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 姉さんは、あの男と夫婦になった。
 当主に話を通したら、あっさり承諾されたらしい。
 私はといえば、当主から、一度帰ってこないかと誘われた。それを固辞したところ、次来た手紙に、残念だという気持ちと、一人で仕事に励むようにと言う命が書かれていた。
 一人で仕事をするのは、まだ三回しか出来ていないが、何とかなっている。慣れない作業は多いものの、繰り返していく内に覚えていくだろう。いずれは、流れるようにこなせるはず。

 原田左之助との夫婦計画は、どうかといえば、前途多難であった。
 私は菅原まさをしているので、当然、菅原家の人たちは、私を菅原まさとして扱う。だから、自分の家の娘が、新撰組の隊長と度々会っている事実に、いい顔をしていない。新撰組は、京の人々から煙たがられているので、京の商家である菅原家の人たちも、同じく煙たがっているのだ。
 原田の方は、誰にも私と会っていることを、言っていないらしい。わざわざ原田が、自ら会いに行っている女が、存在すると知られてしまえば、根掘り葉掘り質問されて、騒がれるのが目に見えているので黙っているみたいだ。大変だな。
 原田と待ち合わせをして、色々なところに菅原まさの顔で行っている。
 しかし、男女とは、こうして仲を深めているのか。菅原まさの友人たちが、こういう逢引をしたーい! を参考にしたお出かけもあった。効果は周囲に聞いていないので、判明していない。
 そんなこんなで過ごしていれば、新撰組は池田屋で大きく名を上げた。新撰組が意気揚々と京を歩けば、良い意味でも悪い意味でも人目を奪う。
 菅原まさとして店にいると、新撰組の隊長─隊があると原田から聞いた─が、隊員を引き連れて見廻りするのが目に入ってくる。
 男の恰好をした女、目つきの鋭い白髪の男、うねった髪の男。あの三人は特に強い。見ていると、危機感が湧いてくる。やり合いたくはない。でも、上に言われたら、やらなくちゃいけないんだよな……。そうしたら、どうしよう。前は、姉を連れて逃げると決めていた。しかし、姉はもう居場所を見つけていて、以前と状況が異なる。一人で逃げる? 気が進まない。…………ここに、姉を置いて、……村に、行く?
 ……うーん、……。


 「菓子は食えるか?」
 「食べれるよ」
 「そうっすか。じゃ、行こうぜ」

 会って早々、原田は私に唐突な質問をしてきたかと思えば、颯爽と背を向け、どこかへ向かう。
 私は、それをすぐさま追いかけた。思ったよりも、ゆっくり歩いていた原田に追いつき、疑問をぶつける。

 「なに、その質問。あと、誰かに跡つけられてない?」
 「お前と会ってるとこを見られた。んで、女と会うなら、甘味処に行けだの言われたから、今から行く。つきてきてんのは、撒きれなかった。悪い」

 原田が悪いと思っていない声色で謝る。……こうして密会めいた真似をするのは、最終的に夫婦のフリをする為だ。見つかっても問題ない。だから、原田の謝罪は軽いのだろう。視線を感じる方角には、目をやらないことにしよう。町娘は気付かない距離だ。

 「謝ることじゃないって。甘味処って、どこの」
 「勧められたとこがある。こっちだ」

 原田に着いていく。……完全に知らない道だ。私は菅原家に帰れるのだろうか。道を覚えるため、挙動不審となる私など、原田は気にしていない。

 「親はどうだよ」
 「うん。良い顔してない。多分、ずっと良い顔しないんじゃない。どうしよっかな」

 暗示がもう少し、使い勝手の良いものであったなら良かった。上手くいかないものだ。仮に、菅原家を暗示状態にする強硬手段をとっても、周りから毎日、「あの新撰組の原田とまさを結婚させたんか!?」なんて言われ続ければ、どれほど強く暗示をかけても、いずれ解けてしまうのだ。

 「なら、どうすんだ? 他に何か案があるのか」
 「……まあ。色々と」

 言及を濁す。
 私の言葉を濁したのを、原田は追ってこない。
 しかし、いつまで、あの人たちは着いてくるつもりだ? 私の姿をみたら、満足するかと勝手に思っていたのだが、検討違いだったみたい。一体いつまで着いてくるのか、予想でもしてみようかな。
 その後、原田と共に甘味処へ行き、あてもなく歩いた。彼らは、甘味処で満足して帰るという私の予想を外し、最後まで付いてきた。
 ……暇だったりするのか、新撰組って。


 それから、原田と会い、新撰組の活躍を耳にし、怪我をした原田に見舞いの品を送り、姉さんの所に行き、店で手伝いをするなど、毎日を過ごした。
 その日も、こそこそ姉さんの元へ行った。
 菅原まさとして生きているので、そう頻繁に姉さんと会えるのは、喜ばしいことである。
 いつも通り、妹として姉さんに会えば、和かに私を迎えてくれた。腰を下ろし、たくさん会えなかった間の話をする。そして、話が一旦落ち着いた頃、姉さんがあのね、と切り出す。

 「私、子供が出来たみたいなの」
 「……、……へ?」

 姉さんの言葉に、私は目を白黒させる。
 こども……? 子供。こ、子供!?
 私はすぐ、姉さんのお腹を見て、それからまた、姉さんの顔を凝視する。優しい手つきで、私が見たお腹を撫でた。

 「お、おめでとう」
 「ありがと。驚いたかな。妊婦って、私たちのそばにいなかったから、珍しいよね」
 「うん」

 家族に子供を産んだ人はいないので、珍しいと言われれば、珍しいかもしれない。
 母が産んだのは、私で最後。弟や妹はいない。兄、姉たちは子供を残す前に死んだ。
 まじまじと、お腹に子供がいる姉さんを見てしまう。外からは変化が分からないけれど、内では子供が今も成長しているのだ。……こう考えると、すごいことがお腹の中で起こっている。
 こういう時って、体に栄養のあるものを、姉さんに食べてもらった方がいいのかな。でも、お腹に子供がいる時に、食べちゃいけない物があるかもしれないし。きちんと調べてから、必要な物を渡そう。誰が教えてくれそうだろう。……菅原まさの母親?
 うんうん悩む私を、温かい眼差しで姉さんは見ていた。


 原田左之助と結婚する計画は、後少しといった進み具合だ。
 周囲は、私と原田が、逢引をしている恋仲だと、勘違いをしてくれている。
 その空気と、複雑な感情が入り混じった視線に、今までいい顔をしないだけだった菅原まさの家族は、ついに口を出すようになった。しかも、外出は親族同伴になり、親族が同伴出来ない場合は、家に軟禁される。まるで、謹慎の最中の人みたいな扱いを受けている。
 だから、原田と全く会えていない。
 姉さんには会えている。夜、皆が寝静まった後は自由だから。栄養のある物を届けている。
 今日も監視生活を送り、素直に布団に入る。今夜は何の予定もない。殺しも、姉さんのところにも、上の男にも呼び出されていない。
 よし、寝るか。
 私は目を閉じ、眠気に身を任せる。
 ……。
 ……。
 ……。
 ふっと気配を感じ、目を覚ました。
 誰かが来ている。再び布団の上で目を閉じ、気配を探る。……広間に、三人。……二人と相対している、この二人はおそらく、菅原まさの両親だろう。では、こちらの一人が来客だ。……こんな時間に?
 音を立てず、布団から起き上がり、私は部屋から廊下に出る。
 京の冬は足元から冷える。廊下に長居は出来ない。足音を消して、……普通の人は、完全に消せるわけないか、不完全に足音を消して歩く。
 月の明かりはまずまず明るい。殺しの仕事だったら、標的が暗い箇所に行くまで待つ。
 広間は、ぴったりと襖が閉められており、隙間はないので内は見れない。
 耳をすませば、聞いたことのない男の人の声。何やら、菅原まさの両親を、説得するような言葉をかけている。……原田の関係者? 原田について話している。それに相槌を打つ、菅原まさの両親の声。
 ……足が冷えてきた。男の正体が気になる、しかし、このまま体が冷え切って、眠れなくなったら困る。寝るか。
 私は来た時と同じように、不自然に足音を消して、菅原まさの部屋に戻って寝た。
 ……朝を迎える。菅原まさの家族の大半は、すでに起きていた。夜に広間で、誰かと話していた菅原まさの両親は、いつも通りの行動をとっている。広間に座って、朝ご飯を待つ父親、朝ご飯を作る母親、他家族。
 朝ご飯を作るのを手伝おうと、母親の所へ行けば、私に気が付いたのか、こちらの方を向く。朝の挨拶でもしようかと思えば、それより先に母親の方が口を開いた。

 「原田さんと、結婚してもええよ」
 「!?」

 いきなりの言葉に驚く。脈絡もない。どうしてそんなことを、朝から言うんだ。もしかしなくても、夜に来た原田の関係者らしき男が、両親を説得した可能席に辿り着く。どんな会話をしたら、こうもあっさり、結婚してもいいなんて言い出すんだ。あんな頑なだった両親に、どんな説得をしたんだ?
 動揺する私に、追い討ちをかけるように、父親が珍しく厨までやってきて、母親と同じようなことを私に言う。
 父親と母親は、あの方が言うなら……と、お互い目線を合わせ、何だか酔ったような物言いをする。私は、その両親の様子に、眉を顰める。酒の匂いはしてこないから、素面でこの物言いをしているのか。
 突然進んだ計画よりも、両親を説得した男の正体が、気になって仕方なかった。しかし、誰か分からない男のお陰で好機だ。
 私はすぐさま行動する。
 早速、非番の原田に会いに行き、文句を言われつつも連れ出し、簪と櫛を買わせた。買わせた後、人目の無い所で、その二つの代金を原田に返す。
 原田は、よく分かっていない表情で、突然の私の行動に驚いていた。怒らないだけ、良かったと思う。
 ……どうやら、あの男は原田に断って来た訳じゃないみたいだ。だったら、原田に聞いても無駄か。ひとまず、いきなり両親から許しを貰ったと説明してから、謝ったが。
 買わせた簪と櫛を、菅原まさの両親に見せ、原田を紹介すれば、おそらく、流れでいけるはず。
 原田と別れ、菅原家に帰った私は、両親に原田を紹介したいことを伝えた。
 あとは、良い日が来るのを待つ。