いち



 とある任を受け、私と姉さんは京に入った。
 私と姉さんは血の繋がりのある姉妹だ。私が苦手なことを姉さんが請け負い、姉さんが出来ないことを私がする。これまで、そういう役割分担をして生きてきた。
 昼に到着した私たちは、任務に関係ある範囲の京を見て回る。
 聞き慣れない言葉、食べ慣れていない味の料理、初めて見る商品。京の町は、迷いにくい。夜を待つまでの暇つぶしを楽しむ。
 夜を迎えた京は暗く、とんと人気が無い。いるとすれば、刀をぶら下げた思想が様々な男ばかり。
 京へ向かう途中に、姉さんから京にはツテがあると話を聞いていた。今は暗闇に紛れて、そのツテの家に向かっていた。
 ……私が紛れ込む先は決まっていない。姉さんのような仕事を、振られてこなかったせいだろう。姉さんが一緒に行こうと誘ってくれたので、お言葉に甘えて同行している。
 こそこそと周囲を伺いつつ、その家に向かっていれば、近くを男と女が通る。
 私は大して気にせずに、さっさと行こうとした。しかし、姉さんは私の腕を掴み、たたらを踏んだ私に近付き、小さな声を上げる。

 「あの女の子。昼間、似てるって言った子じゃない?」
 「え、そうなんだ」

 女の顔は分からないが、姉さんが言っていたことは覚えている。通りの商家で見かけた女を、姉さんが私に似ていると、嬉しそうに言ったのだ。
 その女が男と一緒に夜の京を走っている。これは一体どういうことだろう。

 「駆け落ち、だね」
 「駆け落ち? 」

 自信満々に、姉さんが私へ囁く。駆け落ちを間近で見ることが出来て、嬉しいのだと思う。
 確かに物騒な京を、浮かれた様子で駆けていく様は、駆け落ちと呼ばれるものに見えた。
 私は興味無さげに彼らの小さくなっていく背中を眺めて、はっと思いつく。

 「じゃあ、あの子の家に行けば、今なら成りすませるってことだね。私、暗示と化粧の準備する」
 「待って。まずは、どこへ向かうか見届けましょ」
 「ああ、そうだね! 帰ってこないと良いなー」

 浮かれる二人が、遠く遠く山の近くに行ったのを、こそこそ姉さんと共に見届け、私たちは目的地まで引き返す。
 姉さんをツテの家まで送り届けてから、私は似てると言われた女の家を探す。
 記憶を辿り、どうにか女の商家を見つけ出す。無断で家に侵入して、すやすやと穏やかに寝ている人の肩を順に叩く。
 そうして、私はそこの家の娘となった。
 そこの娘になるのは大変な作業であったが、どうにかなったのでどうでもいい。
 駆け落ちから戻ってくるまで、私はここの娘、菅原まさだ。


 暗示の道具を店先に飾り、化粧で菅原まさの顔立ちの特徴を似せる。そんな日々を過ごしていれば、上から手紙が届く。
 仕事の催促かと嫌がりながら手紙を読む。
 どうやら、江戸から京の方へ、別の任についている者がやってくるようだ。
 私は一通り手紙に目を通し、全てを頭に叩き込んでから手紙を懐に仕舞う。火を使う所に行って、手紙を燃やさなければ。
 たまに、こういった報告めいた手紙が届く。
 私が仕事を始めたばかりの頃、そういった同業者を誤って殺してしまったから、届くのだろうか。
 あの時は、指定された殺しの場に標的を連れてきてくれた。までは良かったのだが、何でか標的と一緒に逃げ、挙句私に攻撃をしてきたから、つい刺してしまった。止血したが、その人は運悪く死んでしまい、私は無関係の者を殺すなと酷く怒られた。それ以来、なるべく気をつけている。だから、もう手紙を送ってこなくていいのに。催促の手紙と紛らわしくて、嫌になる。
 菅原まさになる為、色々と努力をしている。だが、今まで殺しばかりしてきた私には京に住む商家の娘を理解出来ず、大変苦労している。
 何かあったのかと心配そうに尋ねてくる親族、友人、お客などを今のところは、どうにか誤魔化せている。……本当はどうにか出来ていなくて、怪しまれているかもしれない。
 早く人を殺してさえいれば、衣食住が確保される日々に戻りたい。
 
 時折、駆け落ちした本物の、菅原まさの様子を見に行っているが、帰ってくる気配はない。
 菅原まさに成りすまし、時々姉さんと連絡を取りつつ、任務を進める。
 姉さんが、標的の懐に入りかけ、私はそろそろ仕事に取り掛かろうとしていた。そのくらいの時期に、再び上から手紙が送られてきた。
 珍しい呼び出しだ。日付、大体の時刻と場所が指定されており、夜まで待つ必要がある。
 菅原まさでなければ、夜に紛れてさっさと行くのだが、今の私は菅原まさだ。さっさと家を出てはいけない。心中でぶつくさ文句を言いつつ、指定された日がやってくるのを待つ。
 日付を迎え、夜が来る。
 私は菅原家の人たちが眠りにつくのを待っていた。が、中々寝る様子にない。何が起きてる? 少し焦りつつ、気配を殺して、いまだに起きている菅原家の父母の元に近付く。
 どうやら私の……というより、菅原まさの様子が少しおかしい、という話だった。
 そりゃあ、別人なんだからおかしいだろう。大した下調べもしていないんだから、菅原まさのことなんて、何も知らないで当然だ。それでも、本物の菅原まさの様子を見に行き、色々と学んでいるのだから、殺ししかやってこなかった私にしては頑張っている。なら、様子が少しおかしいという評価は上々じゃないか?
 自分のことを褒めていれば、そういえば招集をかけられていることを思い出す。
 ……一応、布団を膨らませてきたが。時間がない。自分の細工の腕を過信するしかない。
 私は気配を完全に殺し、菅原家から飛び出した。夜に紛れるのが得意で、本当に良かった。なるべく急ぎ、走る走る。
 そうして見えてきた指定の建物の戸を開け、足を踏み入れれば、女中が私を出迎える。目があったかと思えば、すぐに背を向けられる。いつものことだ。私は女中の後を黙って着いていく。
 長い廊下を歩き、案内された部屋に入れば、見慣れた上の男と、従者らしき男、そして見知らぬ赤髪の大男が薄暗い部屋に座っていた。

 「……申し訳ありません、私が最後です?」
 「お前が最後だ。宇高るる」
 「……名前、呼ばないでもらえますかー」
 「ん?……そんな名前だったか? まあ、いいさ。気にすんな、入れよ」

 軽く謝罪をすれば、従者らしき男が刺々しく私の名前を呼ぶ。本名だ……。なんだ、こいつ。人の本当の名前を、そんな簡単に口にするなんて、信じられない。
 上の男は、私が最後に来たことを気にしていないようで、畳を指差し、私へ座るように促す。
 ……まあ、いい。どうせ、こういう迂闊な奴はすぐ死ぬ。私は不機嫌を隠して、畳に座る。
 ていうか、この大男は誰だ?

 「おい、原田……だったか、今は」
 「はい」
 「これは殺しをやっている、……宇高だ。こんな小せえが腕は確かだから、これが仕事の最中は近付くなよ」
 「はい。……気をつけます」
 「宇高。こいつは前に送った手紙に書いた、他の任についている奴だ。よく顔を覚えとけよ。間違って殺したんじゃ、もったねえからな」
 「はい」
 
 大男が私を見る。
 この人が、あの手紙に書いてあった人か。大きくて目立つけれど、何の任についているのだろう。
 ……なるべく早く私の本当の名前を忘れて欲しい。そう願いつつ、私は大男を見るのだった。


 大男の名は今の所、原田左之助だという。
 壬生浪士組で活動しているらしく、あまり近付かないように、上の男から釘を打たれた。
 上の男は、私を無差別な人斬りと、勘違いしているとしか思えない。私は自分の意志ではなく、仕事で殺しをしているのだと、否定はしたが、話をまともに聞いているかどうか怪しい人だ。覚えているか分からない。まあ、かくいう私も話の重要なことしか覚えていないから、お互い様か。
 原田とは別に何も話さなかった。顔を合わせて、少ししたら解散した。三人に挨拶して、さっさと帰った。
 一度仕事をして、任務を終わらせた私は、村に帰ることなく、菅原まさの振りをして過ごしていた。
 上から、また京の方で仕事が来るだろうと、連絡が来たので、そのままここに居座ることにした。まだ、本物の菅原まさも帰ってきそうになかったし、丁度いい。姉さんも、同じ所に留まると言っていた。

 京で過ごしていると、嫌でも壬生浪士組の話が耳に入ってくる。
 色々、好き勝手をしているとの噂だ。なんか組織の頭が二人らしいので、そこで揉めているのかもしれない。頭は人体みたいに、一つだけでないと面倒になるはず、いずれ一人になるのだろうか。
 それから、ちらちらとあの大男を見かけるようになった。壬生浪士組の活動で、京の見廻りをしているみたいだ。別に話しかけることはしない。反応もしないでいるが、京で話題になっている壬生浪士組に反応しないのは、殺しをしたことのない娘の反応ではない。と思うものの、怯えつつも好奇心がある娘の振りってどうするんだ? 出来たとしても、上辺だけの反応になりそう。
 壬生浪士組が桂川で狩りをしたとか、壬生浪士組から新撰組に名を変えたとか、二つあぢた頭を一つにしたとか、話題が絶えない。
 菅原まさの友人たちが、京の見廻りをする新撰組を見て、きゃっきゃと熱を出した様な顔色で騒ぐ。いわく、壬生浪士組には、顔が整っている人が多いらしい。
 友人たちが次々に、新撰組の中で顔立ちが好きな男の特徴を口にしているが、全く記憶にない。そんな人、いたかな? 何もかも思い出せないし、分からない。標的なら、すぐに記憶出来るんだけどな……。
 新撰組に、一人、女がいるのは分かった。その女の顔だけは記憶している。恐らく、万が一に敵として相対した時の為に覚えたのだろう。あれは、私より強い。敵対したら、逃げに徹するしかない。幸い、上は新撰組に興味がない。だから、今のところは、敵対する可能性はないと、思いたいが。
 ひとまず、友人たちに話を振られたので、その女の特徴を答えておいた。


 「まささんとしての暮らしには、もう流石になれた?」
 「うーん……。難しいことばっか。私には普通の娘は合わないかも」
 「……そんな、こと……」
 「、でも、楽しいよ。難しいけど、知らないことばっかりでさ。……そろそろ帰んないと。じゃあ、姉さん、あたたかくして寝なよー」

 そそくさと姉さんからの返事を聞かず、姉さんが住む家から私は逃げ出した。
 私の何気ない言葉で、姉さんを傷付けてしまったと、分かったからだ。先程のどこに、姉さんが傷付いたのか見当もつかない。しかし、ここで傷付けたかもなー、というところは、姉さんが否定してきたから分かった。だから、一応、適当に誤魔化しておいた。誤魔化せているかどうかは、逃げちゃったから分からないけど。
 そうして、姉さんから逃げ出した私は、日が出ているので夜とは違い、足跡を消して全力で走ることはせず、町娘の範囲内の速さで走る。やっぱり着物って走り辛い。仕事着の方が動きやすいと、改めて実感する。
 のろのろ走っていると、水菜畑が見えてきた。
 見たことある大男が、槍で人を殺しているところも見えてきた。

 「……」

 監視していると、勘違いされたら嫌だな。
 全然監視とか依頼されていないし、私個人に大男を監視したい関心はない。というか、全然人気が無いのは何でだろう。畑があるのだから、農作業する人がいてもいいと思う。

 「……」

 大男が私の視線に気付いたのか、こちらの方を向く。目と目が合う。

 「……お前」
 「あー、ううん。違うから。間が悪く通りかかっただけ。ごめんなさい。安心してくださいね」
 「は?」
 「では、失礼しまーす」

 慌てたので早口になったが、言いたいことは言えたので去ることにした。誤解されていたら、もうどうしようもない。
 眉を顰めている大男と、死体の側を通り過ぎる。
 死体は、確実に生きてはいないな、とひと目でわかる有様だった。あー、死んだばっかりの色をしてる。
 地面の血飛沫や、死体から広がりつつある、血溜まりを避けながら歩く。
 着物の裾に、血がつきませんように!