カーテンコールは無数の雨のように
全てが輝いて見える。世界って、こんなに綺麗だったんだ!
山登りをしたのに足取りは軽く、スキップをしていると勘違いされてもいい気持ちで私は帰路に着く。
こんなに気が楽になるのなら、もっと早くにやるべきだった。
あ! 家が見えて来ちゃった! もっと外の綺麗な景色を見ていたい!
すごく浮かれている私の目に、とある人物が入ってくる。
「ん?」
とても見覚えがある、かつ、こんな所にいるはずのない人物に、私は声をかけていいのかと一瞬躊躇ったが、まあいいかと声をかけた。
「冴! 一時帰国したの!?」
糸師冴と私は昔からの知り合いである。
幼なじみみたいなものだ。
かといって別にすごく仲良しな訳じゃない。男と女、サッカーをする人としない人、仲良くなる接点がない。……昔は、冴のサッカーの試合を観に行っていたけど。
でも、私と冴は今、焼肉に来ている。
どうしてだろう。仲良くない人とも冴は焼肉に行くタイプなのかな。どう見てもそんなタイプじゃなさそうなのに。
私の家と……、糸師の家の間あたりに一人でいた冴にウキウキしたまま声をかけたら、話の流れでこうなっていた。
冴はなんだっけ、青の監獄──凛が行ってくると教えてくれた、青少年サッカー監禁建築がブルーロックというらしい──ブルーロックと対決する? ために帰ってきたらとのこと。で、どうやら負けたみたいで、休暇が残ったから、ひとまずは日本の自宅に帰って来たらしい。わざわざマネージャーさんを呼び、その車内で説明される。マネージャーさんは私を見て、冴とどんな関係だと質問してくれて、「近所の人間です」と私は返せた。
高そうな焼肉店に席を通される。
私はアットホームな所でバイトをしているが、今の手持ちが心許ないのを、冴にあれもこれも頼まないのかときかれた時に返したら、奢ってやるときっぱり言われた。冴が私に対して気を遣うなんて、びっくりだ。これが成長かな?
感動しつつ、こう言われて遠慮したら逆に失礼だと、無礼に思われない程度に好きな肉を注文した。
「今日は随分と機嫌がいいな」
「そう?」
肉を味わっていると、冴が徐に口を開く。
いきなりなんだ。今まで口数少なめだった冴の言葉に、私は何を言っているんだ? と首を傾げた。顔を合わせるのって、かなり久々なのに、今日はって何だ? 前に顔を合わせた時と比べているのだろうか。多分、そうだ。冴って私の前の様子とか覚えているんだ。
機嫌がいい。そりゃあ、そうだろう。
口の中から肉が無くなってから、私は冴に向かって上機嫌に喋り出す。
「良いことがあったから、だね!」
とてもとても良いことが、私にはあったのだ。あったというか、起こしたというのか。
世界が何だか違って見える、光輝いている、とでも言うのだろうか、今焼かれている肉も、より美味しそうに映っている。
「そうか」
「いやー、やる前はちょっと上手くいくか不安だったんだけど、計画立てていたから意外とスムーズにやれてね。それが嬉しくって」
菜箸で片面だけ焼けた肉をひっくり返し、食べ頃になった肉を箸を持ち変えて、自分の皿に乗せる。熱々で美味しそうだ。ぱくりと肉を口に入れる。
どうしよう。ご飯物も頼もうかな。白米、ビビンバ……。うーん、でも焼肉に来たんだから、肉を食べるのに専念するべきだろうか。注文するものを考える。肉を嚥下してから、私は冴に話しかけた。
「ていうか冴も機嫌良いよね。サッカーで、何かいいことあった?」
「この国にマシなサッカーをする奴がいた」
「……それって、誰?」
「潔世一」
「へー」
誰?しかも、凛じゃなかった……。凛だったらいいな、なんて少し期待をしていたから、私は肩を落とす。
なんだか知らない間に糸師兄弟二人の仲がぎくしゃくする様になっていた。二人の間、というか、凛が冴に対して複雑な感情を向けているといった方が正しいか。冴は何にも気にしていないと思う。
だからここで冴が凛の名前を出してくれたら、凛の前でうっかり冴の話題を出してしまった時の雰囲気が地獄のように面倒くさくならなくいいんだ! と安心出来たのに。
潔世一くんか。全く聞いたことないな。サッカー関連、この国、つまり日本だから、ブルーロックの関係者だろうか。後で調べてみよう。
たっぷり冴と焼肉をデザートを食べるくらいに楽しんだ。冴は制限があるのか、思ったよりは食べなかったけど。
帰りもまたマネージャーさんが来てくれて、二人で車に乗って帰った。行きも帰りもマネージャーさんが私の存在に気を張っているを見て、そういえば冴って世界中から注目をされているサッカー選手だったなとしみじみ実感した。それも、変な嫉妬をされるくらいに、有名な。
自分の家に帰って来た私は、ドラマを観ていた母親に「ただいま!」と声をかけた。
「おかえり。冴くん、元気だった?」
「元気そうだったよー」
母親の冴に対する気にかけに、私は今日冴を見て思ったことを返す。
ドラマはクライマックスを迎えていて、刑事と思わしき俳優が復讐は止めろと犯人を説得している。
そんなことは絶対にない。
私は心の内で力強くそいつの言葉を否定し、キッチンの方へ行く。それから冷蔵庫の前で立ち止まり、扉を開け、中からリンゴジュースを取り出した。それを片手に自分のコップを取り出す。自分のコップにジュースを注ぎ込む。
液体がコップを満たしていく。なんて綺麗なんだろう。
ドラマの犯人が刑事の言葉なんかに説得され、刃物を手放すのを、私は見ていられなかった。リンゴジュースの蓋を閉め、冷蔵庫の中にしまう。
「したほうがいいのになあ」
独り言が誰に拾われることなく消える。私は冷たいリンゴジュースを飲む。甘くて、清々しい気持ちになるのが心地良かった。