よん



 原田と結婚した。
 年が明けてすぐだった。菅原まさの両親に、白無垢を見せた方がいいかもしれないと思い、白無垢を着た。なんか両親に白無垢を見せるのが良いことだと耳にしたので、菅原まさに成りすまして生活をしている私なりの償い方であった。本物の菅原まさは、すでに駆け落ちしているし。
 原田はよく文句を言わず、付き合ってくれた。共にいたが、密偵をしているとは思えないくらいに良い人だ。
 涙ぐむ菅原まさの両親に対して、事前に姉さんと考えた言葉を伝える。もし、私の両親が生きていて、私が村の男と結婚したら、こうやって泣くのだろうか。全然想像出来ない。……父は泣くかもしれない。
 原田と結婚して、私は菅原まさから原田まさになった。
 菅原家から出て行き、私と原田は一緒に暮らすわけだけど、よく考えてみると、私男と暮らすのって初めてだ。菅原家は娘のまさとして生活をしていたから、菅原まさの父親といても、気にしていなかった。だが、原田は違う。フリだとしても夫役だ。
 今日まで恋人も夫もいたことないから、どうすればいいのか分からない。
 原田のいる新撰組は、八木家? から西本願寺に屯所を移動したらしく、二人で住む家は西本願寺の、すぐ南にある借家に住むことにした。
 定職がある原田の仕事場に近い方がいいと判断したからだ。上の男にも、住まいを変更することを手紙で送った。

 姉さんのお腹で、子供はどんどん育っていく。
 お腹がどんどん大きくなっていく様は、不思議で少々怖いものである。こんなにお腹って、伸びるものなのか。
 せっせっと栄養のある物、姉さんの好きな物、妊婦が食べても問題ない物を、菅原まさの母親や祖母に色々と聞き、選別してから渡していた。つわりの時は、姉さんがあまりにもぐったりした状態で、死んでしまうかも、と胸が嫌な意味でどきどきした。
 姉さんの夫は、姉さんのが心の底から好きなようで、ずっと姉さんの心配をしている。
 姉さんと二人きりでいる時は、姉さんの名前を「あゆ」ではなく、「あゆちゃん」と今まで聞いたことのない声色で呼んでいて、隠れて聞いていた私は驚いたものだ。
 これは、私が盗み聞きが好きだから、隠れて聞いていた訳じゃない。姉さんのお見舞いに行ったら、丁度姉さんの部屋から、二人で会話する声が聞こえて来た。邪魔しちゃ悪いからと、間を見計らっていたら、それが聞こえて来て、結果的に盗み聞きになっただけだ。私が悪い。
 姉さんたちの仲が良いと、何だか、両親を思い出し、どきどきしてくる。しかし、幸せそうで何よりだ。守りたいと思う。守る方法なんて、害してくる相手を、消すくらいしか知らない。相手を順に消していればいいのかな。

 原田は律儀に私と住む家に帰ってくる。
 やっと結婚出来た……ことになっている、のに、妻の待つ新居ではなく、屯所で寝泊まりするなんて、不審に思われると原田が言っていた。
 へー、まあ、夫婦って仲がいいものだから、わざわざ離れることはしないか。
 私の両親もいつもべったりしていた。……でも、菅原まさの両親はそこまでべったりしていなかったような……。夫婦の在り方って、それぞれあるのかも。私と原田は夫婦のフリだけど。
 だから、一応、なるべく妻としての役目を果たすために、借家で過ごすようにしているが。
 しかし今、私は姉さんに一所懸命であった。仕事に行き、夜遅くに帰ってくる日もある。原田はそんな私に怒らない。むしろ自分が買って来たものを私にくれる。私は申し訳ないと思いつつ、原田に甘え、差し出される食べ物を受け取る。


 妻って大変だ……。心底から思う。近所付き合いをする必要があるし、突然来訪してきた、招かれざる客の相手をしなくてはいけないし。

 「本当にすまん……。俺が抱えるから、座っててくれや」
 「いえ、そんな。永倉さんだけに苦労させられないです」
  
 泥酔した原田を連れて来てくれた同僚に、気を遣うんだから……。
 夜、今日は遅くなると事前に言われていたので、一人の時にしかやれない暗器の手入れ、朝ご飯の仕込み、上の男へ送る報告書の仕上げをしていた。
 この頃になると、姉さんがいなくても、私は一人で出来るようになっていた。独り立ちだ。殺すのも片付けをするのも、そう負担のない作業。
 それから、当主からの手紙の内容が、変化していた。前は当たり障りのない、無関心からの素っ気ないものから、二つ年上の兄も貰っていた、当主の座を勧められる、そんな内容へ。……兄の次は、どうやら、私が代わりらしい。
 ……別に。私は、当主の座に興味は無い。組織の頭など、面倒ごとばかりだろう。
 母も、興味がなかった当主の座……。
 で、今日は原田、帰ってこないかもな、とぼんやりしていれば、この家に向かって、二つ、気配が近付いていると気付く。
 急ぎ、清書していた紙を持って立ち上がり、竈に紙を投げ入れる。更に、側にあった木材で奥に押し込む。
 せっかく仕上がりそうだったが、仕方ない。悔しくなりながらも、私はひとまず夫を待つ妻の振りでもしようかと、家の中をうろうろしてみる。
 どうしよう。何だ? 竈でも眺めていればいいかな? 今から道具を用意するのは面倒だ。
 静かに焦っていると、出入り口の戸が叩かれる。

 「夜分遅くにすまん。左之助を連れてきたんだが……」
 「……はーい、ありがとうございます」

 申し訳なさが含まれている声が、戸の向こうから聞こえてくる。
 この声、あの白髪の、目つきの鋭い男の声だ。途端、浅葱色のダンダラ羽織を着た男の姿が、滲み出てくるように思い出す。
 一瞬、体全体を意識したが、私は今、原田まさだった。宇高るるではない。すぐさま気を抜き、町娘っぽい動きで戸の方へ歩く。

 「あなたは、どなたですか」
 「ああ……。俺は、永倉新八だ。左之助と、同じ、新撰組の」
 「永倉、さん」

 合っていた。錠を外し、戸を開ける。そこには記憶通りの永倉新八と、記憶にないくらいにぐにゃぐにゃとなった原田がいた。大きな体が、永倉に支えられている。見たことのない原田の姿に、私は固まる。近距離で永倉と相対するよりも、ぐにゃぐにゃの原田に意識がいく。二人からは酒の匂いが漂ってきて、おそらく原田は泥酔しているのだ。
 永倉を殺せるか? ……半々……。
 敵として殺せるかの判断はさておき、私は「どうも。夫が手間をかけさせて……」と困ったように微笑み、永倉へ頭を下げる。
 永倉は戸を開けた私を見るや否や、声を上げる。

 「左之助に酒を呑ませすぎた! すまん。入ってもいいか?」
 「はい、勿論」

 す、と戸からずれ、永倉と原田が家に入れるようにする。
 永倉は、原田の重さを感じさせない足取りで、家へ入ってくる。戸を閉めてから、永倉の元へ行き、原田を受け取ろうとすれば、「重いから」との理由で拒否された。
 二、三回ほどやり取りをして、私はそういえば女の子ってか弱いんだな、と重要な事実を思い出す。ならば、永倉に任せるか。原田まさの顔で永倉に原田を任せ、私は原田の部屋に入り、ざっと内を確認してから布団を敷く。
 布団に原田を寝かす、永倉の背中を観察しつつ、このまま永倉を帰すかどうかを思案する。
 原田を名前で呼んでいたから、二人の仲は良いのだろう。永倉は、実直そうな男だ。気に食わない相手を、名前では呼ばなさそうに見える。そもそもあの原田が、永倉の前で泥酔をしているのだから、相当の仲だ。せっかく家に永倉が来たのだから、聞きたいことをきこう。……友達との遊び方とか。
 そうして、帰ろうとする永倉を引き留め、色々な話に付き合って貰った。
 永倉は最初、一線を引いた態度で喋っていたが、ある程度話すと調子が出てきたのか、私に慣れたのか、流暢に話し出す。なんというか、思っていたよりもずっと、永倉は面白い男だ。何だか私は、永倉を気に入ってしまった。
 その日、永倉はここに泊まっていった。
 原田の部屋に案内し、勝手に来客用の布団を出し、そこに寝させた。
 原田は本気で泥酔し、深く寝ていたみたいで、朝、隣で寝ている永倉に驚いた様子であった。起きてすぐ、朝ご飯を作っていた私の元へ勢い良く来るくらいには。
 何で新八がいる、まさか新八を泊めたのか、と静かに焦る原田をあしらっていれば、永倉が起きてくる。原田は永倉を視界に入れた途端、私から離れ、永倉の元に移動する。永倉と原田は本当に仲が良いようで、元気に言い争っている。まるで犬の喧嘩だ、微笑ましい。
 三人で朝ご飯を食べて、新撰組として仕事に行く二人を見送る。……帰って来たら、原田にまた色々言われそうだ。

 永倉は、私を気にかけてくれているのか、時々この家へ遊びに来てくれた。
 原田左之助の妻だから、気にかけてくれているだけだろうが、来てくれるだけで嬉しいので、そんな小さなことは気にしない。
 私が永倉を気に入ったことを、原田は意外に思っているようで、一度だけ何でそんなに気に入ったのか質問された。
 
 「……二番目のお兄に、似ている気がして……」
 「兄? ……兄貴がいんのか?」
 「うん。正確にはいた、かな。死んじゃった、自分で」

 私の答えに、原田は納得したのか、口を閉じた。
 原田と結婚する為の下地として、逢引の真似事をしていた期間がある。逢引と称した、ただのお出かけだ。そのお出かけに、後をつけてくる人間が数人いた。好奇、心配、敵意……。敵意はおそらく、原田というか、新撰組に怨恨を持つ人だと思う。いつまで経っても私を襲ってこない、そんな理由での確信だが。原田の方に行ったかは知らない。
 多分、であるが、好奇や心配といった資産の送り主は、原田が親しくしている新撰組の者たちではないだろうか。
 原田は私と似たような役職の人間だ。しかも、江戸から京へと壬生浪士組として、移動をしてきている。京に原田を好奇、心配といった視線を送る人間はいない、はず。……もしかすると、原田にも、原田左之助ではない親兄弟がいるかもしれない。全く知らないが。
 だから、新撰組の人間がついてきていると思った。単純に考えた末のお粗末な結論。知らないことは、無いことと同じだ。知っていることを繋ぎ合わせて、出した結論。
 新撰組にいる原田の友人が、外で女と会っている原田に好奇心と心配といった気持ちを抱き、わざわざ原田をつけて来た、である。
 永倉は、つけてきた人間の内の一人だろう。初対面にも関わらず、私を観察していなかった。ただ単に、人をじろじろ見るのは良く無い、という意識を持った人である可能性もなくはない。が、日頃から、不逞浪士を相手取っているのに、そんな甘い考えではこの世は生き抜けない。
 擦れ違い様に、斬りつけてこようとする人間はいるし、夜の暗さに紛れて襲ってこようとする人間もいるのだから、油断したら死ぬ。
 そのくらい、永倉も分かっているだろう。だから、観察してこなかった永倉を見て、そうなんじゃないかと思った。
 それを思い出した時、たまたま原田が側にいた。私が作った夕ご飯を、文句言うことなく口にする原田に、前に出かけた際に尾行していた人は誰かを尋ねた。

 「そういや、んなこともあったな」
 「あったあった。で、誰かわかる? 気になって夜しか寝れないよ」
 「寝てんじゃねえか。だれだっけな……。新八、平助、斎藤さん……辺りか?」
 「大半わかんない」
 「そりゃそうだろ」
 
 原田が話を切り上げて、自分が買ってきたおかずを米の上に乗せ、食べるのを再開する。
 友人の新八と同じく呼び捨てにされている平助、とやらは原田の友人か。さん付けをしている斎藤さんは上司だろう。一人だけさん付けられているんだから、そうだろう。

 「……俺も聞いて良いか」
 「ん? なにを? 私の家族? 友人? 殺し方? 本物の菅原まさの行方?」
 「……結構聞いて良いんだな……」
 「うん。家族はたくさんいたけど、今は前に言った姉さん一人。友人は上辺だけならいる。殺し方は原田には出来ないかな、体おっきいし……。まさは山の方、人目の少ないとこで楽しんでるって」
 「……、……飯の時に殺しの話をすんな」
 「ああ、そういうものなんだ、ごめんね。で、何を聞くの」
 「……飯の作り方は、姉から習ったのか」
 「ううん。料理は菅原まさの母親から教えてもらった。最初は訳わかんなかったけど、まあまあ、上達したんじゃないかなー。どう、食べられる?」
 「うめえよ」
 「良かった」
 
 
 春が過ぎ、夏が顔を見せ始めてきた晩。
 また原田が泥酔をして、それを新八と、新八と似たような髪色の男が、連れて帰ってきてくれた。
 以前、永倉が泥酔した原田を家に連れてきた時は、まだ冬と呼んでいい季節だった。そう、家に上がってから、執拗に服を脱ごうとする原田を見て、私は季節の移り変わりを実感する。
 姉さんのお腹だって、あんなに大きくなって……。時が経つのは早い。
 狭い所で服の袷を広げようとする原田、それを阻止しようとする新八と、見知らぬ男が暴れる。……新撰組の見廻りで見たことある。隊長か、この男。
 ……やっぱり、同じ役職だと仲が深められるのかな。苦労が分かり合える、とか。……そうか? 村に同じ立場の男女はいたが、分かり合えそうになかった。あそこにあるのは嫉妬と無関心と苦痛。殺しが普通では無い京で暮らしていると、改めて村の空気の悪さを思い知る。姉と兄が私たちを連れ出してくれて、本当に良かった。
 ……住めなくはないが。かなり、住み心地は良く無い。
 永倉と男が負け、原田の身が自由になる。そして、袷が原田自身の手で崩れ去られ、傷だらけの上半身が晒される。本当に傷だらけで驚く。袖のない変わった服から出ている肌は目にしていたが、胸板から腹部までを見るのは初めてだった。特に私の目を引いたのは、腹部の一文字の形をした傷跡だ。
 他人にやられた、訳じゃなさそう。しかし、容赦の無い深さだ。切腹? 死のうとしたのに、今も生きているなんて、原田は生きる力が強いんだろう。
 原田に関心していれば、永倉と男が賑わう。何だ何だ、これから下も脱ぐのか。泥酔した原田は全裸になるのが恒例だったりする?
 野次馬根性でわちゃわちゃ戯れていた三人を、少し離れた所で眺めていた私の元に、上半身が剥き出しの原田が近付いてくる。
 勝てるか? 原田は上背があるし、割と強い。泥酔しているとはいえ、勝てるかどうか分からない。……いきなり妻が夫を投げ飛ばすのはまずいか? 別に原田と戦いたいわけではない。ただ、相対してくる人がいる、強い人がいると、つい殺せるか勝敗を考えてしまう。職業柄か?

 「ほら、みろよ」

 酔った人特有の舌足らずな声で、原田は言い、私の前にしゃがみ込む。

 「? ……何を?」
 「ん、」

 しゃがみ込んだまま、原田がぐっと背筋を伸ばす。傷跡のある腹筋が強調される。
 みろ、って、まさかお腹にある派手な傷跡を? どういうこと。酔ったら毎回こんなことをしているのか? もうお酒呑まない方がいいよ。

 「見たから、服きて……」
 「もっとみろ」
 「えー」
 「止めろ、左之助! まさが困ってるだろっ」

 永倉が私に絡む原田を回収する。あっさりと離れる原田は、永倉に傷跡を見せつける。永倉に続き、男がやってきて、男も犠牲になる。原田が執拗に、傷跡を触らせようとしているのが見えて、本当に原田にお酒を止めさせようと決めた。
 ……散々遊んだ原田は、以前のようにぐっすりと眠りについた。私も以前のように布団を原田の部屋に敷く。
 落ち着いた頃、やっと私は見知らぬ男の名を知ることが出来た。藤堂平助。藤堂、平助……。平助。この人が、原田が尾行していた人として名をあげていた平助か。なんだか、永倉と外見がよく似ている。私は平助を見下ろし、この人が原田の友人かあと観察する。
 藤堂は私に、初めまして、なんて律儀に真面目な様子で挨拶をしてくれた。先程まで泥酔して、暴れていた原田を目にしていたからか、藤堂の態度がやけに際立つ。
 私は原田を心配しつつ、帰ろうとする二人を引き留め、色々な話をした。
 たくさんの話をしたので、以前のように二人を、原田の部屋に勝手に寝かせた。仕方のないことだ。きっと、原田も許すだろう。
 ……朝のことは考えないことにする。四人分の食料はあるはずだ。


 姉さんが子供を産んだ。かわいい、小さな子。
 半年後、産後の肥立が悪く、姉さんは死んだ。