「え、身を固める!?」
 「うん。私、あの人と一緒になるよ」

 姉さんからの突然の報告に、私は目を白黒させる。
 私たちが生まれた村は、特に制限はない。だが、殺しが出来る者の邪魔を決してしないという、絶対はある。
 姉さんは、殺しが出来なかったから、誰と一緒になっても問題ない。殺された父さんと死んだ母さんは、いきなり結婚に踏み切った、それくらいの恋愛結婚だったと、一番上の兄は言っていた。それと同じ様なものである。
 姉さんのいう、あの人とは、姉さんがお世話になっている家の息子だ。
 かつて、村に仕事を依頼して、それから付き合いのある家の一つであった。
 どうやら前々から、姉さんはその人に気に掛けられていたようで、それに姉さんは心を惹かれていたという。……通りで、「私のために色々してくれたの」「私の指を、奇麗だって言うんだよ」と、ちょくちょく、ん? と引っかかることを、会話の中に挟んでいたわけだ。なんだか納得した。
 姉さんも二十歳だ。恋をして、身を固めてもおかしくない。

 「お、おめでとう。姉さん」
 「ありがとう」

 美しい顔が笑みを作る。幸せな表情、というのだろう……。
 私はなんだか困ってしまう。姉さんが幸せで、私も嬉しいのは本当だが、寂しい気持ちも大きくある。たった一人の、生きている姉だ。寂しくならないわけがない。
 複雑な気持ちに翻弄とされる。が、私は気持ちを切り替えて、一瞬躊躇ったが、仕事の話をする。私と姉さんは仕事で組んでいたから、どうしたって仕事の話をしなくちゃいけない。幸せそうな姉さんに、その話題を振るのは気が引けるが……。だが、姉さんは、あっさりと仕事の話題に乗ってくる。いいんだ……。思わぬ姉さんの強さに、私は尊敬の念を強くする。
 戸惑いつつ話していれば、私と姉さんがいる部屋に向かう足音に気付く。

 「姉さん、誰か来る」
 「え? 誰だろう……」

 と、話を止め、部屋の障子をじっと見つめて、誰かが来るのを待つ。足音はやはり、こちらの部屋へ近付いている。待っていれば、足音が障子の前で止まって、「あゆ、入ってもいいか?」と男の声がかけられた。

 「どうぞ」
 「ああ、失礼。妹さんも、こんにちは」
 「……こんにちは」

 いつ見ても、何の特徴もない男だ。何度も顔を見ているが、全く覚えられない。この人が、義兄になるのか。この人は私を見る目に、怯えがある。
 これは、菅原まさになって思い知ったことだが、どうやら人殺しは毛嫌いされ、軽蔑されるものらしい。私の生まれた村とは真逆だ。村では、人を殺せば殺すほど、生活が上に向かっていく。
 私の家は、母が当主候補に名を連ねるくらいに優秀で、生まれた時から、良い暮らしをさせて貰っていた。その母が死んだ後は、兄や姉が母譲りの仕事ぶりで、良い暮らしは継続されていた。私も、殺しをするようになってから、良い思いをすることが増えた。だから、てっきり他の所も同じだと思い込んでいたのだけれど……。
 全く違った。そんなことなかった。

 「……私、お店で仕事があるので、帰らせて頂きますね」

 この男は、私が殺しをしていると知っている。知っているから、怯えた目で私を見るのだろう。私のせいで、やっぱり破談にしようと思われて、姉さんの幸せが壊れるかもしれない。それが嫌で、私は男に愛想良く接し、適当に相手をしてから、そそくさと姉さんの元から逃げた。


 しかし、結婚か……。
 菅原まさの両親が、度々口にする様になった単語だ。
 私に料理、裁縫、洗濯、しきたりの順序などを、熱心に菅原まさの母親は教えてくれる。菅原まさは、私が成りすます前から、母親に少なくない頻度で教わっていたらしい。私が、やったことのがない故の下手さを披露した所、かなり心配された。医者に連れていかれそうになり、随分と抵抗したものだ。
 それに、あそこの息子はどうだ、といった薦めも増えた。
 正直、私は菅原まさではないので、薦められても困る。本物の菅原まさは、もうすでに駆け落ちをしているのだ。まさか、菅原まさの両親を、本物の菅原まさのいる所まで連れて行き、「もう貴方たちの娘は、男と寄り添っています」と、言うわけにはいかない。私が誰? と、突っ込まれるだけだ。
 結婚……。ひとまず、相談してみるか。
 上の方に、菅原まさの両親を納得させる案はないか、相談の手紙を出す。
 返答は、適当に相手を見繕って暗示をかけてしまえばいい、なんて私に先の見通しを丸投げしたものだった。すぐに手紙を、微塵に破いて燃やした。
 では、相談相手を変えるか。早速上の男に手紙を出す。すると、会って話をしようと手紙が返ってきた。
 まずわざわざ会う必要が、どこにあるのかを深く考えた。深く考えたが分からなかったので、とりあえず行ってみることにした。手紙で教えず、わざわざ会うという選択を取った理由が、そうすれば分かるはず。

 「原田左之助と、夫婦のフリをすればいいだろ」
 「はい?」

 指定された日付と時間に、とある家に行き、待ち構えていた上の男に、どうしようかを相談する。
 立派な壁や柱、触り心地のいい畳の家だ。あまり観察してはいけないかな。
 上の男は意味ありげに何度か頷いた後、軽い調子でそんなことを口にした。
 
 「原田左之助、と夫婦のフリ!? ですか!?」

 全く頭に存在していない提案が私を襲う。驚いた私を見て、上の男が愉快そうに口を開けて笑う。
 原田左之助。その名には聞き覚えがある。紹介された記憶もある。名を聞けば、顔を思い出せた。赤い髪、黒い目の大男。そうだ、水菜畑で人を殺していた大男の名は、原田左之助だ。
 その大男と、私が、夫婦のフリを!?

 「はっはっは、どうだ? 良い案だろ」
 「え、な、なに、なんで、そうなったの! で、しょうか……」
 「手紙を寄越してきた時から、さっきまで考えてたが……。お前を止められるくらい強くて、でっけえ奴が近場に、原田しかいねえわけだ」
 「私を止める必要はどこに?」
 「あと、殺されても、なんの支障もねえ奴だな」
 「何か別の任についてるんじゃなかったんですか」
 「代わりはいくらでもある」
 「……」
 「そういや、るる」

 今の名で呼ばれて驚く。この人、私の名を昔の 七 から変えることが出来たんだ。意外である。

 「五……だったか? あいつ、身を固めるんだってな」
 「え? もう姉さんから報告来てるんです?」
 「おう。お前は今度から、一人でやるのか」
 「さあ……、当主次第ですかね」
 「ああ、当刻次第か。なら、一人でやらせるんじゃねえか」
 
 上の男が投手の名を口にする。一人でやらせるの言葉に、そうかも、と内心で頷く。
 当主はこれまで姉さんに甘えきっていた私を、自立させようとするだろう。一人で仕事をするよう、命じてくるかもしれない。
 
 「じゃ、原田を使ってる奴らに、話通しとくぞ」
 「……本気だったんですか」
 「知らねえ男を、ずっと側にいさせるのは面倒だろ。原田なら、暗示をかけなくっていい。お前と似た様な奴だからな」
 「……菅原まさは、原田左之助と、出会っていません」
 「我儘言いやがって。後で、打ち合わせの場所を送っといてやる」
 「なんでそんなに積極的なんですか」
 「面白いから」
 「……」

 前々から思っていたが、この上の男って、少々疲れているのかもしれない。
 しかし、原田左之助も、こんなことに巻き込まれて可哀想だ。まさか任についている最中、二回会っただけの女と、夫婦のフリをするよう、上から頼まれるなんて。どうか原田左之助にいる上が、断ってくれますように。


 菅原家でびしばしと、菅原まさの母親に嫁に行く為の指導を受けていれば、私を尋ねて、見知らぬ男がやってきた。
 どうやら菅原まさの母親は、男を知っている様で、世間話を交わし、楽しげに笑い合っている。
 話を聞いていなかった間に、私は男と外へ行くことになっていた。断る理由もないので、黙って着いていく。いざとなれば、私の方が強い。
 菅原まさの母親が、髪を整えてからいけば? なんて手間のかかる提案をしてきたが、ふんわり断り切る。私は見知らぬ男を外に出る。
 お互い黙って歩く。賑わいを見せる町から、さぞかし私と男は浮いているだろう。
 そうして、人気のない道に足を踏み入れた時、男が口を開いた。

 「宇高さん、どうも」

 暗器を隠している所を手で押さえていた私は、本当の名字を口にしてきた男に、軽い驚きが出た。

 「なんだ、知り合いだったんだ」
 「は? 分かっていて、着いてきたんじゃないのか?」
 「はい。よかった、殺さないで。言うのが遅かったら、面倒になるところでしたよ」

 見知らぬ男かと思ったが、どうも知り合いだった。男は、私の言葉が進んでいくにつれ、出来た眉間の皺を深めていく。嫌なものを見る表情だ。
 そんなこと、どうでもいい。店にまでくるなんて、一体何の用事かを問えば、原田左之助に会わせると、男が吐き捨てる様に言い出す。
 それならそうと、手紙を寄越してくれないと困る。いきなりだ。
 私の失望を感じ取ったのか、男が語気を強め、「忙しいんだよ」など鼻を鳴らす。
 いわく、原田左之助と待ち合わせをしており、その待ち合わせ場所で、私を置き去りにするらしい。……どうも、原田左之助にいる上が、断ってくれなかったようだ。申し訳ない気持ちになる。
 まだまだ寒さが残る春の頃。
 日が顔を出している時間。
 私は置き去りにされた。たまたま近くに咲いていた桜を眺め、原田左之助が来るのを待つ。これで来なかったのなら、すぐに今の男を追えばいい。

 「すんません。待たせましたか」
 「ううん。今、待機し始めたところ」

 後ろから、覚えのある声をかけられたので、そちらの方を向く。振り返ったら、原田左之助ではない人物が立っていたら、どうしようと心配したが、きちんと見覚えのある顔の原田左之助がいた。
 赤い髪、体躯がいい。特徴のある見た目だ。
 私はやってきてくれた、原田左之助に対し、深々と頭を下げる。

 「来て頂いて、ありがとうございます」
 「そんな頭を下げなくてもいいっすよ」
 「そう? でも、お礼はきちんとしときなさいって、言われているから」

 姉さんに、お礼はしっかり言うようにと教わる。教えを実践でやることが出来た。私、立派だ。
 原田左之助は、勝手に誇らしくなっている私を、感情が読めない真っ黒い目で見ている。

 「で? 夫婦のフリ、っすか」
 「ああ……。はい。私が成りすましている町娘が、どうもそういう年齢らしく、周りが急かしてくるのです。それが面倒で。男を騙して夫婦になってもいいのですが。もし、仕事を見られたら、片付けをしなくてはいけないし」

 殺すのは、大した労力も使わないから疲れないが、死体の処理が面倒だ。
 私の説明に、原田左之助は一つ頷いてみせる。
 
 「そうっすか。大変ですね」
 「はい。それで、上に相談してみたら、原田……さんに、協力してもらったら、どうだ、と」
 「ま、いいですよ。夫婦のフリくらい」
 「え! ……いい、ん、ですかあ?」
 「命令っすからね」

 命令になっていたんだ。
 上の男と話し合った際に、命令ではないことと、断っても罰はないことを、きちんと手紙に書くように頼めば良かった。今更後悔しても遅いか。気付かなかった私が悪い。
 原田左之助の長い前髪のせいで、随分と分かりにくい表情に変化はなく。前髪から覗く、私を見る目は何の感情もない。
 嫌も、うんざりとした様子も、何も。
 私はほっとした気持ちで、軽く頭を下げる。

 「じゃあ、よろしくお願いします」
 「……るる、でしたっけ。名前」
 「え、あ、ああ……」

 いきなり本当の名を呼ばれた。
 私は一瞬、驚きに体を支配される。何でそれを。体が驚きのあまり、動こうとした。が、そういえば、と私は思い出す。お互いの顔を合わせた際に、上の男の従者が私の本当の名を、その場で口にしていた事実を。なんだ、そうだ! 納得して、私は自分の気持ちを落ち着かせる。危ない、体が勝手に動く所だった。
 二度ほど、大きく息を吸って吐く。

 「……いま、私は、菅原まさという娘になっています。そのつもりで呼んでください」
 「うす。分かりました」
 「敬語もいらない。それほど大した立場じゃないし。私も、その代わり使わないけど」
 「分かった。構わねえよ、こっちも」
 「……あー、よかった」

 話のわかる人だ。
 この後、いきなり何の接点もない、原田左之助と菅原まさが、夫婦になろうとすれば、不審に思われるかもと、何度か外で会うことになった。
 いきなり、夫婦になるのって、おかしいんだ。……全く、知らなかった。