎につられて、名前も足を止める。下駄の音が二つ止む。名前は鬼太郎に近付き、どうしたのかと顔を覗き込む。
「どうかしたの? 鬼太郎」
「このまま一緒に妖怪横丁に帰らないか?」
覗き込んできた名前の顔を見て、鬼太郎がそう提案してきた。鬼太郎のその顔に、そういえば鬼太郎の顔を見るのは久々だ、と今更気付いた。そうだ、あの家に閉じ込められたから、妖怪たちと顔を合わせられていなかった。
鬼太郎のことは幼い頃から知っている。蒼坊主が鬼太郎の面倒を見ていた時に出会った。名前が様々な事情で妖怪横丁に住んでいた時にも交流があった。
鬼太郎は気のいい妖怪だった。妖怪ポスト、といっただろうか。そこに全国から届く人間からの手紙を読んで、その人間の元へと行く。今日、名前のところへ来たように。かつて、手紙を片手にどこかへ行く姿を、名前は心の底から心配していた。鬼太郎は強いけれど、強いだけではどうしようと出来ないことはある、と名前は知っていた。
名前だって、時々、どうしようと無いくらい。
鬼太郎の提案に、少し間を置いて、ゆっくりと名前は頷く。
「……うん、そうしようかな。みんなの顔も、しばらく見ていなかったし」
「ああ、そうしよう。いいですよね、父さん」
「ふうむ。そうじゃのう、まだ名前も行く家も無いだろうし。そうしなさい、前に名前 が住んでいた家もあるしの」
「鬼太郎、親父さん。ありがとうございます」
名前の返答に、顔を明るくさせた鬼太郎が「行こう」と名前に声を掛け、再び歩き始める。
妖怪横丁も久々だ。人間の世界のように様変わりしているかもしれない。
前に横丁にいた時に住んでいた家は残っているらしい。何もかも一人でやって、慌ただしいが、周りにいた妖怪たちが食べ物を持って来てくれたり、一人だけで住んでいる家に遊びにきてくれたのをよく覚えている。あれはとても楽しかった。
名前は過去を思い返しながら、鬼太郎について行くのだった。