宇宙の煌めきが消えてくみたいに
納得するまで自主練をしてから、時計を確認したら、夜だった。私はだいぶ驚く。時間って、こんなにあっという間に過ぎるんだ。事前に親に遅くなると連絡しておいて良かった。
私は素早く後始末と身支度をし、そそくさと訓練室から出た。
「よお」
「え、……迅さん?」
出たところで迅さんに声をかけられた。迅さんはいつも通りの格好で私に手を上げつつ、私の方へ近付いてくる? いきなりで、目を丸く私に「悪い」と迅さんは謝った。
「どうしたんですか? 私、何か忘れ物でもしていましたか?」
迅さんが声をかけてくるなんて、全く想像もしていなかった私は、思い当たる心当たりを、とりあえず口に出してみる。でも、今日はそこまで荷物を多く持ってきていないし、前回練習した際の忘れ物であれば、その日の夜に私も家や帰り道で気付いたはずだ。
私の疑問に迅さんは、いやいやと首を左右に振った。
「ただ名字がいたからさ。今日は遅いんだな」
「ああ……、今日は、ちょっと、集中しすぎちゃいまして」
私はなんだか少し恥ずかしくて、迅さんから目を逸らしながら答える。
任務以外は日が暮れる前に、さっさとボーダーから帰る私が、夜に片足を突っ込んでいるような時間までいるのが珍しかったから、声をかけてきたのだろうか。
「熱心だな。もう帰るのか」
「はい。早く夜になる前に帰ろうと思って」
「なら、一緒に帰らないか? 夜になったら、危ないだろ」
「え?」
「おれも今日はもう帰るんだ。いいだろ?」
「……なら、よろしくお願いします」
迅さんと帰宅するのって、かなり久々だ。
前はなんか大人数でわいわい帰ったっけ。なんでそんなことになったのかは覚えていない。夜になったから固まって帰ろう、みたいな流れになったんだっけ。
だんだん寒さが強くなってきた。息は白くならないけれど、体で感じる寒さは冬のようだ。一応、分厚いコートを出して貰ったけど、すぐ出番が出てきそうだ。
「迅さん、今日はぼんち揚げ、持ってきていないんですね」
「いや、持ってきていたよ。もう食べ終わっただけ」
「はあ」
ぼんち揚げは私が見逃していただけだった。大体迅さんはぼんち揚げを持っているから、先程何も持っていなかった姿が意外に思える。
住宅地の道を通る。迅さんと話すことは案外いろいろあった。戦闘のこととか、スコーピオンってどうやって使うのか、使い方が上手い人についてとか。
車道では車が行き交っている。普通の車が多い中、タクシーがたまに向こうからやってきたり、パトカーが巡回中なのか一台だけが私たちの横を通り過ぎていった。
それを目で追って、視界から外れた時に、私はふと疑問を迅さんに尋ねる。
「一緒に帰っていますけど、迅さん、玉狛ってこっちじゃないですよね。迅さんの自宅でもあるんですか?」
「名字 を送っているんだよ。流石に女の子を一人で返すわけにはいかないって」
「あらー、悪いですね。ありがとうございます」
ボーダーにいると、女の子だからと帰りを送って貰える場合がある。迅さんが、そのタイプだとは、なんだか意外だ。今日は迅さんの意外な姿をよく見るな。
私の呑気な返事をきいても、迅さんは呆れた顔をせず、小さく笑みを浮かべる。
迅さん、自分の家の所には触れなかったな。迅さんについて知っていることは少ない。玉狛に所属している、太刀川さんたちと模擬戦をする、嵐山さんと仲がいい、ぼんち揚げを大体持っている、くらい。
あまり交流がないからな。迅さん、本部にはよく来るけど、本来は玉狛だし、忙しそうだし。今こうして暇そうに私の隣を歩いている方が珍しいというか。じゃあ、今日タイミングがあって良かった。
迅さんに送られた私は家の前で頭を下げる。
「ありがとうございました」
「いいよ。冷えるから早く帰りな」
「迅さんも、素早く帰って下さいね」
そう話していると、割と近くからサイレンがきこえてきた。ぱっと音の方を向く。これは、パトカーのサイレンだ。ボーダーではないのに安心する。しかし、本当に近いな。
「迅さん、割と近くっぽいですよ? 車出して貰いましょうか?」
心配になり、サイレンの音の方から迅さんの方へ顔を戻す。
迅さんも、私と同じように音の方角を向いていた。その横顔が、感情が見えず、どこを向いているのか分からない、そんな横顔だったから、私は固まってしまった。見たことのない表情。
私の言葉がきこえたのか、迅さんがぱっと顔に表情をのせ、口を綺麗に動かす。
「平気だよ。じゃ、また明日な」
「え、あ。は、はい……。その、また明日」
「早く家ん中入れよー」
たじろぎつつも、何とか返す。さっと私に背を見せて、迅さんは帰っていった。
私は迅さんの言う通り、早く家の中へ入る。何だったんだろう、あの表情。本当に今日は迅さんの知らない姿ばかり見ている。