「もし、私が死んだら、あの子のことを育ててほしいの」

 子供を産んでからずっと、体調を崩している姉さんのお見舞いに行けば、そんなことを言われた。顔色の悪い姉さんが突然、言い出した言葉を理解出来ずに首を傾げ、一拍置く。今、姉さんは死んだらと言ったか? 意味を理解してすぐ私は慌て出す。

 「し、死ぬっ!?」
 「死んだら、あの子を連れて育てて欲しいっていう、お願い」

 姉さんが死ぬ?
 慌てふためく私とは反対に、姉さんからはあっさりとした肯定が返ってくる。潔さまで感じる姉さんの態度に、私は更に混乱を深める。
 死ぬ? 死ぬって、私が殺してきた人と、同じになるってこと? そんなことある? 姉さんは人を殺したことなんてないのに……。
 ううん、まずは、そんなことを言い出した理由を尋ねないと。理由があるに決まっている。
 
 「な、なんで、そんなこと言うの」
 「……当主に……、子供が出来たって、報告したんだけど」
 「……、うん……」
 「私の産んだ子供が欲しい、って返事が来て」
 「は?」

 どういうことだ? 疑問を解消しようとしたのに、疑問が増えてしまった。
 当主にはもう子供がいたはずだ。わざわざ他所から子供を欲しがるほど、子供に恵まれていないわけじゃないだろう。
 ……当主が姉さんの子供を欲しがっているなんて知らなかった。私に送ってきた手紙には、そんなこと、書いていなかったのに。私のことではないから、書かなくていいと思ったのか、あいつ。
 姉さんは苦痛ではなく、憎々しげに顔を歪め、呻くように言う。

 「兄さんを殺したやつに、渡すわけがない……」
 「……」

 一番上の兄を思い出す。
 兄も、当主に殺された。兄は父と同じく虫も殺さない人で、村で身分が一番低い人だった。
 ……優しい人だった。よく、私に命は大切なものだと説いてくれた。だから、殺された、あいつに。
 当主は身分が低い人を誰よりも嫌っている。憎んでいると言っていい。それくらい当たりが強い。
 ……私は、具合の悪い姉さんにも、見えるように大きく頷く。

 「……分かった。任せて。でも! きっと姉さんは良くなるんだから! そんなこと、言わないでよ……」

 私が引き取って、当主が納得して引き下がるかは分からない。しかし、姉さんがもしかしてと抱いた不安から頼んできたことだ、安心させないと。
 ……姉さんの夫は、私に自分たちの子供を渡すことに、納得しているのだろうか? しているはずだ。姉さんはどんなことでも、まず先に断りを入れる人だから。
 姉さんは、安堵したように笑ってくれた。

 「ごめんね……」


 姉さんが死んだとの知らせを受け、私は姉さんが身を寄せていた家に急いで向かう。
 そして、布に包まれた子供をかかえ、外へと飛び出した。
 月の綺麗な夜だった。

 「……そいつ、どうした。どこの子供だ?」

 原田はすでに帰ってきていた。座布団の上に座り、何やら作業をしている。
 よろよろと、赤子を抱えて帰ってきた私を、視界に入れた原田は珍しく目を見開き、作業を中断して、私の方へ足早にやってくる。
 私はゆっくりとへたり込む。立ってなんかいられなかった。これが、足の力が入らないと言うやつだろうか。
 原田の疑問に答えようと、声を発しようとする、が、出てこない。詰まったかのように、意味のある言葉を紡げず、無意味に口をぱくぱくさせるだけ。それでも、なんとか、言葉を絞り出す。

 「おい、どうした?」
 「、あ、こ、この子は……、ねえさんの子。……姉さん、し、死ん、死んじゃった……」

 そう。死んだ。私の家族はもういない。父も、母も、兄姉も、みんな死んでしまった。
 人を。人を殺して生活しているのだから、人に殺されて死ぬ覚悟はしている。
 ……つまり、人に殺される以外で家族を失う覚悟を、私は持っていなかったわけだ。この動揺は、そうとしか考えられない。自分の腑抜けっぷりに頭が痛い。だって、これまで人の手でしか家族を奪われてきてなかったから、それ以外が原因で死んでしまうだなんて、私は思えなかった。でも、そうだ、人は、病気とか、不注意で頭を強く打ち付けたとかでも、死ぬんだ……。
 私は、そんな簡単なことすら、忘れていたのだと、愕然とする。意識がこの世から離れたかのように曖昧で、全てが嘘みたいだった。
 なんとか赤子を落とさないでいれてるが、少し油断すれば、取り返しのつかない出来事が起きそうだ。

 「姉さんが……、この子を、村にはやりたくないって……。当主には、渡さないって。……だから、ここで育てたい……」

 原田が、私のおかしさを極めた様子に気が付き、膝をつき、私と抱えた赤子ごと、自分の腕の中へ入れる。
 私は、私の内で原田の行動に驚く。今まで、距離を保ちながら生活をしていたのに。しかし、客観視をすれば、赤子を抱えている癖して、ふらふらと頼りない姿だから、見ていられなくて支えてくれただけだろう。私でも、赤子を抱えてふらふらと危うい人がいたら支える。

 「お前の、姉の。こいつか? 確か名前は、」
 「あったけど! ……わすれてくれって。そっちで、新しくつけてくれって」

 原田が口にしようとした、この子の名前を聞きたくなくて、思わず遮る。
 姉の死はどうしようもない、避けようのない出来事だったかもしれない。だが、当主がこの子を欲しがらなければ、この子は実の父親の元で、健やかに育っていたはずだ。なんで欲しがった? 姉のことなど、鮎までしか殺せなかった女と、わざわざ口にして下に見ていたくせに……。
 兄たちの顔がふと思い浮かぶ。体が震えてきて、胸が苦しくなる。

 「……そいつを寝かせてやらねえとな……」

 原田が思いついたように声を発する。……確かにそうだ。ずっと抱っこの状態では、この子も辛いだろう。
 深くまでいっていた思考が、原田の言葉で戻ってくる。……戻ってきただけで、体の方は置いてけぼり。

 「……うん」

 それでも、頷く。小さなことからやらないと、そう姉も言っていたから。


 「こいつの名前、茂にするか」
 「へ?」

 覚束ない手付きで赤子のご飯と、私たちの朝ご飯を作っていれば、そう原田が声をかけてくる。原田の方へ振り返れば、引き摺ってきた私の布団の上に寝かされている赤子と、何やら書物を広げて、赤子と書物を交互に見ている原田の姿が、そこにはあった。

 「茂、ねえ。いいんじゃない」

 まさか原田が赤子の名前を考えていたとは、思わなかった。しかも、書物まで持ち出すほど真剣に。
 驚きつつも、まだ私は赤子の名前などを考えられない状態だったので、原田が名前を考えてくれて助かったと安堵する。
 私の返事に原田は頷き、「今日からお前は茂だ」と寝かされている赤子 ──茂に話しかける。
 意外と友好的な原田を見届け、私は再び、ご飯を作る作業に戻る。
 原田って、子供に興味があったんだ。……知らないことばかり。


 他人の力を借りて、茂を育てている。
 姉や姉の夫から、色々と茂のことを教えてもらっていたが、所詮教えてもらっていただけの立場だ。実際に接するのは初心者。しかし、他人とは優しいもので、どこからともなく、赤子を連れてきた私に、詳細を尋ねてくるなどせず、黙って力を貸してくれる。
 意外だったのは、……左之助だ。子供が好きなのか、よく泣く茂の面倒を見てくれる。
 茂が手足を動かすだけで、読んでいた何らかの紙を畳に置き、茂の方を注視する。泣けば抱き上げてあやす。機嫌良く笑えば、目を細めて口角を上げる。どうしても夜に出かけなくてはいけない日も、予定が合えば茂の面倒を見てくれる。話を聞くに、非番の日は新撰組へ茂を連れて行っているようだ。
 ……新撰組の人たちは、茂について、何も言ってこないのかな。
 明らかに私は、お腹を膨らませていなかったし、私と左之助の子ではないと気付いているはず。左之助が他所で産ませた子を、私が育てていると思われていたら、どうしよう。探りを入れたいが、それで私に疑問が飛び火してきたら、黙って過ごしている意味がない。どんな風に思われているか分からないが、不名誉なことを噂されていないことを願うしかない。
 姉の、所には行っていない。万が一、当主が寄越した人に出会したら厄介だし、八つ当たりしない自信がない。本当は、手を合わせたいが、暫くは無理そうだ。
 ……当主は、私が姉の子供を奪ったことについては、次期当主の試練に参加する、という大変気が乗らない条件で、許してくれるそうだ。
 本当に気が進まない。しかし、断れば茂に危害が加えられる可能性がある。……また、家族が殺されるかもしれない。あいつはそういう人殺しだ。なにしろ、前例が身内にいる。
 姉が死んで、人は人に殺される以外で死ぬのだと分かった。分かったが、特に、私の仕事に支障はない。前ほど依頼はされなくなったが、指定された人を殺し、次期当主の試練で襲ってくる人を殺し、菅原まさ……今は原田か、原田まさとして生きている。
 私は殺ししか出来ない。本当は殺し以外も出来るかもしれない。……しかし、前も想像してみようとしたが、今も出来ないままだ。私に、何が出来るんだろう。
 当主から、強制的に次期当主の試練などと、馬鹿げたことに参加させられたが、どう考えても殺し屋業など、この先やっていけない。いずれ、あの村は終わる。だというのに、当主はまだ死にそうにない。それに、当主は終わるつもりがない。


 「あれ?なんか、今日って会食とか言ってなかった?」
 「まあな……」

 左之助が新撰組として手柄を立てて、和解? の食事会を祇園で行うと聞いていたのだけど。
 酒と風呂敷を片手に帰ってきた左之助は、やや不機嫌そうで、首を傾げる。
 祇園の料亭、行ってみたいものだ。何が出てくるんだろう。全く想像が付かない。前に上の男が出してくれた甘味は出てくるのかな。あれは甘くて美味しかった。甘味の甘さを思い出して、口内に涎が溜まる。
 私がそんなことをしている間に、左之助は布でぐるぐる巻きにして、動けなくさせている茂の元へ行く。持って帰ってきたらしい酒と、風呂敷を近くに置いて、丁寧な手付きで、茂の体に巻いていた布を解いていく。解放されて、うごうご動きを見せる茂を左之助が抱き上げ、腕の中に収めるながら、胡座をかく。

 「ご飯どうしてきた? 食べるなら、一緒に作っちゃうけど」
 「作ってくれ。あー、これ、みやげ」
 「はいはーい。ありがとうね」

 左之助は風呂敷に包まれた土産を、右手で持ち上げた。それを受け取りに行けば、見覚えのある風呂敷であった。どこで見たんだったか。
 あ、私に甘味をくれた男の元で目にしたのだと、記憶が蘇る。同時にもしかすると、左之助は幕府に報告をしに行っていたんじゃないかと思い付く。あの上の男に会ったんだったら、不機嫌になっても仕方ない。最近ますます悪趣味が深まってきているし。
 風呂敷の中身は一体何だろう。左之助から風呂敷を受け取り、その場で広げてみる。

 「わ、野菜だ!」

 季節の野菜だ。あとは紙に小さく包まれた何か。紙に包まれた何かは一先ず置いておき、今日はこの野菜を調理しよう。うきうきしながら、風呂敷ごと野菜を持って厨へ向かう。これを使って、なにを作ろうかな。前に近所の方から頂いた茄子が残っているから、一緒に味噌汁にぶち込むか。また別に茹でてみるか。でも、左之助はお酒を呑みたいだろうし、つまみもいるかな。

 「……なあ」

 夕ご飯を考えていれば、何でか、いまだに酒を呑んでいない様子の、左之助に声をかけられる。え? 何事? 左之助がお酒に手をつけていないなんて……。

 「え。なに、どうしたの」

 戸惑いながらも返事をする。左之助は茂の相手をしつつ、一瞬躊躇いを見せて、それから口を開く。

 「お前は、仕事が終わったら、どうするつもりだ」
 「えー? そうだね……、茂がいるから、村には帰らないかなあ。姉もそれを願っていたし」

 いきなりなんだと思いつつ、問われたことを答える。姉が私に頼んだ最後の願いだ。何をしても叶えたい。何が何でも茂を守りたい。

 「穏やかに生活するのがいちばん」

 茂に殺しをさせない。殺しも関わらせない。なるべく、その方がいいだろう。……姉は殺しを嫌っていたから、私の思いに同調してくれるはずだ。私個人も茂に殺しはさせたくない。
 人を殺すのって、面倒で割に合わない。手間はかかる上に、血で汚れる。だから、茂には普通の人のように、人を殺すことなく真っ当な仕事についてほしい。私のように、人を殺す者が一等偉く立派である、なんていう可笑しな環境で育てなければ、きっと真っ当に人間になってくれるはずだ。茂の近くに、私がいていいものかは分からないけれど。

 「で? 左之助はどうするの。西の方に帰る?」
 
 手の内で野菜を弄びながら答えてみる。そして、左之助がしてきた問いを、そのまま返してみる。左之助は私の問い返しに目を伏せ、茂でも、近くに置いてあった酒でもない方を見ていた。

 「……さてな」
 「ふーん」

 答えが出ているのか、迷っているのか分からない左之助の声色。それに適当な声を出し、私はさっさと調理に取り掛かる。

 「……てめえばっかり聞いといて、自分は答えないのか、とかねえのか」
 「ないよー。ま、左之助は独り身なんだし、よく考えなよ」
 「今は、お前と茂がいんだろ」
 「……原田左之助には、ね。……ま、私と茂からすれば、ありがたい考えだね」

 まさか、左之助の口からそんな言葉が出てくるとは。私は取り出していた包丁を、一旦まな板の上に置く。同情、みたいな感情が左之助に存在していたなんて。でも、よくよく考えてみれば、好んでお酒を呑むくらい、人らしいところはあるのだから、感情もあるか。
 ……それは困る。同情されたことを、嫌と思うことなく、嬉しいと感じている自分に困る。
 同情。つまり左之助は、命令をされているが故に一緒にいる私に、情を感じている?……これは、新撰組にも同じかもしれない。そうして、私は左之助の友人だという、新八と平助のことを思い出す。……もしかすると、左之助って密偵に向いていないんじゃないか?
 私はどこをみているか分からない、左之助の様子を窺う。左之助が何が言い返してくる気配はない。そうだ、左之助に話すことがあった。思い出したので早速、用件を話そうと口に開こうとしたところ、茂が左之助に手を伸ばす。

 「……」
 「あ、うー」
 「いて」
 「はいはーい、ご飯ね。ねえ、左之助。私、明日友達と神社に行くんだけど、茂を新撰組に連れて行けそう?」
 「友達? いたのかよ」

 茂が左之助の長い髪を引っ張り、お喋りをし出す。そのおかげか空気が柔らかくなった気がする。私はそれを好機と見做し、言いたかった用件を左之助に切り出す。
 左之助も切り替えた私に気付いたのか、沈黙を破り、友達という言葉に反応を返す。……切り替えたのに気付いたのではなく、友達がいるのに驚いただけか?

 「……出来た? ううん、やってきた、みたいな……。うん。と、とにかくいる……」

 友達と言い切れず、歯切れの悪い答えだった。
 だって、あれは、ねえ……。嵐のような過去に、私は左之助から目を逸らす。
 左之助は私の曖昧な態度に、不思議そうな目を向けて、しかし追及することなく頷く。

 「お前に友達ねえ。……捕物も何もねえから連れていけるぞ」
 「ありがとう!」

 左之助にお礼を言う。そろそろ本格的に調理をしないと。私は左之助に茂を託し、包丁を再び握るのだった。



 「で、今日はどこに行くの」
 「もー、いややわあ。前に言ったやろ? お守りを買いに神社に行こかーって」
 「ああ……」
 「お守りに想いを綴った紙を入れてもええ、そのまんま願いを強く込めて渡してもええ! えーどないしよ」
 「紙? お守りにいれてもいいの」
 「神様の力が宿っとるのを、布に包んでるんやで? 紙だって入れてええやろ」
 「そ、そういうもの?」
 「あーどないしよ。ねえ、まさはどう思うん?」
 「………………さ、さあ。私は買わないよ」
 「ええ? 原田さんに買わへんの? 買っといた方がええんとちゃう? なんなら、原田さんのお友達にも渡したらええやん」
 「わざわざ左之助に、買わなくてもいいかな。悪運強そうだし」
 「そんなん分からへんよ! うちもありえへんって思うてたことが起こったもん。絶対なんか、この世にあらへん。原田まさも、そう思うやろ」
 「…………そ、うですね。私も、買おっかな……」
 「ええやん。うちの愛しい旦那様に何個買おうかなー」
 「一個でいいんじゃない」
 「ていうか今日、茂くんは? いっつも会う時連れてきてくれるのに。どないしたん」
 「あー、左之助に預けた」
 「名前呼び、ちゃんと直っとるやん! やっぱ、旦那を名字呼びはまずいやろ」
 「確かにね……」
 「茂くん、人見知りせんで偉いわあ。うちもはよお子供が欲しい……」
 「まあ、知らない人の顔じゃないからね」
 「うちの顔が?」
 「うん。さっさと混む前に行こうよ」
 「せやな。なあなあ、お守り買おたら、お茶しよ!」
 「……しかたないなあ」