いくつもの嘘から見つけた本当
※パロディです。
大きな体は毛に覆われている。
名前の夫は化け物だ。人の身にも、化け物にも似た姿にもなれる。かつてはどちらにも属せないことを悟り、各地を点々と移動するような生活をしていたらしい。が、今は名前の強い思いに降参し、気持ちを受け入れたと人間と同じように生きている。
といっても、本来の姿は人間ではないため、何かあってはいけないからと人里から距離を置いて生活しているが。
「名前ちゃん」
一から呼ばれた名前は、その声に込められた優しい呆れを無視するように素直に返事をした。
「はい、なんですか? どこか、痛いですか?」
「うーん、痛くはないんだけどね。もうそろそろ、止めても良いんじゃない」
「……でも、まだちょっとしか毛を整えられていないです」
「いやいや、毛の全部を梳かしていたら、夜になるって」
「ええ」
大きな獣の姿をした一を櫛で梳かしている名前はその言葉に肩を落とす。
昨夜のお礼に一の毛を梳かしたいという申し出をした名前 に頷いた一だったが、あまりにも丁寧な手付きに気恥ずかしさを抱き、そろそろ……と声をかけたのだった。
「でも、昨日、助けに来て下さって、とっても嬉しかったです。私、こんなことしか出来ないから、せめて出来ることをしてお礼をしたかったんですけど、駄目でしたか?」
「そんな言い方しない。断り辛くなるって……。駄目じゃないから困っているんだよ」
身じろぐともふもふと一の毛が動く。
人間の姿よりもずっと大きな姿は、通常よりもずっと、高く作られた天井に届きそうなほどだった。名前の体なんて一口でいるくらい。
名前はもふもふと近付いてきた一の顔に、自分から顔を寄せ、更に距離を縮める。
「困らせてしまいましたか?」
「色々とね」
「それはごめんなさい」
「……ん、あとちょっとだけ、梳かしてもらおうかな」
「え!いいんですか?」
「ちょーっとだけね」
許しを得られた名前は顔を明るくさせて笑う。櫛を握る手が、見るからにやる気に満ちている。
化け物の毛にも耐えられる特製の櫛であるから、壊れはしないだろう。しかし、人間である名前の手は違う。一はさりげなく名前に手の力を抜くように言うのだった。
せっせっと、撫でては梳かしてを何度か繰り返して、名前は「今日はここまで」と手を止めた。
「全部すいたら夜になるみたいですから、日を割けましょう」
「あ、明日もやるんだ」
「勿論です。……その、嫌だったら、また別のお礼を考えますが……」
「うれしいよ……」
てきぱきと役目を終えた櫛を部屋に置いている机の引き出しにしまう名前を見つつ、一は化け物から人の身にへと姿を変える。短髪の着物の姿の男だ。
名前としては、夜までかけても毛並を整えてもいいが、一が嫌がるのであれば一区りとつけて止めるしかない。
なぜならこれは一に対してのお礼だからだ。礼であるのにも関わらず、嫌がられてしまえば元も子もない。
昨夜、ーが土方に連れられて外出をしていた際、一人の男が二人の家にやってきた。どうから道に迷ったみたいで、名前は親切心で家に上げたのだが、その男は人ならざる力を持っているとしか思えないほどに目が良く、ここに住んでいるの人ではないと見抜いてしまったのだ。
つまり、家にいる名前を男は化け物だと勘違いをした。あやうく、といった所で四足歩行の完全体で帰ってきたーが男をなんとかしてくれた。あと一歩遅かったら、名前はどうなっていたか分からない。
気を失った男は、後からやってきた土方が連れて行ってくれた。
名前は一の手で一度逃げる為に出た家にしまわれたので、土方に連れられた男がどうなったかは知らないが、おそらく生きているはずだ。土方は良い人だから、穏便に済ませてくれるだろう、名前はそう信じている。
その助けてくれた礼が毛を梳かすことであった。名前は身一つで一に嫁いだし、地元では有名な家の娘であったが、一は家柄など気にしない上、意味はあまり無い。得意なものはないし、布団の中で考えてみたが思いつかなかったので、誰にでも出来ることをお礼にすることにしたのだった。一は名前の提案に最初は遠慮をしていたが、名前の引かない態度にしょうがないなと姿を変えた。
人の姿になったーの髪を手で梳かした。そっと目を細める相手に名前は微笑んでみせる。
「今度はこっちの方も?」
「良いんですか? 梳かして頂いても」
「……ちょっとだけね」
なんだかんだ言いつつも、一が名前に気を遣っているのが分かる。それが嬉しい。
一が名前に覆い被さるように近付き、抱き締められる。首筋に顔を寄せられ、先程までの姿を名前は思い起こす。躊躇うことをせずに、名前が一を抱き締め返す。それから、短い髪を梳かすように、頭をやさしく撫でた。
「今日、魚があるので魚の料理を作ろうと思うんです、楽しみにしていて下さいね」
「ああ」
声の通りに体が震える。昨夜とは違う震えで、名前はほっと胸を撫で下ろしたのだった。